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第24話 昼の陽だまりと、夜の戦場
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『昨日はいい声が聞けた』
彼の言葉が朝の光の中で何度も私の頭の中を駆け巡る。
それは一体どういう意味だったのだろう。
私のソロ配信を見ていてくれたということか。それともただの偶然か。
考えれば考えるほど答えは霧の中に消えていく。
けれど不思議と心は穏やかだった。
疑念と期待。その二つの感情が私の心の中で奇妙なバランスを保ち私を前に進ませてくれる。
私はもう一人ではない。
その確信だけが私を強くしていた。
ネットの世界はKageさんの登場によって新たな局面を迎えていた。
これまで一方的に私を非難していたナイト様のファンたち。その声のボリュームは少しずつ小さくなっていく。
代わりにKageさんの言葉に共感し私を擁護してくれる声が日増しに大きくなっていた。
『#影の声』というタグはもはや私個人の問題ではなくVTuber業界全体が抱える光と影を象徴する言葉として独り歩きを始めていた。
もちろんナイト様がこのまま黙っているはずはなかった。
◇
その日のカフェ『夕凪』は週末ということもあり朝から賑わっていた。
私とカイくんは息の合った連携で次々と入る注文を捌いていく。
言葉は少ない。
でももうそれで十分だった。
彼がコーヒーを淹れる。私がそれをお客様の元へ運ぶ。
彼がキッチンで調理をする。私がホールでお客様を笑顔にする。
私たちはそれぞれの持ち場で最高のパフォーマンスをすることで互いを支え合っていた。
その阿吽の呼吸がたまらなく心地よい。
ランチのピークが過ぎた頃。
店の奥のテーブル席で一人の女の子が熱心にスケッチブックに何かを描いていた。
その集中した横顔が気になって私はそっと近づいてみた。
彼女が描いていたのはVTuber『ルル』のファンアートだった。
翼を広げ大空を自由に飛んでいる私の姿。
「……すごく上手だね」
私が声をかけると彼女はびくりと肩を震わせ顔を上げた。
「あ……! すみませんお店でこんな……」
「ううん大丈夫。見せてくれてありがとう。すごく嬉しいな」
私は心の底からそう言った。
彼女ははにかみながら話し始めた。
「私ルルちゃんの昨日の配信見ました。すごく感動して……。私もルルちゃんみたいに自分の翼で飛びたいなって思ったんです」
彼女の真っ直ぐな瞳。
その瞳に私はかつての自分自身の姿を重ねていた。
誰かの言葉に一喜一憂し自分の殻に閉じこもっていた弱い自分。
私の声が歌が誰かの背中を押すことができた。
その事実が何よりも私の心を温めた。
「……ありがとう」
私は彼女に深く頭を下げた。
その様子をカウンターの向こうからカイくんが静かに見つめていた。
その瞳はとても優しかった。
◇
バイトが終わり私は彼と並んで帰り道を歩いていた。
夕焼けが空を茜色に染めている。
私たちの影が長く伸びて一つに重なった。
「……本城さん」
不意に彼が私の名前を呼んだ。
「……お前ちゃんと飯食ってんのか」
「え?」
あまりにも唐突な質問に私は目を丸くする。
「……見てると危なっかしいんだよ。ちゃんと食えよ」
彼はぶっきらぼうにそう言うとコンビニの袋を私に突きつけた。
中にはおにぎりと温かいお茶が入っていた。
「……これやる。余ったから」
「え、ええ!? そんな悪いです!」
「うるせえ。いいから持ってけ」
彼は私の手に袋を無理やり押し付けるとさっさと前を歩いて行ってしまった。
その大きな背中。照れているのがバレバレだ。
私はその不器用すぎる優しさに思わず笑みがこぼれた。
胸の中が温かいもので満たされていく。
この気持ちを恋と呼ぶのなら。
私はもうとっくの昔に彼に恋をしていたのかもしれない。
アパートに帰り彼がくれたおにぎりを食べた。
それはただのコンビニのおにぎりのはずなのに今まで食べたどんなご馳走よりも美味しく感じられた。
その時だった。
スマートフォンの通知がけたたましく鳴り響いた。
ナイト様が動いたのだ。
彼は自身のSNSで緊急の生配信を開始した。
タイトルは『ファンの皆様へ大切なお知らせ』。
嫌な予感がした。
私は祈るような気持ちでその配信を開く。
画面の中のナイト様はひどく憔悴した表情をしていた。
いつもの自信に満ちた王子様の姿はそこにはない。
