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思い出の中にいる人 1
しおりを挟む結論を言うと、主役の座を奪うなよ、とロレンス様に冗談めかして言われたものの、パーティは大盛況で終わった。
そして、私たち二人の噂は、尾ひれがついて王都全体に広まってしまったらしい。
耳の奥から消えることがない会場のざわめき。
眠ることが出来ずに、夜の庭で一人星空を見上げる。
『君は、ちゃんと幸せになれる。僕が保証しよう』
風が木を揺らす音とともに聞こえてきたのは、優しい笑顔と、低くてその音だけで安心してしまう思い出の響き。
「旦那様、こうなることを予測されていたのですか……?」
ときめくような恋や燃え上がるような愛ではなかったけれど、心から大切な人。
違う世界の記憶を取り戻して、一番初めに心から信頼した人だ。
目を閉じれば、まるで今もそばでリーフ辺境伯が、微笑んでいる気がした。
***
前世の記憶を急に思い出し、しかも取り返しがつかない婚約破棄と断罪。
間違いなくえん罪なのだと、フィアーナとして過ごしてきた記憶が告げている。
けれど、それはここではない世界の記憶とごっちゃになって、私をますます混乱させるだけだった。
それでも、おそらく悪役令嬢としてのエンディングでは、一番ましな追放先だ。
「大丈夫かい?」
床に座り込んだまま立ち上がることが出来ない私の前に、誰かがしゃがみ込んだ。
その声は、優しい響きをしていた。
呆然としたまま、その声の主に顔を向ける。
そして、私は衝撃を受けた。
「イケオジを具現化した存在……」
「イケオジ? はは、面白い子だね」
差し出された手は、年齢相応にしわがあるけれど、大きくて温かい。
ぎゅっと掴まれた瞬間、何かが壊れた音がした。
「うっ、うえええぇん」
急に子どもみたいに泣きじゃくったことに戸惑うこともなく、「もう、大丈夫だ」と言って、その人は私の手を引いた。
不思議なことに、その人のことを疑う気になれず、ついていく。
そんな私を卒業式の参加者の好奇の視線から守るように、スッポリとかぶせられたマント。
針葉樹のような、安心できる香りに包まれる。
馬車でひとしきり泣きじゃくって、寝入ってしまった私。
次に目を覚ましたとき、馬車はすでに王都から遠く離れていた。
「あの……」
「何も心配いらない。これから先、短い付き合いになるかもしれないが、必ず君を守ってあげよう」
「あなたは?」
「リーフ辺境伯、ガリアスだ。不本意かもしれないが、今日から君の夫になった」
「夫……?」
差し出された手をもう一度握る。
歳月を感じるけれど、温かくて、安心できるその手は、たぶん私がずっと欲しくて仕方がなかったものだった。
「今日から君の名は、フィアーナ・リーフだ」
「はい。……旦那様」
「……旦那様? なんだかくすぐったいな」
そう言って笑ったその人こそが、悪役令嬢が嫁ぐ、五十歳年上の旦那様だった。
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