夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第1章

お昼ごはん

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 * * *

 翌朝、私は早起きをした。
 勢い良く階段を降りて、一階にある厨房に駆け込むと、すでに鍋にお湯が沸いて朝食の準備中だった。

「奥様、おはようございます」
「おはよう。料理長、邪魔はしないから厨房の端を貸してくださらない?」
「もちろん喜んで。しかし、いったいどうなさったのですか?」
「アシェル様のお昼ごはんを作るの」

 パンと卵とチーズ、野菜も不足しているかもしれないからレタスとキュウリとトマト。

「旦那様はトマトが……」
「え?」
「ふふふ……まあ、苦手を克服する良い機会でしょう」
「どうしたの?」
「失礼いたしました……何でもございません」
「そう?」

 そんなに難しいものが作れるわけではない。けれど、作れないわけでもない。

 フォルス辺境伯家では、よく狩りに出かけた。そんなとき、私は安全な野原で護衛と過ごしながら兄たちを待っていた。

 フォルス辺境伯家では『自分ができることを探す』というのが家訓であり、何もしないことは許されない。
 つまりお昼ごはんを作るのは、狩りができない私の役目だったのだ。

「少し可愛くしようかしら……」

 思い立って、チーズをウサギの形に切ってみる。デザートのりんごもウサギの形に……。

「これなら、仕事の合間にすぐに食べられるわね!」

 ワックスペーパーに包んで、さらに袋に入れる。

「あら、もうこんな時間! 毎日作るなら、もっと手際よくしなくては」
「奥様! そのようなことは私どもが」
「いいえ……。できることをしたいの」

 使ったお皿を洗おうとして料理長に止められたけれど、こればかりは全部自分でしたいのだ。

 道具を洗い終わり厨房を出て、食堂に向かう。すでにアシェル様は席に着いていた。

 アシェル様は、なぜかしょんぼりしているように見えたけれど、私が現れるやいなや勢い良く立ち上がった。

「おはよう、フィリア」
「おはよう……ございます」

 そして、早足で私のそばまで来ると手を差し伸べてエスコートしてくれた。

(あの、大人びたアシェル様が可愛く見えるだなんて、今日はどうしてしまったのかしら)

 目をゴシゴシして横目に見ると、アシェル様は先ほどの大型犬みたいな行動は幻だったかのようにすました顔で食事を再開していた。

 どうしたのかと聞くわけにもいかず、私も黙って食事を再開するのだった。

 食事が終わり、仕事へと出掛けるアシェル様をお見送りするため着いていく。

「今朝は、食事の席に来てくれないかと思った」
「そんなはず……」

 アシェル様がピタリと歩みを止めて振り返る。

「よかった。それでは、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃいませ」

 その言葉を発すると同時に、勢い良く袋を差し出す。

「これは……?」
「お昼ごはんです。私が作ったので、不格好かもしれませんが」
「フィリアが?」
「あの、美味しくなかったら残してくださいね?」
「……っ、残さない!」
「そ、そうですか?」

 アシェル様は、ぎゅっと袋の持ち手を握りしめた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 私に背を向けて去っていくアシェル様の耳は心なしか赤い気がした。

 もちろん、サンドイッチは欠片も残さず完食していただけたらしい。
 この日から、早朝にアシェル様のお昼ごはんを作るのは、私の日課になるのだった。
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