『皆さんこの度は僕の未熟さゆえに多くの誤解と混乱を招いてしまい本当に申し訳ありませんでした』
彼は深々と頭を下げた。
そのパフォーマンスにコメント欄は同情と擁護の声で溢れかえる。
『ナイト様は悪くない!』
『謝らないで!』
彼は顔を上げると涙ながらに語り始めた。
『僕はただ純粋にルルさんの才能に惹かれ彼女の力になりたいと思っただけなんです。けれどその想いが少し空回りして彼女を追い詰めてしまったのかもしれない。本当に申し訳ないことをしたと思っています』
彼は全てを自分の責任だと語りそして私を庇ったのだ。
『彼女は何も悪くありません。悪いのは全て僕です。だからどうか彼女を責めないでやってください』
完璧な被害者の演技。完璧な聖人の仮面。
彼はこの土壇場で世間の同情を全て自分に引き寄せた。
そして私を恩を仇で返した悪女に仕立て上げたのだ。
コメント欄は完全に彼の味方になった。
『ナイト様優しすぎる……』
『それに比べてルルは……』
『最低だ』
全身の血の気が引いていくのを感じた。
これが彼の本当の恐ろしさ。
彼は決して力ではねじ伏せない。
同情と正論で相手を社会的に抹殺するのだ。
もうダメだ。終わった。
私が絶望に打ちひしがれていたその時だった。
真っ黒な画面が私のタイムラインに現れた。
『Kage』が動いた。彼もまた緊急の生配信を開始したのだ。
アバターもイラストもないただの真っ黒な画面。
そしてそこに響き渡る彼の声。
『……茶番は終わりだ』
低く静かでけれど全てを貫くような声。
『悲劇のヒーローを演じるのは結構だがその涙の下に隠された欺瞞に気づかぬほど我々は愚かではない』
彼の言葉はナイトの作った偽りの同情を一刀両断にする。
『本当に彼女を思うのなら小細工はやめろ。正々堂々音楽で語り合え』
そして彼は衝撃的な提案をした。
『ナイトそしてルル。三日後同じ時間にそれぞれソロで配信をしろ。テーマは自由。歌でも語りでも何でもいい。そこで互いの魂の全てをぶつけ合え。そして聴いている我々が判断する。どちらの輝きが本物であるかを』
それはあまりにも大胆不敵な挑戦状だった。
ネットの世界は一瞬にして静まり返りそして次の瞬間爆発的な熱狂に包まれた。
三日後。
決戦の舞台は整えられた。
私は震える手でスマートフォンを握りしめる。
怖い。
でももう逃げないと決めたのだ。
私は立ち上がった。
私の本当の戦いが今始まる。
そしてその先にある未来を私はこの手で掴み取るのだ。
彼の言葉が朝の光の中で何度も私の頭の中を駆け巡る。
それは一体どういう意味だったのだろう。
私のソロ配信を見ていてくれたということか。それともただの偶然か。
考えれば考えるほど答えは霧の中に消えていく。
けれど不思議と心は穏やかだった。
疑念と期待。その二つの感情が私の心の中で奇妙なバランスを保ち私を前に進ませてくれる。
私はもう一人ではない。
その確信だけが私を強くしていた。
ネットの世界はKageさんの登場によって新たな局面を迎えていた。
これまで一方的に私を非難していたナイト様のファンたち。その声のボリュームは少しずつ小さくなっていく。
代わりにKageさんの言葉に共感し私を擁護してくれる声が日増しに大きくなっていた。
『#影の声』というタグはもはや私個人の問題ではなくVTuber業界全体が抱える光と影を象徴する言葉として独り歩きを始めていた。
もちろんナイト様がこのまま黙っているはずはなかった。
◇
その日のカフェ『夕凪』は週末ということもあり朝から賑わっていた。
私とカイくんは息の合った連携で次々と入る注文を捌いていく。
言葉は少ない。
でももうそれで十分だった。
彼がコーヒーを淹れる。私がそれをお客様の元へ運ぶ。
彼がキッチンで調理をする。私がホールでお客様を笑顔にする。
私たちはそれぞれの持ち場で最高のパフォーマンスをすることで互いを支え合っていた。
その阿吽の呼吸がたまらなく心地よい。
ランチのピークが過ぎた頃。
店の奥のテーブル席で一人の女の子が熱心にスケッチブックに何かを描いていた。
その集中した横顔が気になって私はそっと近づいてみた。
彼女が描いていたのはVTuber『ルル』のファンアートだった。
翼を広げ大空を自由に飛んでいる私の姿。
「……すごく上手だね」
私が声をかけると彼女はびくりと肩を震わせ顔を上げた。
「あ……! すみませんお店でこんな……」
「ううん大丈夫。見せてくれてありがとう。すごく嬉しいな」
私は心の底からそう言った。
彼女ははにかみながら話し始めた。
