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第1章
好きの言葉
しおりを挟む「アシェル様、迎えに来てくださってありがとうございます」
「屋敷に帰る前に少し寄っただけだ……」
「……ふふ」
「何がおかしい?」
だって、今はまだ暗くなってすらいない夕刻だ。
こんな時間にアシェル様が家に帰るはずがないのだ。
(私を迎えに来るために、早めに仕事を切り上げてきた……というのは考えすぎかしら)
見上げてみれば、夕日に照らされているせいなのかアシェル様の頬がほんのり赤い気がした。
私の頬もきっと少しだけ赤く照らされていることだろう。
「――ところでアシェル様」
「なんだ? ああ、もしかして、我が家で開催予定のお茶会についての相談か?」
「それも相談したいのですが……今日のお昼、何食べました?」
「えっ……」
アシェル様が大きく目を見開いて私を凝視した。
「なるほど……やはり、セバスチャンが言っていた担当者はアシェル様のことだったのですね」
「昼ご飯と担当者、というのが繋がらないが」
「食べていないのですね?」
「今日は少々忙しくて……」
毎回お昼ご飯を食べていないとは限らないけれど、今日に関しては食べていないらしい。
もしかすると、こんなに早く仕事が終わったのはご飯も食べずに働いたからなのだろうか……。
アシェル様から手を離し、少し先に進んでから振り返る。
「……アシェル様、明日は何時にお出かけですか?」
「うーん、仕事を残してきたから七時には出ようか」
「わかりました!」
「……なにがわかったんだ」
アシェル様に近づいてその手を引く。
「それから、紅茶、ありがとうございました」
「――ミリアリア公爵夫人にも、第三王女殿下にもいつもお世話になっているからな」
「ええ、そうですね」
私が初めて参加するお茶会で恥をかかないようにしてくれたに違いない。
それにあらかじめ旧知の仲であるミリアリア公爵夫人にも私のことを頼んでくれていたのだ。
(もちろん、ベルアメール伯爵家の代表として参加したのだから、失敗させないための配慮だったのだろうけれど……)
「ありがとうございます。……大好きです、アシェル様!」
今まで『大好き』という言葉は、何度も言ってきた。
簡単に言えていたはずの言葉なのに、今日はひどく緊張した。
けれど、すでに日が暮れて周囲は暗くなり始めているから、私の頬が真っ赤に染まっていることはアシェル様にはわからないだろう。
「そうか……俺も好きだよ、可愛いフィリア」
「えっ!?」
「……」
アシェル様が急に早歩きになった。
グイッと手が引かれ、私も足早に歩き出す。
(アシェル様に初めて好きだと言われた)
こんなに暗くなるのが早くては、アシェル様の表情を見ることが出来ない。
きっと、家族に対しての好きに違いない。
(だって、お兄様たちも好きだと言った後に私のことを可愛いと言ったもの……)
そのあとは、私たちは無言のまま帰りの馬車まで歩き乗り込んだ。
私はうつむいたままだったし、アシェル様は窓の外を眺めたままだった。
ようやく、ベルアメール伯爵家について馬車が停まる。
先に馬車から降りたアシェル様が、私に手を差し伸べた。
「――もっと早く言うべきだった」
「……きゃ!」
ごまかすように笑ったアシェル様と、風に流されて消えた言葉。
いたずらな突風にバランスを崩せば、アシェル様が慌てて手を差し伸べて私のことを抱き留める。
「さあ、帰ろうか」
「は……はい……。あ、あれ!? 降ろしてくださいませんか?」
「転んでは大変だ、屋敷の中まではこのまま行こう」
「こ……子ども扱いです」
「それはどうかな」
「!?!?!?」
屋敷の中までだと言ったのに、アシェル様は私を抱き上げたまま部屋まで送り届けてくれた。
子どもみたいに縦抱きにされていた私は、階段を上がるとき、セバスチャンや侍女をはじめ使用人たちがハンカチを目に押し当てているのを見てしまった。
(ど……どうして皆さま、私が子どもみたいに抱き上げられている姿を見て泣くのです!?)
とても混乱したまま、あっという間に侍女たちに夜着に着せ替えられる。
着せられた夜着は、いつものより可愛かったかもしれない。
数年後に振り返れば『ここで寝てしまった私はまだまだ子どもだった』と言わざるを得まい。
(明日は早起きするのだから、もう寝ないとね)
けれど私はその夜、そんなことを考えてすぐに眠ってしまったのだった。
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