Strawberry&Cigarette

雪葵

文字の大きさ
2 / 49

St.Valentine's Day ー第1話ー

しおりを挟む
「……違う」
 今日も、出会うことができなかった。


 吉野は一つため息をつく。
 一月下旬の夜の街。その息はほのかに白く立ち上る。
 仕事帰りや週末の時間を使って、これまでに何件回っただろう。この近辺の思い浮かぶ店は、一通り当たったはずなのに。

「あの味……あの酸味なんだよな」
 味覚の記憶を辿り、ひとり呟く。


 吉野は、彼女から去年のバレンタインデーにもらったチョコレートの味を思い出していた。
 その彼女とは、2ヶ月ほど前に別れている。

 チョコレートを噛み割ると口中に溢れ出す、ベリーのソース。
あれは、クランベリーとかラズベリーとか……? ストロベリーの味わいとは違う気がした。
 とにかく、酸味がとても強く、鮮烈な味わいが口いっぱいに広がった。
 思い出すだけで、唾液腺が刺激される。

 あのチョコレートが欲しい。どうしても。
 けれど、どこの店へ行っても、同じ味の品は見つからない。
 彼女にもらった時は、店名やショコラティエの名前なんかは確認しなかった。彼女が何か言っていたかもしれないが——綺麗に忘れている。

 困った。


 吉野はビジネスバッグを自室の机へ無造作に置いてコートを脱ぐと、椅子の背に寄りかかり、しばし思案する。

 天井を仰ぎつつ、長い指でネクタイを解く。
 煙草を咥え、火をつけた。
 ふう……っと、煙を吹き上げて、その行方を見つめる。

「あ~~~。仕方ないか」
 そう言って姿勢を戻すと、スマホのアドレスの画面を開けた。




 その週末、金曜の夜。
 吉野は、会社近くのカクテルバーで元彼女と会っていた。
「久しぶり、リナ」
「一体何の用よ?」
 元彼女——リナは、不機嫌な表情を露わにして無愛想に答える。
 当たり前だ。つい2か月前、この超ハイスペックなイケメンに一方的に振られたのだから。

 リナは、近くのビルに勤めるOLだ。
 人形のように整った容姿に、柔らかく波打つロングの髪。すらりとメリハリのある身体。勝気なところがまた魅力的だ。
 ——こんなにかわいい子、なんで振ったんだっけ?……ああ、思い出した。浮気かなんかしつこく疑われて、面倒くさくなったんだ。
 吉野は何となくそんなことを考える。

「……悪かったな」
「何が?」
「いや……なんか一方的で、申し訳なかったかなと」
「用件を言ってくれる?こういうふうに呼び出されるのだって、本当はまっぴらなんだから」
 リナはフンと横を向き、怒りを隠さない。
「あのさ……どうしても知りたいことがあって。
去年のバレンタインデーにお前がくれたチョコレート——どこで手に入れたのか、教えてくれないか? あのベリーのフレーバー、すごい美味かったから……忘れられなくて」

 リナはきつい眼差しで吉野を見ると、信じられないという顔をする。
「……は? それ聞いてどうするの?
 どうせ今の彼女かなんかにプレゼントでもするんでしょ。そんなこと、なんで私が手伝わなきゃならないのよ!?」
 ああ、やっぱりめんどくせえ……という内心はひた隠しにして、吉野は努めて下手に出る。
「今は付き合ってるやつなんかいないし、好きな子もいない。
 ただ——男のくせにイチゴのスイーツが異常に好きな幼馴染がいてさ。そいつに食わせてやろうかと」

「……幼馴染?」
 その答えに、リナも少し肩透かしを食らったような顔になる。
 どうやら、女子に渡すつもりではないのは確かなようだ。
「——じゃあ、教えてあげる。
 あれは、ベルギーでショコラティエをやってる私の叔父が作ったものよ。彼にお願いして、特別に手に入れたの。……日本では、あの味は手に入らないわ」

「え……マジか……?」
 吉野は、いつになく困惑した顔を見せる。
 こんな真剣に思い悩む顔は、多分見たことがない。
 リナの征服欲が、不意にむくむくと頭をもたげる。

