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無明のアヴィディヤー その一
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「署まで来てくれますね?」
美咲は真剣な眼差しで悠真に問いかけた。
「断る」
即答する悠真に、美咲は一歩踏み込み、きっぱりと告げる。
「いえ、あなたには詳細を話してもらいます。
署までご同行をお願いします」
「……どこまで見ていた?」
低く問い返す悠真。
「何をですか?」
美咲が応じる。
「先程の戦いだ。人間同士の争いに見えたか?」
美咲は言葉を失い、黙り込んだ。
彼女は颯真の傷の具合を確認したあと、光と共に悠真と犯人の戦いを確かに、目撃していた。
その光景は到底『人間同士の戦い』とは思えないものだった。
――まるで異形の存在がぶつかり合っているかのように。
悠真の言葉が、ただの虚勢には聞こえなかった。
「佐藤、何をしている?紀氏悠真とか言ったな、署まで来てもらうぞ」
美咲が踏み込もうとした瞬間、亮が二人の間に割って入った。
「俺に関わるな、死ぬぞ」
悠真の声は鋭く、場を切り裂いた。
「それはどういう意味だ?詳しく聞かせてもらおうか」
亮が食い下がる。
「時間がない。奴が来る。早く逃げろ!」
悠真が叫んだ。
「奴?奴とは誰?」
美咲が声を投げる。
「説明してる暇はない!全員この場から離れろ――命が危ない!」
悠真の声はこれまでになく大きく、切迫感を帯びて響いた。
その場にいた者たちは 一斉に彼を見たが、
次の瞬間、空気が重く沈み込む。
まるで見えない重圧に押し潰されるような感覚が全員を襲い、身体が金縛りにあったかのように動かなくなった。
美咲と光は犯人と対峙したときの異様な感覚を思い出す。
だが今、感じているのはその比ではなかった。
亮や智也、結奈と愛莉の体は力を失い、膝から崩れ落ちていく。
数十名の警察関係者までも同じく膝をつく、気を失っている颯真の身体までもが、何かに反応するように震えだした。
【なに……これ……?声が……出ない……】
美咲は困惑し、必死に悠真へ視線を送った。
悠真の髪は逆立ち全身から凄まじい気配が吹き出していた。
その時、まるで奈落の底から響くような声が空間を満たす。
「やあ、悠真、久しぶり」
その声を聞いた瞬間、悠真を除く全員の心に
【逃げたい】という衝動が湧き上がった。
しかし、身体は、恐怖に縛られ、一歩も動けない。
冷たい汗が全身を伝い、息が詰まるような圧迫感が場を支配していた――。
声の主が姿を現した。
身長は一八〇センチほど。
髪は燃え盛る炎のように揺れ、端正な顔立ちに鋭い眼光を宿す。
細身の身体を覆うのは漆黒のローブ。
「……無明のアヴィディヤー」
悠真が低く呟いた。
「悠真、君は、ますます気配を隠すのが上手くなったね。
正直、君が〈クレーシャ〉を倒したあとでなければ気づけなかったよ」
無明は微笑み、ゆっくりと語りだす。
「でも今日は珍しいね。いつもならとっくに姿を消しているはずなのに、どうしてこの場に残っているの?……ああ、そうか、周りの人間が君の足枷になったんだ」
無明の言葉は途切れることなく続いた。
「今日は幸運だ。こうして君に会えたからね。
伝えたい事があったんだよ。
〈トリドーシャ〉の三人が言っていた――貪のラーガは『君が欲しい』と、瞋のドヴェーシャは『君を滅ぼしたい』と、そして、痴のモーハは『君なんかどうでもいい』とね。
だから僕もそう思う。……けれど考えてみれば、ドヴェーシャも僕もおかしいよね。不老不死の君を滅ぼせるわけがないのに」
その場にいた誰もが、冷静さを失っていた。
【何だこれは?】
【何言ってるの……?信じられない……!】
【体が……動かない……怖い……】
胸が締め付けられ、息が詰まりそうになる。
逃げ出したいのに体が動かない。
頭の中で思考がうずを巻き、理性が崩れ落ちそうになる。
無明は休むことなく語りかける。
「悔しいけれど、君を滅ぼすことはできない。
だから僕とドヴェーシャは考え、君の心を折ることに決めたんだ。
君って目の前で人が傷つくのが一番辛いでしょ。だからこの場の者たちを、僕が奪う」
「ふざけるな!」
悠真の怒号が響き渡った。
「どうして怒るんだい、悠真?」
無明は不思議そうに首を傾げる。
「君は僕を消し去りたいんでしょ?でも僕は、
人類が滅びない限り消えない存在だ。
僕は君の願いを叶えるために動いているのに、どうして怒るんだい?」
