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聖女、運命と役割 1
* * *
ざわつくのは、木々の葉が擦れあう音か、それともシルビアの脳裏に浮かぼうとする神託の前触れによるものか。
「……どちらにしても、あの薬をライナス様は飲むのでしょう」
見上げた空は、ライナスに出会った日に比べ、低くて灰色で重苦しい。
白い息で、小さな手を温めたシルビアは、思い出したようにポケットから手袋を出してその手にはめた。
「去年の今頃は、冷たい水で洗濯してました。お風呂もないから、清浄魔法と冷たい布で凌いでましたね……」
食べ物だって森にはない。
長老様が分けてくれる食べ物だけでは、少しばかり足りなくて、いつもお腹がすいていた。
「感謝……。そして……」
ライナスの屋敷には、尖塔がある。
螺旋になった階段を登った最上階には、小窓があって王都を一望出来る。
王都の中心部は栄えているが、外れの方ではまだ、つい最近までのシルビアと同じか、それよりも辛い生活をしている人で溢れている。
「ガロン王国との戦争は、ライナス様が先陣を切ることで終結しましたが……」
シルビアは思う。
「聖女であることより、聖女として何をするのか、背のことが大事なのでしょう」
小さな小窓から、冷たい風が吹き込んでくる。
シルビアの金色の髪だけが、この季節が忘れてしまった暖かい陽光のように、キラキラと輝く。
「……シルビア、ここにいたのか」
振り返れば、やはりシルビアの髪に負けないほど輝く白銀の毛並みが視界に映る。
「魔法を使わなくても登り切れるくらい、体力がついたら、この場所からの景色が見たいな、と思っていたので」
「はは。そんなの、たった一言景色が見たいと言えば、いくらでも叶えただろう」
暖房もなく、冷たい風が吹き込むこの場所も、抱きしめられれば温かく、それだけで幸せを感じる。
生きていて、よかったと思えるほどに。
「抱き上げて登ってもらうのは、気が引けます」
「……シルビアの体力がついたことは、なにより嬉しいが、抱き上げる機会が減ってしまうのは惜しいな」
「ふふっ。冗談ばかり」
次の瞬間、高くシルビアは抱き上げられていた。
体重なんて感じられないほど軽やかに。
それと同時に、ライナスは、狼閣下から美しい美貌の王弟殿下へと姿を変える。
まだまだシルビアが小さく軽いことと、ライナスの力が強いせいなのか、シルビアはライナスを見下ろすほど高く抱き上げられている。
そのままライナスは、愛しげにシルビアを見つめ、その後少しだけ逡巡してから口を開いた。
「……アンが、帰ってきた」
「……もちろん、無事ですよね?」
「ああ、大聖女様に薬草茶を振る舞ってもらったらしい。体は全快している」
「……体は、ですか?」
「よく分からないが、何か気になることがあるらしく、顔を赤くしたり、覆ってしまったり、どこか行動がおかしいんだ」
紫色の瞳を瞬いてライナスを見つめたシルビア。
いつも冷静沈着なアンの様子がおかしいなんて、よほどのことがあったに違いない。
「それから、シルビアに伝えたいことがあるとも」
「分かりました。下に降りてアンに会わなければ」
「そうだな」
シルビアは、いまだライナスの顔を見下ろすほど、高く抱き上げられたままだ。
そのまましばらくの間、二人は見つめ合っていた。
「……あの、下に降りないと」
「ああ、そうだな」
「あの、階段を降りるので」
「俺は、わがままになったようだ」
「え?」
シルビアを抱き上げる高さが降下する。
下ろしてもらえるのかと思ったのに、そのままライナスは階段を降り始めた。
「あの、降りる体力は十分残っています」
「……わがままを聞いてくれ」
「え?」
「二人きりの時は、君に触れていたい俺のわがままを」
その言葉に、シルビアは頬を上気させ、そのままライナスの首に抱きついた。
サラサラ耳元に触れるその髪だけが、狼姿と変わらない感触だ。
小さく耳元で笑う声がした。
昇るのは息が切れて一苦労だった塔の長い階段。
けれど、今それは、二人だけの貴重な時間を作り出してくれているようだった。
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