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第1章
海面で王子様っぽい人と遭遇してしまいました。 1
しおりを挟む珊瑚礁のお城と大きな二枚貝の中に隠された人魚の卵。
人魚に生まれてしまったらしいと気がついたのは、温かくて安心な卵の中から、海の世界に飛び出してからだ。
人魚姫として生まれた私は、蝶よ花よと育てられていた。
蝶も花もない、海の底。真珠や珊瑚、沈没船から拾い上げられた宝石、私の周りはキラキラしたものであふれかえっていた。
ちなみに、私には前世の記憶がある。
そして今日は、16歳の誕生日。初めて、海面に出ることが許される日。
人魚姫として、生まれ、物心ついた日から、繰り返し教え込まれるのは、伝説の人魚の悲しい結末。人の国の王子様を愛し、泡になって消えた悲劇の物語。
前世でも、そんなおとぎ話があった。どこかで、つながっている部分があるのだろうか。この世界と、あの世界は。
そんな感傷にも似た思考は、騒がしい声に中断される。
「絶対に! 絶対に、溺れている王子様なんて、助けたらだめ。もし、見つけたとしても、絶対に見捨てるのよ!」
「ーーーー人魚道に反する!! でも、関わったりしないから、安心して」
お姉様が、私のことを心配して、後ろからついてくる。心配性の姉だ。お姉様は、水色の髪に青い瞳をしている。
一方、私は桜貝のようなピンクの髪の毛と、海の底から見上げる海面の色のような水色の瞳をしている。
色とりどりの人魚たちは、絶滅危惧種なのか、数が少ない。
生まれてみたら、人間ではなかったことには、驚いたものの、家族は優しく愛情深い。それに、尾ひれを一振りすれば、どこまでも泳いでいける広い海の世界は、予想以上に快適だった。
唯一の不満と言えば、「お肉食べたい」の一言。人魚の主食は、魚介類だ。ちなみに、魚と人魚は人間と豚くらい違う生き物なので、共食いではない。
そもそも、この世界でも海は広い。ましてや、ここは大洋のど真ん中に位置する。そんな広い海の真ん中に、少し顔を出したからと言って、誰かに出会う奇跡なんて、あるはずもない。
それに、最近の人の国は、魔術と技術革新が素晴らしく、船が沈没したなんて話自体、めったに聞かない。
「ちょっと、空を拝んでくるだけ。すぐに戻ってくるから」
「そうね……。大人になるための大事な儀式でもあるものね。気をつけて」
「うん!」
心配性で、海一番美しい歌声のお姉様に背を向けて、海面へ向けて泳ぎだす。
深海から海面までは、結構距離がある。それでも、泳ぐ速度ならマグロにも負けない私は、あっという間に海面へとたどり着く。
初めて顔を出した、海面。
「うわぁ……月が二つある」
この世界の月は、二つあるらしい。
その不思議な光景に、まず心を奪われる。
私は堅実な人魚姫。恋に落ちて、その人のためだけにすべてを捨てて、最終的には泡になるなんて、考えることもできない。恐ろしい。
そもそも私は、まだ、恋をしたことがない。
「――――ん?」
けれど、想像できることは、ほとんど場合、現実になり得る。
だから、あとから考えれば、これはフラグを回収したという状況なのだろう。
遠く浮かぶ不思議なシルエットに、不用意に私は近づいてしまった。
それが、運命の入り口とも知らずに。
海の泡のような、銀色の髪の毛。
人間を見つけてしまった。しかも、高貴な感じの服装だ。
「な……なんで、こんな海の真ん中に、木の板に捕まってかろうじて溺れていない、王子様っぽい人が浮かんでいるのよぉ……」
平和に海の中で暮らしていた転生人魚は知らなかったのだ。
まさか、広い広い海の真ん中で、運命に出会ってしまうなんて。
それが、おとぎ話に負けない波乱の物語の始まりだなんて。
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