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手がかりと焦げた香り

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 ***

「しばらく、戻ってこられない」
「え!?」

 どんなに真夜中であろうと、必ず家に帰ってきていたディル様から、その言葉は、その日突然告げられた。
 
「やらなければいけない執務がある」
「そ、そうなんですね」

 この状況での外出は危険だからと、一人の時には図書室にこもってばかりいる。
 このままでは、今日も心臓のあたりでうごめきながら、明らかに育ちつつある黒い蔦を解決するどころか、私に移すことすら出来ないのではないかと、焦りばかりが募っていく。

「――――私」
「そんな顔して、そんなにさみしいの?」

 私を見下ろすディル様は、余裕の表情だ。
 夜会に参加したり、ディル様と一緒に最低限の社交をこなしているうちに、二ヶ月が経ってしまった。
 あと、四ヶ月しかない……。

「さみしいですけど、そうじゃなくて」
「俺の余命のこと?」
「……それは」

 本人に面と向かって言われてしまえば、頷くことすら出来ずに鼻がツーンッとしてしまう。

「……進展がないわけではない」
「えっ!」
「大丈夫、ちゃんと守ってみせるから」
「え?」

 今日も額に口づけが落ちてくる。
 一瞬、聞き逃してしまいそうになったけれど、自分の呪いを解決するのではなく、なぜか私を守ろうとしているように聞こえてしまった。

「ルエダを護衛に置いていくから」
「あの、ディル様!」
「……もう、行かないと。何かあったら、王城にいるから、ルエダに取り次ぎを依頼して」
「わ、分かりました……」

 少しの拒絶を感じてしまい、大人しく部屋に戻ろうとした時、ルエダ卿が執務室に入っていくのを見た。
 護衛をしてもらうのだから挨拶をしなくては、と思い追いかけていく。

「ルエダ卿……!」

 振り向いたルエダ卿は、一冊の本を手にしていた。

「……それ」
「ああ、見られてしまいましたか……。我が主が、ここに隠していたようですね」
「神殿で見つけた本……」

 火事のせいで持ち出せなかったと思っていた本は、なぜかルエダ卿の手の中にあった。

「主は隠したかったようですが……。俺も、忠誠を捧げた身としては、なんとかして守りたいのです」
「……それ、私にも見せて貰えませんか」
「俺に主を裏切れと?」
「そ、それは……。でも、私、どんな方法を使ってもディル様を助けたいんです!!」

 しばらくの間、私たちはまっすぐ見つめ合っていた。
 でも、命をかけたって、何をしたってディル様を守りたい。それしか考えられなかった。

「……主に殺されてしまいそうですが、負けました」
「えっ! それでは!!」
「主の不在は三日間だけと伺っています。その間だけですよ?」
「もちろんです!!」

 ルエダ卿から受け取ったその本は、ほんの少し焦げ臭い匂いがする。
 そんなことを気にする余裕もないまま、ようやく手に入れた手がかりを私は抱きしめたのだった。
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