夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第1章

自分らしく

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 ドレスルームには再び侍女たちが集結していた。
 手にしているのは、焦げ茶色や濃い緑色ののリボン、チュール、レース、そして葉を多めに残した淡いピンクの薔薇だった。

「皆さん……?」

 一番前にいた執事長セバスチャンが、そっと前に歩み出てきた。

「坊ちゃんは、幼い頃からいつも一番でなければならないと、自分を滅して働けと厳しくしつけられてきました。貴族家には珍しいですが、それがベルアメール伯爵家の家訓だったからです」
「……」

 執事長の言う坊ちゃんとは、もちろんアシェル様のことだろう。

「王立学園を卒業と同時に先代当主様と奥様を亡くし、ベルアメール伯爵家が代々担っていた宰相の地位に歴代最年少で就任されました……そこからは」

 私とほぼ同い年で宰相の地位に就くなんて、周囲の反発もあっただろうし、いかほどの苦労があっただろう。
 黙ってセバスチャンの話の続きを待つ。

「そこからのご活躍は目覚ましく」
「……え?」
「反対派閥を次々と無力化し、周辺諸国と幾多の協定を結び、文官でありながらいくつもの勲章を授かりました。国王陛下の覚えめでたく」

 結婚の時の紹介文よりも華々しい。
 けれど、淡々と語られるそれは全て事実なのだ。

「……けれど、人の心を失ったように、自分を省みることなくただ国のために尽くすだけの日々でした」
「……」
「そこにあなた様が現れたのです」

 セバスチャンの表情が、いつもの完璧な執事としてのものから穏やかで慈愛にあふれた笑顔へと変わった。

「……あとは、坊ちゃんから聞いてください。しかし、使用人一同このお屋敷に温かさと笑顔をくださった奥様に、これからも誠心誠意尽くしたいとここらから願っております」

 気がつけば、すでにランディス子爵令嬢の姿はなかった。

「さあ、あと一時間をきっておりますが、皆準備はよろしいですか?」

 その言葉とともに、私は侍女たちにどっと囲まれた。

「では、そろそろ私は受付などの采配がございますので」
「あ、あの!? これは!?」
「……使用人一同、奥様のお気持ちを第一に、と思っておりましたが……お決めになったのであれば」
「……あれば?」
「ベルアメール伯爵家の使用人の底力、とくとご覧あれ、でございます」

 優雅な礼を見せるとセバスチャンは去って行った。

「奥様、こちらの髪飾りはそのままに、こちらのチュールで作った焦げ茶色のリボンと、濃い緑の細いサテンのリボンを飾らせていただきます」
「奥様、こちらのリボンの刺繍周囲に茶色のレースで飾り付けさせていただきます」
「奥様、こちらの薔薇の花の首飾りをおつけください。ええ……つる薔薇ですので濃い緑色がポイントですわ」
「!?!?!?」

 今まで、私がアシェル様のドレスを自分で選んでいたときにはほとんど手を出してこなかった侍女たちが、今は生き生きと働いている。

(そう……早く大人にならなくてはと、一人でしなくてはと思い込んでいたわ)

 私と同じ年だった頃、家族を失い一人になり、宰相という重責を背負ったアシェル様も同じ気持ちだったのかもしれない。

 そのときのアシェル様のそばにいてあげたかった、と心から思う。

「奥様、いかがでしょう」
「ありがとう。……あの、以前アシェル様にいただいたブレスレットをつけたいわ」

 大切にしていたそれは、結婚して三ヶ月経ったときアシェル様から贈られたものだ。

 繊細な銀のチェーンには、控えめに濃いグリーンの宝石が煌めいている。

 腕につけると、チェーンがシャラリと音を立てた。
 鏡の中にはアシェル様の色のドレスを、背伸びしすぎることなく、自分らしく着こなした私が映っている。

 誕生会直前、私は侍女たちの手を借りて立ち上がり、会場へと向かったのだった。
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