「もういい!これ以上しゃべるな!」
悠真の声は鋭く、場を震わせた。
美咲は真剣な眼差しで悠真に問いかけた。
「断る」
即答する悠真に、美咲は一歩踏み込み、きっぱりと告げる。
「いえ、あなたには詳細を話してもらいます。
署までご同行をお願いします」
「……どこまで見ていた?」
低く問い返す悠真。
「何をですか?」
美咲が応じる。
「先程の戦いだ。人間同士の争いに見えたか?」
美咲は言葉を失い、黙り込んだ。
彼女は颯真の傷の具合を確認したあと、光と共に悠真と犯人の戦いを確かに、目撃していた。
その光景は到底『人間同士の戦い』とは思えないものだった。
――まるで異形の存在がぶつかり合っているかのように。
悠真の言葉が、ただの虚勢には聞こえなかった。
「佐藤、何をしている?紀氏悠真とか言ったな、署まで来てもらうぞ」
美咲が踏み込もうとした瞬間、亮が二人の間に割って入った。
「俺に関わるな、死ぬぞ」
悠真の声は鋭く、場を切り裂いた。
「それはどういう意味だ?詳しく聞かせてもらおうか」
亮が食い下がる。
「時間がない。奴が来る。早く逃げろ!」
悠真が叫んだ。
「奴?奴とは誰?」
美咲が声を投げる。
「説明してる暇はない!全員この場から離れろ――命が危ない!」
悠真の声はこれまでになく大きく、切迫感を帯びて響いた。
その場にいた者たちは 一斉に彼を見たが、
次の瞬間、空気が重く沈み込む。
まるで見えない重圧に押し潰されるような感覚が全員を襲い、身体が金縛りにあったかのように動かなくなった。
美咲と光は犯人と対峙したときの異様な感覚を思い出す。
だが今、感じているのはその比ではなかった。
亮や智也、結奈と愛莉の体は力を失い、膝から崩れ落ちていく。
数十名の警察関係者までも同じく膝をつく、気を失っている颯真の身体までもが、何かに反応するように震えだした。
【なに……これ……?声が……出ない……】
美咲は困惑し、必死に悠真へ視線を送った。
悠真の髪は逆立ち全身から凄まじい気配が吹き出していた。
その時、まるで奈落の底から響くような声が空間を満たす。
「やあ、悠真、久しぶり」
その声を聞いた瞬間、悠真を除く全員の心に
【逃げたい】という衝動が湧き上がった。
しかし、身体は、恐怖に縛られ、一歩も動けない。
冷たい汗が全身を伝い、息が詰まるような圧迫感が場を支配していた――。
声の主が姿を現した。
身長は一八〇センチほど。
髪は燃え盛る炎のように揺れ、端正な顔立ちに鋭い眼光を宿す。
細身の身体を覆うのは漆黒のローブ。
「……無明のアヴィディヤー」
悠真が低く呟いた。
「悠真、君は、ますます気配を隠すのが上手くなったね。
正直、君が〈クレーシャ〉を倒したあとでなければ気づけなかったよ」
無明は微笑み、ゆっくりと語りだす。
「でも今日は珍しいね。いつもならとっくに姿を消しているはずなのに、どうしてこの場に残っているの?……ああ、そうか、周りの人間が君の足枷になったんだ」
無明の言葉は途切れることなく続いた。
「今日は幸運だ。こうして君に会えたからね。
伝えたい事があったんだよ。
〈トリドーシャ〉の三人が言っていた――貪のラーガは『君が欲しい』と、瞋のドヴェーシャは『君を滅ぼしたい』と、そして、痴のモーハは『君なんかどうでもいい』とね。
だから僕もそう思う。……けれど考えてみれば、ドヴェーシャも僕もおかしいよね。不老不死の君を滅ぼせるわけがないのに」
その場にいた誰もが、冷静さを失っていた。
【何だこれは?】
【何言ってるの……?信じられない……!】
【体が……動かない……怖い……】
胸が締め付けられ、息が詰まりそうになる。
逃げ出したいのに体が動かない。
頭の中で思考がうずを巻き、理性が崩れ落ちそうになる。
無明は休むことなく語りかける。
「悔しいけれど、君を滅ぼすことはできない。
だから僕とドヴェーシャは考え、君の心を折ることに決めたんだ。
君って目の前で人が傷つくのが一番辛いでしょ。だからこの場の者たちを、僕が奪う」
「ふざけるな!」
悠真の怒号が響き渡った。
「どうして怒るんだい、悠真?」
無明は不思議そうに首を傾げる。
「君は僕を消し去りたいんでしょ?でも僕は、
人類が滅びない限り消えない存在だ。
僕は君の願いを叶えるために動いているのに、どうして怒るんだい?」
「もういい!これ以上しゃべるな!」
悠真の声は鋭く、場を震わせた。
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