「私ルルちゃんの昨日の配信見ました。すごく感動して……。私もルルちゃんみたいに自分の翼で飛びたいなって思ったんです」
彼女の真っ直ぐな瞳。
その瞳に私はかつての自分自身の姿を重ねていた。
誰かの言葉に一喜一憂し自分の殻に閉じこもっていた弱い自分。
私の声が歌が誰かの背中を押すことができた。
その事実が何よりも私の心を温めた。
「……ありがとう」
私は彼女に深く頭を下げた。
その様子をカウンターの向こうからカイくんが静かに見つめていた。
その瞳はとても優しかった。
◇
バイトが終わり私は彼と並んで帰り道を歩いていた。
夕焼けが空を茜色に染めている。
私たちの影が長く伸びて一つに重なった。
「……本城さん」
不意に彼が私の名前を呼んだ。
「……お前ちゃんと飯食ってんのか」
「え?」
あまりにも唐突な質問に私は目を丸くする。
「……見てると危なっかしいんだよ。ちゃんと食えよ」
彼はぶっきらぼうにそう言うとコンビニの袋を私に突きつけた。
中にはおにぎりと温かいお茶が入っていた。
「……これやる。余ったから」
「え、ええ!? そんな悪いです!」
「うるせえ。いいから持ってけ」
彼は私の手に袋を無理やり押し付けるとさっさと前を歩いて行ってしまった。
その大きな背中。照れているのがバレバレだ。
私はその不器用すぎる優しさに思わず笑みがこぼれた。
胸の中が温かいもので満たされていく。
この気持ちを恋と呼ぶのなら。
私はもうとっくの昔に彼に恋をしていたのかもしれない。
アパートに帰り彼がくれたおにぎりを食べた。
それはただのコンビニのおにぎりのはずなのに今まで食べたどんなご馳走よりも美味しく感じられた。
その時だった。
スマートフォンの通知がけたたましく鳴り響いた。
ナイト様が動いたのだ。
彼は自身のSNSで緊急の生配信を開始した。
タイトルは『ファンの皆様へ大切なお知らせ』。
嫌な予感がした。
私は祈るような気持ちでその配信を開く。
画面の中のナイト様はひどく憔悴した表情をしていた。
いつもの自信に満ちた王子様の姿はそこにはない。
『皆さんこの度は僕の未熟さゆえに多くの誤解と混乱を招いてしまい本当に申し訳ありませんでした』
彼は深々と頭を下げた。
そのパフォーマンスにコメント欄は同情と擁護の声で溢れかえる。
『ナイト様は悪くない!』
『謝らないで!』
彼は顔を上げると涙ながらに語り始めた。
『僕はただ純粋にルルさんの才能に惹かれ彼女の力になりたいと思っただけなんです。けれどその想いが少し空回りして彼女を追い詰めてしまったのかもしれない。本当に申し訳ないことをしたと思っています』
彼は全てを自分の責任だと語りそして私を庇ったのだ。
『彼女は何も悪くありません。悪いのは全て僕です。だからどうか彼女を責めないでやってください』
完璧な被害者の演技。完璧な聖人の仮面。
彼はこの土壇場で世間の同情を全て自分に引き寄せた。
そして私を恩を仇で返した悪女に仕立て上げたのだ。
コメント欄は完全に彼の味方になった。
『ナイト様優しすぎる……』
『それに比べてルルは……』
『最低だ』
全身の血の気が引いていくのを感じた。
これが彼の本当の恐ろしさ。
彼は決して力ではねじ伏せない。
同情と正論で相手を社会的に抹殺するのだ。
もうダメだ。終わった。
私が絶望に打ちひしがれていたその時だった。
真っ黒な画面が私のタイムラインに現れた。
『Kage』が動いた。彼もまた緊急の生配信を開始したのだ。
アバターもイラストもないただの真っ黒な画面。
そしてそこに響き渡る彼の声。
『……茶番は終わりだ』
低く静かでけれど全てを貫くような声。
『悲劇のヒーローを演じるのは結構だがその涙の下に隠された欺瞞に気づかぬほど我々は愚かではない』
彼の言葉はナイトの作った偽りの同情を一刀両断にする。
『本当に彼女を思うのなら小細工はやめろ。正々堂々音楽で語り合え』
そして彼は衝撃的な提案をした。
『ナイトそしてルル。三日後同じ時間にそれぞれソロで配信をしろ。テーマは自由。歌でも語りでも何でもいい。そこで互いの魂の全てをぶつけ合え。そして聴いている我々が判断する。どちらの輝きが本物であるかを』
それはあまりにも大胆不敵な挑戦状だった。
ネットの世界は一瞬にして静まり返りそして次の瞬間爆発的な熱狂に包まれた。
三日後。
決戦の舞台は整えられた。
私は震える手でスマートフォンを握りしめる。
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