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解けない魔法
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「ところで、どうしてそれを持ってきたんだ?」
もう、すでになくてはならない存在になったへしゃげたクマのぬいぐるみを私は抱きしめる。
揺れる馬車の中、向かい合って座る私たち。
少しだけ慣れたけれど、夜会に行く以上に緊張するのは……。
「ディル様と、こんなに狭い空間に二人きりなんですよ? 緊張するなってほうが難しいです」
「…………」
目の前のディル様が、ものすごく色気がある、それでいて意地悪そうな笑みを見せる。
そして、私の横に移動してくると、なぜか膝の上に私を横抱きにした。
「わ! わわ!?」
ギュウッと抱きしめられて、心臓が止まりそうになる。
最高級の紅茶みたいな香りがするディル様は、香りまでイケメンだ。
「……近づいてきたと思って手を伸ばすと離れていってしまう」
「ディル様?」
「人の気持ちも知らないで」
私のことを抱きしめたまま、見下ろしてくるディル様。
あまりに美しい顔が、近すぎるからクラクラめまいがしてしまう。
「いつもみたいに、好きって言って欲しいな」
「あ、あの」
「…………言って?」
「す、好き! 好きです!!」
好きなことに間違いはない。
ただ、手が届かないと思っていた時間が長かったから、いざこんなに近くにいられるとなると、どうしていいか分からないだけで……。
「よくできました」
合わさる唇。
離れるときの、少し切ない吐息。
ずっと、こうしていられたらいいのに。
そっと、背中に手を伸ばすふりをして、なんとか呪いの蔦を引っ張れないか試す。
もちろん、触れることは出来ない。
「――――残念だな」
「え?」
「到着だ」
気がつけば、すでに王城の正門をくぐっていた。
きらびやかに飾り付けられた王宮。この場所に来るのは、本当に久しぶりだ。
「…………ご令嬢、どうか今夜、あなた様をエスコートする栄誉を与えてくださいませんか?」
「…………喜んで」
音もなく馬車から降り立つ。ひしゃげたクマのぬいぐるみは、残念ながら馬車にお留守番だ。
周囲が私たちに視線を集中させる。
悪女と悲劇の貴公子。
それとも、恋を叶えた幸せな恋人たち。
そんな周囲の評価なんて、どうでもいい。
ただ、目の前の人しか見えない。
「――――夢みたい」
「夢じゃない」
引き寄せてきたディル様の手には、白い手袋がはめられている。
やり直す前、私は一人屋敷の部屋に引きこもっていた。
もしも、ディル様がほかのご令嬢と一緒に現れたら、と思うだけで部屋から出る勇気すらなかった。
「ディル様が、目の前にいる」
「…………ずいぶん小さな夢だな」
「ずっと、憧れていたので」
新入生の代表挨拶に立ったディル様は、きっと王子様なのだと思った。
絵本の中からそのまま出てきたんじゃないかと思った。
だけど、正装姿のディル様は、あの時よりも何倍も光り輝いているようだ。
「魔法をかけてください」
「何の魔法をご所望ですか?」
「ディル様の隣に立つのにふさわしいお姫様になれる魔法を」
「――――そんな魔法なくたって、ルシェは俺にとって……」
その言葉の続きは告げられない。
けれど、手の甲に恭しく落ちてきた口づけは、私に解けない魔法をかけてくれたのだった。
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