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二人旅 2
しおりを挟む馬車の中で、寝泊まりするのかと思っていたら、用意周到な騎士団長様は、宿をとっていた。
「すごく可愛らしいですね」
「ああ、泊まったことはなかったが、目を引くな」
赤い屋根に白い壁。
丸い扉と茶色に縁取られた窓は、この地区全体おそろいのデザインのようだ。
そっと触れたドアノブは、年代を感じさせる少しくすんだ金色をしている。
「カフェフローラの、テーマになっていたことがあります」
「ああ、あの日の赤いスカートに白いブラウス、そして茶色のコルセットベルトをしたリティリア嬢は、とても愛らしかった」
「……よく覚えていますね?」
私でも、服装までは思い出せなかったのに。
そういえば、あの日の制服は、このあたりの民族衣装を元にしたと、オーナーが言っていたかもしれないわ。
「いつかリティリア嬢と、本物を見に行きたいと思っているからな……」
「わ、素敵ですね!」
騎士団長様との旅は、王都からレトリック男爵領までのそこまで遠くない距離でも胸が躍る。
オーナーが見たという世界の果てにだって、騎士団長様となら行ってみたい。
オーロラと満天の星が見えるという、世界の果ての大空。
「そうだな。いつかオーロラを見に行こうか……」
「騎士団長様?」
「あのとき手を伸ばしていた、星屑の光を、手に入れてあげよう」
――――銀の薔薇をもらう直前に、騎士団長様が捕まえてくれた星屑の光。
もちろん、いただいた銀の薔薇は、壊れないように箱に入れて、リュックの中に入っている。
「……リティリア嬢さえよければだが」
「もちろん! 騎士団長様となら、どこまでも一緒に行きたいです」
「そうか……。では、全力で休暇を取ろう」
騎士団長様は、冗談めかしてそんなことを言うと、宿泊受付へと向かう。
…………あれ? なんだかもめている?
しばらくの間、騎士団長様は受付のスタッフと何か真剣に話をしているみたいだった。
そのあと、前髪をぐしゃりとかき分けて、困ったような顔をして戻ってくる。
「あの……。何か問題でもありましたか?」
「…………」
騎士団長様は、困った顔のままだ。
「実は……。手違いがあって、部屋が一つしか取れていないらしい」
「え、ええ!?」
もちろん、馬車で寝泊まりするときには、一緒に眠っていたけれど、騎士団長様は気を遣って斜め向かいに座っていた。
宿泊は、もちろん相部屋ではなく、違う部屋をとっていてくれたのに……。
私たちのことを、婚約者か夫婦だと勘違いした宿の手違いで、一つしか部屋が取れなかったらしいのだ。
さらに、明日から、この地方では大きなお祭りがあり、部屋が埋まってしまっているという。
「――――まあ、俺は馬車の中で眠る。慣れているからな。リティリア嬢は、ゆっくりと休みなさい」
当たり前のようにそんなことを言う騎士団長様。
たしかに、ヴィランド伯爵家の馬車は、一般的な馬車よりも座り心地がいいけれど、私だけゆっくり宿に泊まるなんてできるはずもない。
「騎士団長様……」
すぐに私に背中を向けて、出口に向かってしまった騎士団長様の上衣の裾を掴む。
「リティリア嬢?」
騎士団長様の顔には、明らかに困惑が浮かんでいる。
でも、それでもやっぱり、一人で馬車で眠るなんてダメだと思う。
「――――そばで守ってくれるって、約束しました」
「……それは」
「宿で一人なんて心細いです」
嘘ではない。心細いのは事実だ。
「…………リティリア嬢」
「騎士団長様?」
「…………はぁ。たしかに、危険だな」
騎士団長様は、諦めたようにため息をつき、そのあと私の手を強く握って階段を上り始める。
私たちの部屋は、最上階の角部屋だった。
その部屋は、外観に負けないくらいとても素敵なお部屋だった。
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