溺れかけた筆頭魔術師様をお助けしましたが、堅実な人魚姫なんです、私は。

氷雨そら

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第1章

人魚姫の願い事と青い鳥 2

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 血液の中にある、大事な成分がごっそり抜けていく。これは、貧血のような症状だ。

 知らなかった。この世界の魔力は、命と繋がっている。真紅の瞳と目が合った。

「……レイラ。ごめん」

 謝らないでほしいです。私は、やりたいことをしただけなので。
 でも、その言葉を口にすることはできない。

「……人間の足」

 まるで、はじめて気がついたように、私の足を凝視したクラウス様。

 ……そういえば、家から飛び出してきたから、部屋着のままだった。

 人魚の尾ひれがのぞいていた時にはなんとも思わなかったのに、人間の脚が、短いフリルの間から、のぞいた瞬間、こんなにも恥ずかしいものだろうか?

 慌てて短いフリルを引っ張って足を隠そうとしていると、クラウス様が、マントで私を包み込んで隠してくれた。

 そのまま、抱き上げられる。

「……クラウス様、歩けます。大怪我を」
「もう治った」
「え?」
「魔力があれば、この程度の傷、問題にもならない」

 つまり、今回の敗因は、魔力不足ってことですよね?
 私は、その理由を知っている。
 人間は、海の底に通常は来ることができない。魔法が魔術でも使わない限りは。

「あとで、言いたいことがたくさんあります」
「そうか……。奇遇だな、俺もだ」

 マントに包まれたせいか、久しぶりに走ったせいか、急激に眠くなる。
 夢現の中、現れるのは、最近見慣れてしまった青い鳥だ。

 青い鳥は、もう『褒美!』とは言わない。代わりに、『期間限定』とつぶやいて、飛び立っていった。

 起きたなら、クラウス様に何を伝えようか。
 私も好きです、と言いたいし、もっとクラウス様のことが知りたい。
 さっきの傷が、本当に大丈夫なのか確認したいし、それ以上に、なによりも……。

 そう何よりも私が、クラウス様に伝えたいのは。


 * * *


 ……目覚めたのは、クラウス様の香りがする、快適なベッドの上だった。

「……クラウス様の、命知らず! おっちょこちょい! 無計画! なんで、強い敵と戦う可能性があるのに、命懸けになるってわかっていて、魔力を大量に使って海の底に来てしまったんですか!」

 怒りながら目を覚ましてしまった。
 たくさん眠ったのだろうか。
 ここ数日の睡眠不足が解消して、妙にスッキリとしている。

「レイラ。……声が」
「え?」
「その可愛らしい声」
「え?」

 いつも、意地悪な笑顔か、どこか冷たい表情のくせに、こんな時だけずるい。
 安心したと告げているようなクラウス様の瞳が、潤んでいるのを見て、目を離すことができなくなる。

「対価に、捧げてしまったのではないかと」

 そうだ。物語の人魚姫は、人間になるために、その声を対価に捧げたのだ。

「そんな顔、ずるいです。怒れなくなってしまうじゃないですか」
「自分でも、どんな顔をしているのか、わからない。たぶん今まで、したことがない表情だから」

 いつだっただろう、出会ってからの時間は関係ないのだと、友人が頬をバラ色に染めていたのは。
 その時の私には、そのことが理解できなかった。
 絆は、時間をかけて育むものだと、思っていたから。

 今ならわかってしまう。
 だって、出会ったばかりなのに、こんなに好きなのだもの。時間なんて、確かに関係ない。

 そして、ひととき。そう、平和なのはひとときだ。パチパチと浮かんでは消える泡の幻が、そう告げているような気がした。

 人魚姫の、海の底での平和なスローライフは、終わりを告げる。そして、ぐるぐる回る大渦みたいに、良い意味でも悪い意味でも、今までとは全く違う毎日が、はじまりを告げたのだった。

 もちろん、筆頭魔術師の溺愛も。
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