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第2章
緑のお茶会
しおりを挟むこんな瞬間、時間は急激にゆっくりと流れる。まさか、普段かかとが高い靴をあまり履かない弊害がこんなところに出るとは……。
招待客がすでに集まっている中、無様に転んでしまったら末代まで語り継がれてしまいそうだ。
「おっと……」
心の中でアシェル様にお詫びをしていたそのとき、がっしりと力強く支えられる。
アシェル様は先ほど執務室に戻ったはず。
では、いったい誰が助けてくれたのかと顔を上げるとそこにいたのは見目麗しい男性だった。
アッシュグレーの髪、前髪を撫でつけてはっきり見える濃いめのグリーンの瞳。
アシェル様が男らしく格好良いとすれば、目の前の彼は光り輝かんばかりの麗しさだ。
「大丈夫ですか?」
見知らぬ男性の声には聞き覚えがある。
そのとき、彼の後ろから女性が歩み出た。
大人っぽいデザインのアッシュグレーのドレスを身に纏っているのは、ランディス子爵令嬢だ。
「ようこそおいでくださいました……」
「ええ、お招きありがとうございます。それにしても、普通このタイミングで転びます?」
「……えっと、助けていただいてありがとうございます」
「私は何もしていないわ。お礼ならジョルシュにして」
しっかりと立ち上がり、もう一度男性に視線を向ける。前髪が上げられ、いつも隠されている目がはっきりみえるけれど、確かにジョルシュ様だ。
彼はここまでの美形だったのかと驚きながら口を開く。
「助けてくださってありがとうございました」
「宰相殿の奥方を助けるのは当然のことです。よろしければ席までエスコートさせていただけますか?」
「……」
この手を取って良いものかとランディス子爵令嬢をうかがい見ると、さっさと行けとでも言うように視線で促された。
「ありがとうございます」
手を取るとアシェル様によく似た巧みのエスコートをされる。
(……本当に、アシェル様のエスコートによく似ているわ)
先ほどまでの歩きにくさが嘘のようだ。
絶対に転ぶことはないだろうという安心感……ジョルシュ様は庶民のはずだから、もしかするとアシェル様からエスコートの手ほどきを受けたのかもしれない。
「まるで深い森の中に現れた女神のようなベルアメール夫人をエスコートできたこと、まことに光栄でした」
「感謝いたします」
「宰相殿には転ばないように手助けをしただけだと、しっかりと伝えてくださいね」
「まあ……かしこまりました」
ジョルシュ様なりに冗談を言って場を和ませたのだと微笑むと、ジョルシュ様が輝かんばかりの笑みを見せる。
「それでは、失礼いたします」
文官らしい整った礼をすると、ジョルシュ様はランディス子爵令嬢の元へと戻っていった。
普段は勝ち気で艶やかな印象が強いランディス子爵令嬢だが、今日はドレスのせいか大人っぽくて上品な印象だ。
ジョルシュ様と二言三言話すと、ランディス子爵令嬢は彼を残し令嬢たちの輪の中へと一人入っていった。
お茶会の会場は、深い森の中のように緑色で溢れる。そこに飾られた白いリボンや薔薇の花が爽やかな印象だ。
お茶会を無事に開催できたことと、転んで醜態をさらさなかったことにホッとする。参加者たちに挨拶をしていると、急に会場が静まり返った。
振り返るとそこには、第三王女マリーナ・ミラバス殿下とリーティア・ミリアリア公爵夫人がいた。
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