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第2章

青い鳥と第三王子 3

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「さ、人魚姫のご招待にも成功したことだし、そろそろクラウスのところに案内してあげようか?」

 ルクス殿下が軽く手を上にあげると、青い鳥が室内に入って来た。
 ちらりとこちらを見た青い鳥は、たしかにラックだけれど、私を目線を合わせようともしない。
 名前を呼ぶなという意思表示にも思える。

「――――クラウス様は、ご無事なのですか?」
「無事だよ? 王命は完遂されたから、少なくとも、命に別状はない」
「……クラウス様に何をしたんですか」
「何もしていない。ただ、王族に逆らうことをクラウスは許されていない。だから、王命に逆らったクラウス自身の問題だ」

 ほんの少しだけ、ルクス殿下の表情に憐憫が浮かぶ。
 王族に逆らうことが出来ない。……逆らったら、どうなるというのだろう。

 バサリと羽ばたきが聞こえた、ラックが部屋の外に飛び立っていく。
 私は、慌ててそのあとに続く。
 もちろん、ルクス殿下へお辞儀も忘れない。

「またあとで、会おうね?」

 もう、会いたくない。なんだか、お姉様があんなに王子様を助けてはいけないと言っていた意味が、わかってしまった。でも、そんなことまさか言えないから「光栄です」とだけ答えておいた。

 再び、ラックと私、一人と一羽だけになる。

「ねえ、ラック……」
『言い忘れていたが、人前で僕の名前を呼んではいけない。とくに、王族の前では』
「わかったわ。……あの」
『クラウスのところへは、連れて行ってやる。だが、無茶なことはしないと約束してくれ』

 私はそんなに、無茶な行動をするように思われているのだろうか?
 たしかに、少しだけ考えるより先に行動してしまうところは、あるかもしれないけれど……。

『――――この中だ』

 その扉は、何かを封印でもしているように幾重にも鎖が張り巡らされている。

「この中に、クラウス様がいるの?」
『ルクス王子の前に、レイラを連れていくという命令は完遂された。これ以上、苦しむこともないだろう』
「…………クラウス様」

 開きそうもないと思った扉は、私が触れたとたん小さな魔法陣がいくつも発動して、簡単に開く。

『魔法の前には、まがい物の魔術など、ひとたまりもないな』

 ラックの言葉が、引っかかったけれど、そのことを問いただすより、部屋の中に飛び込むことを優先する。
 予想に反して、部屋の中は整えられていた。
 そして、ソファーにもたれかかるように座るクラウス様の姿が目に入る。

「クラウス様!」

 気だるげに顔をあげたクラウス様が、大きく目を見開いた。
 その体に飛び込むように抱き着く。
 氷のように冷たくて、いつもの温かい魔力が、まったく感じられない。

「どうしてここに……」
「クラウス様が、帰って来ないなんて嫌だから。……どうして相談してくれなかったんですか」
「守ると決めているから」
「――――自分を犠牲にして守るのはダメです。それに、約束したのは、帰ってくるってことだけです」

 一度だけ、海の中で大きなイカの魔物に出会ってしまったことがある。
 たくさんの足に捕らえられてしまった私は、無我夢中で体から何かを放出して逃げ出した。
 今思えば、あれは魔力だったのだろう。
 魔物イカが、ひるんだすきに逃げ出すことが出来たけれど、家に帰り着いた直後から、息が上手くできないような苦しさと、冷たくなったり熱くてたまらなくなる体と、尾ひれが二つに割れてしまいそうな激痛に、三日三晩苦しんだ。

 あれは、魔力が枯渇した時の症状なのだと、付きっきりで看病してくれたお姉様が教えてくれた。

「……帰りましょう。クラウス様」
「――――レイラ」

 私の魔力を分けてあげれば、クラウス様は元気になるに違いない。
 けれど、私の魔力がなくなってしまったら。

 私は気がついてしまった。人魚の魔力は、海の中では自然に回復するのに、地上では全く回復する気配がないことに。そして、この足は、本物ではなく魔法の力で一時的に変化しているだけだってことに。

 全部、全部分けてあげたいのに。
 全部魔力がなくなってしまったら、たぶん私は……。

「クラウス様? 少しだけ触れさせてください。クラウス様が、ここにいるってわかるように」
「レイラ……」

 軽く触れあうだけの口づけ。
 クラウス様が、苦しいのなら、ほんの少しだけでもいいから、私にもわけて欲しいという願い。

『期間限定』

 小さな声が耳の中でこだまする。
 人魚姫と筆頭魔術師様は、ずっと幸せに暮らすのは、難しいのかもしれない。

 人魚が完全な人間にでも、ならない限りは。

*:.。..。.:*第2章完*:.。. .。.:*
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