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もう待つだけではいられない
しおりを挟むその言葉を、もし、もっと前に言ってくれたなら。
ルナシェは、心のどこかで、今のベリアスは以前と違う人間なのではないかと思ってしまった。
だって、ベリアスが、ルナシェにそんなことを言うはずない。
「――――ベリアス様、そろそろ帰りますね?」
「ルナシェ。そうだな、この場所は危険だ。帰るように……」
「はい」
ようやくルナシェの上から体をどかしたベリアス。
腕の中から自由になった安堵よりも、さみしさの方が強いことから視線をそらして、ルナシェは起き上がる。
「――――ベリアス様。でも、私があなたを守るというのは、本当です」
その言葉を告げた途端、眉をひそめた顔がルナシェに近づく。
そのまま吐息がかかるほど耳元近くで、ベリアスがルナシェにささやいた。
「おかしなことを言っていると思われることを覚悟で言うのだが……。ルナシェ、君のことを守れなくて悪かったな?」
「――――っ!!」
ルナシェが完全に動きを止めたことで、ベリアスはやはり、と確信する。
確実にルナシェは、命の危険に瀕したらしい、と。
一方ルナシェは、しびれてしまったように思考を止めてしまった脳内で、ただ「どうして」を繰り返していた。
まるで、ベリアスは分かっているみたいではないか。ルナシェが命を落としたことを。
そして、それがまるで自分が守れなかったせいだとでも言っているようにも聞こえる。
「――――あ、あの。どうして、それを」
記憶があるのかと、問いただしたかった。
けれど、そうであっても、ルナシェはきっと、自分のたどった運命をベリアスに伝えるなんてできないだろう。きっと、ひどく傷つくに違いないから。
「ただの勘だ。だから、何が起こったのか、俺が教えてほしいくらいだ」
「…………ベリアス様」
覚えていないことに、落胆半分、安堵が半分、ルナシェの心中を占める。
もう、ベリアスに再会してからその瞳から涙が流れるのは何度目だろうか。
すでに前回の人生で流した涙の量を超えてしまったくらい、泣いてばかりのルナシェ。
「…………理由は聞かない方がいいのか?」
気遣わしげに問いかけられて、ルナシェは思わず下を向く。その瞬間、こぼすまいと溜めていた涙が、ぽたりと膝に落ちる。
そんなルナシェの様子を見たベリアスは、それ以上聞いてくることはなかった。
「…………ベリアス様。今は、その言葉だけで十分です」
「ルナシェ。君を守ると誓おう。何度でも……」
ルナシェを守るためにと言いながら、婚約式にも行かなかったことをベリアスは本気で悔いた。
王国の平和を守ることが、辺境伯領を、つまりルナシェを守ることなのだと信じて疑っていなかったのに、その間に大切なルナシェの心が、こんなにも傷つけられてしまうなどあってはならないことだ。
「…………私のことよりも、ご自身の安全を」
「――――俺は、弱くない」
「知っています。知っていたからこそ、待っていたのです」
「待って、いた?」
ベリアスはゴクリとつばを飲み込んだ。
ひどく喉が渇いていく。ルナシェは、こうして目の前にいる。それでは、待っていたというのは一体いつのことなのだ。それは、とても重要な出来事のはずなのに、ベリアスが持つ記憶との整合性がない。
(もう、帰ってくるのを待つだけなんてできない。人はどんなに強くても、どうなるかなんて分からないのだから)
「帰りますね?」
「ルナシェ……。待っていてほしい」
「――――ベリアス様。いつだって、私はあなたの帰りをお待ちしています」
そう、ルナシェはベリアスの帰りを待ち続けるだろう。
けれど、それはシェンディア侯爵家の屋敷や、ミンティア辺境伯の屋敷でという意味ではない。
「…………だから、心配しないでください」
そう言って、背を向けたルナシェを引き留めることもできないまま、ベリアスは一人立ち尽くしていた。記憶の奥底が、なぜかひどくかき回されるようにうずいていることを感じながら。
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