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第3章
人魚姫への招待状 1
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なんとかクラウス様を、お屋敷まで連れて帰ってきた。
「すまない。もう、問題ないから」
「そんなはずないでしょう! 魔力がからになった時の症状、知っているんですからね?!」
「……いったい、どうしてそんなことになったんだ?」
「ああ、もうっ! 私のことはいいんです!」
その時、クラウス様の真紅の瞳が細められて、私は気がつけば、ベッドの上で抱きしめられていた。
「……わかった。レイラの言う通り、おとなしくするとしよう。その代わり、そばにいてくれるか?」
この状況が、不味いということ、いくら私にそういう経験がないのだとしても、さすがにわかる。
心臓がバクバク音を立てている。
「……ずっと、そばにいて」
私を抱きしめているクラウス様が、笑ったようにも、泣いたようにも思えて、逃れようと動かしかけた腕で、思わず抱きしめ返していた。
「……ずっと、一緒にいますよ」
嘘だ。私たちは、ずっと一緒になんていられない。生きている場所が違う。種族も違う。
海と地上は、隣り合っているようで、やっぱり遠い。
やはり、限界だったようで、ベッドの上で抱きしめているうちに、クラウス様は寝息を立てはじめた。
冷たかったその体は、熱を帯びている。
急速に、魔力を取り戻そうとしているのだろう。
「……クラウス様」
本当の人間になる方法は、ないのだろうかと、私は初めて真剣に考えた。
泡になって消えるのが、怖くて仕方がなかった私は、考えることをずっと避けていた。
でも今は、泡になるよりも、クラウス様から引き離されることの方が怖い。
恋や愛なんかには惑わされず、堅実な人魚姫として、生きていこうと思っていたのに、すっかり恋に落ちてしまった。
でも、そんな自分を嘲笑う気にもなれない。後悔するには、あまりにこの時間は、幸せすぎる。
「レイラ……」
寝言だろうか。私を抱きしめて離さないまま眠っているクラウス様の寝顔は、いつもと違って幼くて、守ってあげたくなる。
実際は、クラウス様は、私を守ることができても、私にはその力がないのだけれど。
「クラウス様の、そばにいたい」
でも、ひとつだけ、私を不安にしてしまうのは、私を守ろうと王命に逆らって、こんな目に遭ってしまった、クラウス様の置かれた状況だ。
青い鳥ラックも、他の人や王族に、私が名前を呼ぶところを知られないようにと言っていた。なにか理由があるのだろう。
「クラウス様を、苦しめたくない」
先ほどの願いより、間違いなくこちらの願いの方が強いことを、声に出してみて、自覚する。
「好きです。クラウス様」
人魚姫は、恋に落ちたことを自覚する。
そして、守りたい人ができてしまったことも。
平凡な恋ならよかったのに。
笑いあって、そばにいられたら、それで幸せな恋だったなら。
でも、そんな恋はとても少ない。
恋愛経験のない私は、そんなこと知らない。
平凡な幸せを願う私の元に、第三王子の直筆サイン入りの、舞踏会への招待状が届くのは、それから三日後のことだった。
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