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第1章
本当の気持ち
しおりを挟むその声の主は、もちろんランディス子爵令嬢だ。
今日の彼女は、体にぴったり沿った、スカート部分が裾に向かって拡がっていく斬新なデザインのドレスを着ていた。
もちろん、そのドレスの色は濃い緑色だった。
「えっと……?」
「まずは、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ところで、そのドレスは宰相殿から?」
「はい……」
「はあ……仕事をしているときの一割でもいいから自信を持てば良いものを」
ランディス子爵令嬢は、額に手を当てると天井を仰いだ。
そして、しばらく何か考えているように虚空を見つめた後、もう一度私に視線を向けた。
「――隣国との関係はいまた薄氷を渡るよう」
「え?」
「それに、隣国の王太子殿下はあなたにご執心みたい」
「えぇ? そんなはず……」
私が生まれた頃は、隣国との関係は良好だった。
だから、父と母が存命の頃までは隣国に行くこともあった。
年が近い隣国の王太子ロイ・レザボア殿下ともよく遊んだ。けれど、それだけだ。
「本当は余計なことを言うなと厳命されているの。でも、どうしてもあなた本人の気持ちを聞かなければいけないと思って」
「え……なぜ、私の気持ちを聞いてくださるんですか」
「責任の一端を感じているからよ!」
「……」
確かに、ランディス子爵令嬢がアシェル様の瞳の色によく似たドレスを着なければ、私は今でもアシェル様の色の似合わないドレスを着ていたことだろう。
(けれど、似合わないドレスを着続けて、妻として愛されてもいないのにアシェル様のそばに居座るなんて……)
「一文官として、もちろんあなたにはこの国に一番利益になる道を選べというのが筋なのでしょうけれど……私、当の本人抜きにして勝手に物事を決めることに嫌悪感があるの」
「はあ……」
「こっちに来なさい!」
「えっ……」
ランディス子爵令嬢に手を引かれていく。
ジャラジャラ音を立てる真珠いっぱいのドレスが重いけれど、必死について行く。
向かったのはベルアメール伯爵家の応接間だ。
「なぜ、このお屋敷の構造をご存じなのです?」
もしかして、ランディス子爵令嬢がアシェル様の愛人だという噂は事実なのだろうか。
一瞬だけそんなことを考えてしまうと、ランディス子爵令嬢がものすごく嫌そうな顔をして口を開いた。
「――私は宰相殿のことを上司としては尊敬しているけれど、恋人としては全く範疇外ですから!」
「……ではなぜ」
「宰相殿と仕事上の話をするために来たことがあるのよ。もちろん他の文官も一緒だから、勘違いしないでくださいね!? それより中の話を聞いた方が良いわ」
「え……でも、今はお兄様たちとアシェル様がお話中……」
「だからよ! ほら、これを使いなさい!」
グラスを手渡され、扉に耳を当てる。
「……」
小さな声が聞こえてくる。完璧に聞き取ることはできないけれど、『白い結婚』『離婚』『隣国』などの少々不穏な単語が聞こえてくる。
しばらく聞き耳を立てて、私とアシェル様の結婚と隣国との関係について話しているのだと理解する。
「――失礼だが、フィリアは貴殿の色のドレスを着るのをやめた。それが答えではないか?」
「……そうですね。フィリアが幸せであれば俺はそれでも」
下の兄とアシェル様の会話を聞いて、ようやく話の内容を理解し、扉から耳を離した。
「これでわかったわね?」
「……」
うつむいている私の手を強引に引いて、ランディス子爵令嬢は会場へと引き返す。
重いドレスを引きずり、沈んだ気持ちで着いていく。
会場に戻るやいなや、ランディス子爵令嬢は、再び少々甲高い声で話し始めた。
「宰相殿があなたと結婚したのは、隣国レザボアにフォルス辺境伯家の一人娘であるあなたが嫁ぐことで、隣国と辺境伯家の関係が強固になるのを恐れた陛下が命じたからよ」
「それはよくわかっています……」
「この国としては、アシェル・ベルアメール伯爵とあなたの結婚を継続させた方が良いでしょうね。だって、あなたの兄たちは妹大事さに結婚相手が忠誠を誓うこの国をないがしろには出来ないもの」
そう、そもそも私とアシェル様の結婚は政略結婚だ。
アシェル様は国王陛下の命に従って私と結婚しただけなのだ……。
「あなたの気持ちはどうなの?」
「えっ……」
「愛がない結婚だからフォルス辺境伯家に帰るのか、それでも宰相殿のそばにいるのか、あなたは自分の意見をちゃんと言うべきだと思うわ!」
しばらく俯いて、返事もできずにいる。
けれど、どれだけ考えたって答えは一つしかない。
私が顔を上げると、ランディス子爵令嬢は口の端を上げ、満足げに頷いた。
「私……アシェル様のそばにいたいです」
「それなら、形に表しなさい! 夫の色のドレスを着なければ、周囲はあなたの愛はアシェル様に向かっていないと思うわ」
「でも……私にはアシェル様の色のドレスは似合わないから……」
「何言っているの。ドレスが似合わない、ではなく、ドレスをあなたに似合うようにするのよ!」
「え……!?」
そう言うやいなや、ランディス子爵令嬢は私の手を引いて、再び会場から飛び出したのだった。
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