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消えない雨音
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貴重な時間だというのに、私は三日も意識を取り戻さなかったらしい。
それからというもの、ディル様の過保護には磨きがかかってしまった。
「ふらついている。支えるよ。それとも抱き上げようか?」
「はわ! お、お手洗い……ですので」
「倒れたら大変だ。何かあったら必ず呼んで」
「わ、分かりましたから!」
サーベラス侯爵家は、もともと資源豊かだ。
相次いだ天災と、後継者が変わった関係で、一時的に困窮しただけで。
「あの、今度の夜会のドレスは、もともと持っている青いドレスを着ようかと」
「どうして?」
「だって、サーベラス領が大変なときに、高い買い物なんて……」
「――――ごめん」
「え?」
マシュマロの入ったココアを用意し、今度の夜会について切り出した私から、ディル様は分かりやすく顔を背けた。
しばらくの沈黙の後、少し緊張した様子で、ディル様が口を開く。
「もう、ほとんどサーベラス領は持ち直していると言ったら、怒る?」
「え……。本気ですか」
「――――天災は続いたけれど、おかげさまでもうほとんど解決した」
「えぇ……!?」
衝撃の事実。
異常に忙しいと思っていたけれど、まさかもうサーベラス領の問題が解決してしまうなんて。
「な、なんで言ってくれなかったんですか」
「うん、君が結婚をやめると言い出さないかと心配で」
「そ、そんなはずないでしょう!?」
「……ごめんね?」
そう言って、眉を寄せて微笑まれてしまえば、それ以上私が言えることなんて一つもない。
だって、好きなのだ。大好きすぎて、全てを許してしまいそうになるのに、そんな言い訳されて怒れるはずがない。
「好きです」
「うん、俺もだよ?」
「大好きです」
「うん。……愛している」
ディル様と一緒にいる時間は幸せだ。
けれど、時間が経てば経つほど、ディル様の心臓は呪いに蝕まれていく。
「幸せだ……。満足している」
「だ、ダメですよ! 私より先に死ぬのだけは!」
「……それは、それだけは、許して欲しいな」
「……え?」
「俺より先にいなくならないで。他にもう、我が儘なんて言わないから」
降り止まない雨の音が聞こえる。
実際には今日は晴天のはずなのに、その音はディル様を前にして止むことがない。
「せめて、最後までそばにいさせてくれますか?」
「……それで、ルシェがいいのなら」
「離れて、行きませんか?」
「望んでくれるなら、離れたいはずなんて、ない」
雨の音が激しくなる。
それが本音だというのなら、私はあの時あなたのことを一人にしてしまった。
苦しんでいることにも気がつかずに、たった一人で……。
「ああ、でも、ルシェの理想の俺のままでいたいから、最後は見ないで欲しいかな」
今日の口づけは、塩辛い。
でも、私はまだ、諦めたりしない。
今したばかりの約束は、守れないかもしれないけれど、どうしても生きていて欲しい。
それは、私の自己中心的な我が儘なのかもしれないけれど。
「愛しています」
「うん……。それに、まだ諦めたわけじゃない。だから、俺のことで心配なんてしないで」
「それは、無理な相談です」
「そう……。ごめん、嬉しい」
抱きしめられた腕の中は温かくて、ずっとまどろんでいたくなる。
雨音は、消えてくれないけれど。
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