20 / 43
第1章
本当の夫婦になるのは難しい
しおりを挟む思い浮かぶのは、結婚初日にアシェル様から投げかけられた言葉だ。
『一回りも上の男との王命での結婚、君は不本意だろう。君が十八歳になるまでの1年間、白い結婚にしよう。君を全力で守るが、こんなに年が離れているんだ。本当の夫婦になるのは難しいだろう』
(年が離れているから、子どもみたいな私のことは恋愛対象に見れない、という意味かと思っていた)
いや、それは事実だったのだろう。
今思えば、結婚当初、アシェル様は誰かと一緒に過ごすのをひどく苦手としているように見えた。
毎日、お見送りをして別れを惜しみ、帰ってくれば子犬のように駆けよって出迎える。
初めのうちは、困惑が表に出ていたし、よそよそしかったけれど、いつしか戸惑いながらも兄のように接してくれるようになった。
でも、確かに結婚初日、十八歳になるまでの一年間全力で守ると……そう、アシェル様は口にしていた。
貴族社会では、政略結婚も十二歳程度の年の差婚もよく聞く話だ。
それなのにアシェル様は一年間と言った。
先ほどと一年前の言葉の意味を確認しようとしたとき、来訪が告げられた。
「やあ、フィリア」
「イディアルお兄様! それに、カインお兄様も!」
上の兄には最近会ったが、下の兄に会うのは王都に来てから一年ぶりだ。
懐かしさに駆け寄ろうとしたけれど、ドレスが重すぎてそれはできなかった。
「おや、駆けてくると思ったが、フィリアはこの一年でずいぶん大人びてしまったんだな」
「まあ……私も十八歳になりましたから」
「そうだな」
ドレスが重すぎたとは口にせず、曖昧に笑っておく。
下の兄の淡いピンク色の髪の毛は、私とお揃い。少し垂れ目がちの濃い紫の瞳は神秘的で捉えどころがない印象を受ける。
私から逸らされた途端に、紫水晶みたいな目がスッと細められた。
「お久しぶりです。ベルアメール伯爵」
「ええ、ご無沙汰しております」
二人は冷たい目をして見つめ合っている。
まるで、腹の中を探り合っているみたいだ。
「まだ、誕生会の開催まで時間がありますね。終わり次第、領地に戻らねばなりません……この機会に隣国との情勢など話すお時間を頂戴できますか?」
「もちろんです」
二人が笑みを浮かべて手を握り合ったのを見て、ホッと息を吐く。
そのとき、肩が叩かれた。
「誕生日おめでとう、フィリア」
「ありがとうございます。カインお兄様」
上の兄が私と同じ空色の目を細めた。
ワシワシと頭を撫でようとする気配に気がつき、整えてもらった髪型を乱されまいと大きなその手を握る。
(アシェル様に比べてゴツゴツしているし、温かいわね)
アシェル様の手のひらには、上の兄のような剣だこはない。そして、私の手よりも少し冷たい。
無意識に比べてしまっていたことに気がついて、アシェル様に視線を向ける。
アシェル様は、よそ行きの笑みを浮かべたまま下の兄とともに別室に向かうところだった。
「俺も話に参加してくる。一人で待てるか?」
「子ども扱いにもほどがありますよ」
「はは、そうかそうか」
父と母を亡くしてから、上の兄は私の親代わりだった。子ども扱いしてくることに少し反発しながらも、いつも甘えていた。
足早に去って行く三人の後ろ姿を見送る。
(確かに、まだ始まるには一時間ほどあるわね)
誕生会の受付が始まるのは、十五時からだという。
一人取り残された私は、完璧にコーディネートされた会場を見て回ることにした。
「ねえ、どうしてこの重要局面でまだ夫の色を身につけていないわけ!?」
そのとき、ひどく呆れたような少々甲高い声が会場に響き渡った。
3,794
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう
音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。
幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。
事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。
しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。
己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。
修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。
裏切られ殺されたわたし。生まれ変わったわたしは今度こそ幸せになりたい。
たろ
恋愛
大好きな貴方はわたしを裏切り、そして殺されました。
次の人生では幸せになりたい。
前世を思い出したわたしには嫌悪しかない。もう貴方の愛はいらないから!!
自分が王妃だったこと。どんなに国王を愛していたか思い出すと胸が苦しくなる。でももう前世のことは忘れる。
そして元彼のことも。
現代と夢の中の前世の話が進行していきます。
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる