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契約結婚お受けします
しおりを挟む西日が少し眩しい二人っきりの部屋で、その言葉は告げられた……。
オレンジ色の光に照らされた、艶やかな銀髪。
吸い込まれそうな北の夜空みたいなコバルトブルーの瞳。
私の好きな人。ディル・サーベラス様は、無表情だ。残念ながら、いつも無表情なのだけれど。
「ルシェ……。申し訳ないが、この結婚は、君から断ってもらえないか」
「ディル様、それは……」
一方、目の前にいる私は、ごく普通の茶色い髪に、よくある緑の瞳をしている。
可愛いと言われることはあるけれど、美人かといえば人並みといわざるをえない。
……そう、あの時もサーベラス侯爵家を正式に継いだディル様から申し込まれた結婚に夢見心地だった。
(この言葉には、打ちのめされたわ……)
財力で成り上がった私の家、アインズ伯爵家と、王国で長い歴史を持つサーベラス侯爵家の結婚は、お互いの利害が一致したために決められた。
運悪く襲った天災により、苦境に陥ったサーベラス侯爵家に多額の支援を申し出た我が家。
周囲には、サーベラス侯爵家がもつ歴史と名誉を、我が家がお金で買おうとしているように見えるだろう。
『……可愛いな。好きだよ、ルシェ』
でも、ディル様と私は、王立学園でもずっと一緒に過ごしていて、ディル様は私に好きだと言ってくれていた。
たしかに、私が『好き好き』と追いかけていた関係だったけれど、卒後業間際には学園でも公認の仲だった。
(キスもしたのに……)
卒業式間際、王立学園の裏庭で二人きり、そっと交わされた口づけ。
結婚して欲しい、と言われたことはないけれど、お互い好きだと伝え合っていたはず……。
「ディル様、私に任せて……」
「ルシェ?」
ディル様には、私ではない意中の人がいるのかもしれない。
もしかしたら、私のことが嫌いになってしまったのかもしれない……。
だから、きっとこの後、私がすることは、ディル様にもっと嫌われてしまうことなのだろう。
(でも、今度こそ守るから……)
まっすぐに、大好きな人を見つめた。
初めてお姿を拝見した入学式のあの日から、ずっと好きだった……。
王立学園では、いつでも周囲をうろついて、一生懸命アピールした。
ディル様が、絆された形でお付き合いできることになってからは、夢見心地だった。
勉強だって、貴族としての教養だって、魔法だって頑張った。
だって、全てが一番のディルの隣に立つためには、必要だと思ったから。
(残念ながら、魔法だけは、才能がなかったけれど……)
正確に言えば入学当初、光魔法だけは才能があった。
けれど、二年生の終わりから、急にまったく使えなくなってしまったのだ。
本当であれば、叶わぬ恋だったのだと、身を引くべきなのだろう。
事実、前回の私は、すぐに身を引いた。
「……大丈夫、ちゃんと身を引くから」
「……ルシェ」
でも、それは半年後のことだ。
微笑んだ私を見たディル様が、どこか傷ついたような表情を浮かべたのは、気のせいだったのだろうか。
前回は、少しもその表情に変化はなかったはずなのに……。
ディル様に背中を向けて、私のお父様が待つ応接室に向かう。
前回の私は、ここで諦めてしまった。
でも、そのことをどれだけ後悔したことか。
(私の恋が叶わなかったことは、悲しかったけれど、それは仕方がない。でも、このままでは、ディル様は、また……)
ディル様は、呪われていた。
そのことを知らなかった私は、なんて愚かだったのだろう。
半年後に、事実を知った時、すでにディル様はこの世にいなかった。
その死が呪いによるものだと知った時には全てが遅かった。遅すぎた。
(……私に出来ることは、なかったのだろうか)
ディル様が呪われていたことを知ったその日の夜、なぜか、私のことも蝕んだ呪い。
長時間かけて少しずつ、少しずつ心臓が握りつぶされる感覚は、今でも身の毛がよだつ。
「その結婚、今回は受け入れます!!」
応接室に飛び込んで、奪い取るように婚姻届にサインをした私をお父様は微笑ましく見つめている。
きっとまだ私たち二人がお互いに思い合っていると勘違いしているに違いない。
婚姻届には、すでにディル様のサインが書かれていた。
ディル様には、きっと好きな人がいる。
前回も、今回も結婚はお断りされてしまった。
『私、実は好きな方が出来てしまったんです……。だから、この結婚はなかったことにしてください』
前回の私は、ディル様への失恋を押し隠して微笑んだ。
驚いたお父様が詰め寄ってきて、一週間ほど謹慎になったけれど。
ディル様の命を奪ったあと、その呪いは、なぜか私に移った。
今思えば、生きている間に移す方法だってあったのではないだろうか。
「――――ごめんなさい。ディル様、少しだけ」
この結婚は、半年間だけの期間限定だ。
(ううん、出来るだけ早く解放してあげるから……)
呪いを解除出来ればいい。
出来ないとしても、受けた呪いを私に移す方法を探すのだ。
どうせ、一度は失った命なのだ。やり直せるなら、大好きなディル様のために使いたい。
領民たちは飢えている。冬を前にアインズ伯爵家からサーベラス侯爵家への資金援助は、一刻を争った。
しかし、親戚関係にない家に一定額以上の資金援助を行うことは、王国法に反する。
お披露目は半年後に行われることが決まり、お互いが婚姻届にサインしたことで、その日のうちに結婚は成立。無事に資金は、援助された。
前回は、私が結婚を一方的に破棄する裏切りをした賠償金という形で一部の資金が支払われた。
サーベラス侯爵であるディル様は、最後まで資金援助を断ったらしい。
けれど、お父様はごり押しで、一部の資金援助を強行したという。
今回は、花嫁からの持参金という形できちんと全額支払われる。
このお金で、ディル様が愛するサーベラス領が、救われればいい。
そして三日後、私はサーベラス侯爵家に花嫁として嫁いだのだった。
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