この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

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兄は妹の婚礼を

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 誰も寄せ付けない印象、蔦のはびこる暗い灰色の塔。
 何もない、荒野にぽつんと立っている塔は、初代魔塔の主である、ミンティア辺境伯家の始祖が魔法を使って建てたという。

「魔塔が、魔法を使って作られたって、本当だったのですね」

 そんなルナシェのつぶやきは聞こえないらしいアベル。
 ずいぶん集中しているようだ。
 魔塔の横に立ったのは、暗い印象の魔塔とは対照的な、白くかわいらしい神殿だ。

「ふう……」

 最後の石を積み終わったアベルが振り返る。

「魔法って、すごいのですね」
「その代わり、俺はここから動けないが」
「――――お兄様は、それでいいのですか?」

 案外、兄が楽しそうに、魔塔にある魔道具を解体したり、組み立てて研究しているのは知っている。
 けれど、ルナシェは、どうしても自分のせいで兄がこの場所から動けなくなってしまったのではないかという思いを拭い去ることができずにいた。

「ルナシェ」

 急に、アベルの指先でつままれたルナシェの小さな鼻。

「……おにいさま」

 ルナシェは、真剣に悩んでいたのに、とアベルを上目遣いににらむ。

「俺の唯一の家族は、今も、昔も妹だけだ」
「お兄様も、話してくださるのですか?」
「――――ルナシェ。ルナシェは、人生をやり直しているな」
「はい」

 それは、おそらく初代魔塔の主が瑠璃色の宝石に込めた魔力によるものだ。
 そのほかの発動条件は、まだ分かっていないが……。

「時間を巻き戻すなんて、それはよほど強大な魔法がなければできない。だが、人というのは、もともと幾多の人生を繰り返しているんだ。……普通は、思い出すことがないだけで」

 瑠璃色の瞳を見つめたルナシェは、なぜか鏡でも見ているように感じた。
 生まれてからずっと見てきたアベルの瞳。それは、ルナシェと同じ色をしている。

「いつだって、俺には、同じ瞳の色をした妹がいた。そして」
「お兄様?」

 そこで言葉を切ったアベル見つめ、不思議そうにルナシェは首をかしげた。
 その顔が、徐々につらそうに歪んでいくのを見て、そして息をのむ。

「――――もういいです」

 これ以上は、語らせたくないと、ルナシェはそっとアベルの頬に手を当ててつぶやいた。

「……ここにいますから」
「ああ、今回は、妹を失う前に、思い出したから……」

 アベルが、ルナシェの首にかけられた、くすんだ赤色の宝石を手にして、祈るように額に当てる。
 美しい瑠璃色の光が、宝石に吸い取られていくのをルナシェは、見つめた。
 これに似た光景をたしかに、以前一度見たことがある、なぜかそう思いながら。

 赤い宝石は、下の部分だけが紫、そして瑠璃色に染まった。

「……夜に変わる一瞬の光みたいですね」
「ああ。ルナシェを今度こそ」

 頬に添えられたままの手が、アベルの大きな手に包み込まれた。
 そのまま、そっと握られた手。

 まるで幼い頃のようにアベルに手を引かれ、ルナシェはもう一度窓からの景色を眺める。
 魔塔の近くに建った、白い神殿。
 落ち着いた茶色のレンガで建てられた、新しいミンティア辺境伯邸。

 ルナシェと、ベリアスの結婚式は、あと一週間後だ。

「こんなにギリギリまで、ここにいてもいいのでしょうか」
「――――すでに、ドレスは、ベリアス殿が用意しているし、王都の中央神殿も押さえてある。そのからだ一つなら、一瞬で王都まで送り届けることができるだろう」
「お兄様」
「……妹よ。ベリアス殿が嫌になったら、いつでも帰っておいで」

 つい、涙がこぼれてしまった。
 ずっと、会えなくなるわけではないのに。
 いつだって、ルナシェはアベルの背中に守られて生きてきたのだから。

「……だが、幸せになれよ」
「はい」

 ルナシェの涙をそっと拭い、背中を向けたアベル。
 その背中に、ルナシェはぎゅっと抱きつく。

「大好きです。お兄様……」
「本当に、嫁に出したくなくなるから、これくらいにしておけ」
「ふふ……」

 ルナシェは微笑んで、まるでルナシェとベリアスの瞳が混ざり合ったように色を変えた宝石を握りしめる。

「――――王弟には、気をつけろ。俺は、王都に行くことができないから」

 王弟だけが、魔塔とのつながりを持っていたことは、魔塔の主となったアベルが掴んだ情報だ。
 そして、一足先に王都に向かったベリアスは、王弟がドランクの砦を落とすため、隣国と内通していたという情報を掴んだという。

 つぶやいた兄の言葉に、ルナシェは黙って頷いたのだった。
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