闇狩人 紀氏悠真

カンハ・ピーダ・ヴァダ その七

悠真とヴァダの間に張り詰めた空気が流れる。
ヴァダは一瞬で間合いを詰め悠真に挑むように拳を振りかざす。
悠真はその動きをかわし肘で制するように反撃する。
ヴァダは片手で悠真の肘を受け止めると、体を開きつつ悠真の腕をつかみ投げ飛ばす、悠真は空中で身を翻し柔軟に着地した。
目の前に迫るヴァダの腕を悠真はかわし体勢を整える。
「はっ、どうした狩人。
逃げ回るので精一杯か？」
ヴァダが嘲る。
悠真は冷静に答える。
「いや、今の動きで全てを把握した。
次で終わりだ」
悠真はゆっくりと構えを解き、自然体の姿勢へと戻る、その瞬間を狙うように、ヴァダの両手が悠真の首を掴む。
「終わるのは！お前のほうだ」
口元に笑みを浮かべ、ヴァダは腕に力を込める。
だが、悠真は微動だにせず、静かな眼差しで相手を見返した。
「どうした？それで終わりか」
平然と放たれた言葉に、ヴァダの顔色が変わる。
「そ、そんな馬鹿な……ありえない……。
こいつ、どういう体の造りをしてやがる。
喉は鍛えようがないはずだ、それなのに俺の力でびくともしないなんて……たとえ〈クレーシャ〉でも限界があるはずだ」
焦りと恐怖をにじませながらヴァダは叫んだ。
「貴様！一体何者だ！」
悠真は静かに口角を上げる
「さっき名乗っただろう。
俺は闇狩人、紀氏悠真……またの名をアジャラアスラ。」
「アジャラアスラ！？まさか不老不死の怪物だと……勝てるわけがない！」
ヴァダは戦意を喪い後ずさる。
ヴァダが逃げ出そうとした瞬間、悠真が叫ぶ
「拘束――チャーヤー・バンダハ」
その瞬間、悠真の影がヴァダの動きを封じるように絡みつき、体勢を制する。
悠真の手がヴァダの頭を軽く迎え、静かに言葉をつむぎだす。
「お前の罪を見せてもらおうか」
ヴァダの過去の記憶が悠真の脳裏に流れ込み、被害者の恐怖や絶望が目の前に広がる。
ヴァダは叫びながら顔を向ける。
悠真の表情を見た瞬間、その瞳に恐怖が走る。
その視線は鋭く、まるで相手の存在そのものを裁くかのようだった。
「――犯罪と刑罰――アパラーザ・ダンダ」
低く響く声が空気を震わせる。
次いで、拳を握りしめる音が静寂を切り裂いた。
「拳の型――ムシュティ・アーカーラ」
その構えは揺るぎなく、確かな力を秘めている。悠真の周囲の気配が徐々に高まり、今にも弾け飛びそうな圧力を帯びていった。
そして……怒りが限界を超える。
「爆発の拳――スフォータ・ムッカ！」
轟くような咆哮とともに、悠真の拳が閃光のように放たれる。
次の瞬間、ヴァダの顔面を正面からとらえ、衝撃が稲妻のように走った。
それと同時に犯人の体から引き剥がされるように人型の影が飛び出したかと思うと爆散して消滅した。
犯人の男は外傷は全くなく、その場に崩れ落ちた。
悠真は深く息をつき、戦いの緊張を落ち着かせる。
その場を立ち去ろうとする悠真の周囲が慌ただしく動きだす。
美咲たち三人を追って来た刑事たちが合流したようだ。
智也が声を張り上げた。
「佐藤！倒れてるこの男は誰だ！」
「警視、その男が犯人です、確保お願いします！」
美咲の声が飛ぶ。
「亮はこっちに来て！」
「鈴木警部、渡辺さん、周囲の警戒をお願いします！」
「光、田中さんの状態は？」
矢継ぎ早に指示が飛び交う中、光が答えた。
「右手の損傷は重いわ。腹部については、病院での診断が必要かと思う……」
「そう……救急車が到着するのを待つしかないわね。」
美咲は短く息を吐いた。
一通りの指示を終え、彼女は悠真のもとへ歩み寄る。
悠真の顔を見た瞬間、美咲は、はっとした。
悠真の頬を伝って静かに涙がこぼれていたのだ。
肉体は傷一つ負っていない。
彼が不老不死の
存在であるためだ。
だが精神まではそうは行かない。
悠真はこれまで、数えきれないほどの別れを経験してきた。
死が避けられぬ世界でただ一人生き続ける。
その孤独の重さは計り知れず、彼は常に自らの存在意義を問い続けている。
不老不死を望む者は後を絶たない。
だが悠真には、その願いが理解できなかった。
永遠を生きるということは、同時に永遠に苦しみを背負うことでもあると、身をもって知っているからだ。
たとえ〈クレーシャ〉を討ったとしても、心が晴れるわけではない。
むしろ被害者の痛みや悲しみを彼は誰よりも強く受け止めてしまう。
だからこそ、涙は自然とあふれ落ちるのだった。