「……そんなに、あのチョコが欲しいの?」
「ああ、是非とも欲しい!
 リナ、できたらもう一度、その叔父さんに頼んでもらえないか?
 お礼はしっかりさせてもらうからさ。人気のフレンチでも、お前の好物のヴィンテージワインでも、何でも」
 懇願するような眼差しで、吉野はリナを見つめる。

「……ふうん。いつになく必死ね。
 じゃあいいわ。叔父に頼んであげる。
 お礼なんかはいらない。——その代わり」
 リナは、最高にいい思いつきが浮かんだかのように、綺麗にグロスの塗られた唇を輝かせて、艶やかに微笑む。
「もう一度、ヨリを戻したい。あなたと」

「………え?」
 吉野は、一瞬怯む。

 そういう交換条件か。——どうしたものか。


「——まあ、いいか」
「……え? ほんとに!?」

 自分で言っておきながら、リナはびっくりしたような顔をして高い声を上げる。
 まさか、こんなに簡単にOKが出るとは思っていなかったようだ。


 ——まあ、今付き合ってる子がいるわけじゃないし。
 それで、あの最高に美味いベリーのチョコレートが手に入るなら。


 ハイテンションではしゃぐリナにちらっと微笑むと、吉野は頬杖をついて窓の外を見ながら、ふうっと煙草の煙を吐いた。



✳︎



 その頃。
 岡崎は、パリにいた。
 出張である。
 仕事をこなしつつ、彼はあるものを探していた。
 金曜に帰国する予定を1日遅らせてまで、街を探して歩いた。

 土曜の昼下がり。
 彼は、あるチョコレート専門店で、とうとう希望に適うものを探し出した。

 それは、スモークしたような香りのする、不思議なフレーバーのチョコレートだ。
 パリには、日本では味わえない、さまざまなフレーバーのチョコレートがある。ナッツや酒、フルーツなどの、はっと目の覚めるような味わい。いかにもフランスらしいエスプリの効いた品々。
 それでも、この煙のように香るチョコレートは、どの店でも出会えなかった。
 口に入れると、甘みというよりも、ほろ苦い香りと味わいがふわりと広がる。


 ——これは、あいつが好きな味だ。間違いない。
 スイーツ嫌いで煙草ばかり吸ってる男だが、この味にはきっと驚くはずだ。

 華奢な眼鏡の奥の岡崎の瞳が、いつになくはっきりとした感情を漂わせて輝く。

 無理やり時間を作って、やっと手に入れたフレーバー。
 鋭利で端麗な無表情をわずかに綻ばせ、岡崎はその味わいを満足げに噛み締めた。



✳︎



 それから2週間後の、金曜の夜。
 吉野と岡崎は、行きつけのカクテルバーでゆったりと寛ぐ時間を過ごしていた。
 目まぐるしい仕事を離れ、煩わしさを全て忘れる。ネクタイを緩めて、気のおけない親友と酒と会話を心ゆくまで楽しむ。お互いにとって、何よりも貴重な時間だ。

「……そういや、今度の火曜、バレンタインデーだな」
「あーー、毎年困るやつな……岡崎、いつもどうしてる?」
「俺は全部食べる。山のようなチョコレートに囲まれて幸せだ。少しも困らない」
「羨ましいな。甘いものがダメな俺は片付けるのに一苦労だ」
 吉野も岡崎も、それぞれの社内でその名を轟かせる美貌と能力を誇っている。女子がこぞって渡しに来るチョコレートが、毎年両手で持ちきれないほどだ。
「本命からのチョコは貰えそうか?」
「本命って、誰だよ」
「……俺に聞くなよ」
 お互いに、全く興味関心を感じさせないやり取りを交わす。


「ん……そろそろチェックにするか。
 ——でも、今日はストロベリータルトは抜きだぞ、岡崎」
 吉野がニッと微笑み、そんなことを言い出す。
「それはいいが——お前も、今日は煙草吸うなよ?」
 岡崎も、悪戯っぽい目で吉野を見る。

 そして、これ以外のタイミングはないというように——二人ほぼ同時に、お互いのビジネスバッグから美しい小箱を取り出した。

「——なんだよ?それ」
「……俺にか?」
お互いの品物を受け取る。


 そして、二人同時に、この上なく美しく結ばれたリボンに指をかけた。


  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...