純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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妹と鍋王子

 12月30日の夕方、実家に到着した。
 会社から電車で1時間ちょっとの場所だから通うこともできなくはないが、早朝起床やラッシュで体力を使う負担を考えると、俺的には会社近くで一人暮らしがベストだ。
 まあ当然のことだが年末は家族も慌ただしく、母親はばたばたとあちこちの掃除、父親は年越し蕎麦やおせち等食材の買い出し、妹は友達と遊びに出かけている。
 そんな慌ただしさの中でも、ある程度マイペースにやれてしまう実家の有り難さ。はーー。大きなコタツでこんな風に背中を好きなだけ伸ばして寝転がるのって、思えば久しぶりだ。

「年末年始はなんか特別な予定とかないのー? 航平」
 掃除もひと段落したらしく、みかんをむきつつテレビを見ていたはずの母親が、不意にコタツの向こうからなんか変なニマニマ声でそう聞いてきた。
 腹ばいになって何気にスマホをいじっていた俺の手が、思わずピタリと止まる。

「——母さん。
 そういうデリケートな話はいくら母親でもそう雑に聞いていいことじゃねーぞ」
「あらそう?
 で、何もないの?」
 母は、俺の言葉に反省する気配など一切見せず、さらにぐいっと踏み込んで来る。

「……何もないというか」

 なんとなく「何もない」とあっさり答えたくなくてゴロンと仰向けになった俺の顔の上を、ジーンズに包まれた綺麗な脚が大雑把に跨いだ。

「おいっ真琴、またぐな~! 女の子がそんなんでいーのかよ」
「は? そこに寝てるのが邪魔なんでしょっ! スカートだったら絶対しないわよっ」

 俺の三つ歳下の妹、真琴である。現在大学3年だ。寒い外から戻ってきたばかりのせいか、いつもは透き通る白さの頬と鼻の頭がほのかに赤い。
 兄の俺が言うのもなんだが、真琴は相当に可愛い。
 くるんと大きな茶色の瞳で俺を見下ろす彼女の服装は、柔らかな白のハイネックのセーターにスキニージーンズ。小柄ながらキュートなスタイルの良さを上手に引き立たせている。肩にかかる長さの栗色の髪は柔らかいウェーブがかかり、いかにも触り心地が良さそうだ。メイクもファッションも何気にセンスがよく、もしかしたら割とモテる系の女子である。

「今のお母さんとの会話、続き大体わかるー。何もないと言うか、つまりはっきり言うのが恥ずかしいほど全く何もないんでしょ?」
 そう言いながらコタツに座ると、真琴はいたずらっぽい目でクスッと俺を覗き込む。
 こいつはこういう可愛らしさで人をおちょくる傾向があるからますますムカつくのだ。
「……久々に会うおにーちゃんに話す一言目がそれかよお前」
「だってにいちゃん、彼女関係の匂いがするような色っぽい空気とか相変わらず一切出してないし。なんでこうもオーラが薄いかなあ~、にいちゃん顔だけは結構可愛いのに。肌も白くて綺麗だし、栗色サラサラ髪もくるっと茶色の目も……なんかフカフカわんこっていう感じで」
「うるさい。フカフカわんこって言われて喜ぶ男がいるか!」
 俺は腹立ち紛れにぐいっと起き上がると目の前の湯飲みを雑に呷る。

「……あ」
「何よ?」
「そうだ。思い出した。
 予定あったわ。ひとつ。
 会社の先輩に初詣誘われたんだった」

「え……先輩に初詣誘われた!?」
 真琴の目がいきなり興味深そうにキラキラと輝き出した。
「まじ!?
 予定ないどころか、それって思いっきり初詣デートじゃん~!!
 ねえ、先輩ってどんな人? もしかしてすっごい色っぽい美人とか? それとも可愛い系?」
 そんな妹の浮かれた言葉に、俺はふーっと大きなため息をつく。
「なんで女って決めてんだよ? 先輩男だから」
「はあ??……ちょっと。どんだけ妹と母親をがっかりさせれば気が済むのかなーにいちゃんは。早くそれ言ってよ!」
「お前が勝手に早合点したんだろーが。
 ……しかしな、驚くなよ。先輩、すっごい美形だぞ。
 うちの新製品の無加水調理鍋のパンフに出てた噂のイケメンモデル、お前知ってるか? あのひとだから」

「————」
 その衝撃が大きかったのか、真琴は今度こそぐっと言葉を失った。

「……嘘……
 マジ……?? しんじらんない……!!
 星川電機のあの話題のパンフの『鍋王子』が……にいちゃんと一緒に初詣!? 
 にいちゃん、あの人の後輩だったの!? あんな素敵な人、絶対プロのモデルだと思ってた」
「うん、普通は外注するんだけどな。あのパンフ作る時に、俺が先輩にモデルお願いして撮ったサンプル写真が社内で評判良くて、そのまま使うことになってさ。……本人はそういう露出めちゃくちゃ嫌がってたんだけどな。いつもクールに向かいのデスクで仕事してるよ」
「……へえー……にいちゃんらしくないナイスプレーじゃん……すっっっごいニュースよこれ!! あの鍋王子とこんな風に繋がれるなんて、もー友達に自慢しなきゃっ!!」
「にいちゃんらしくない……ね、はあ。
 五十嵐さん、二日の昼過ぎに車でうちまで迎えに来てくれるって言ってたから……うまくいけば生で見られるんじゃないか」
「うっっっそ……一目ナマで見られたらって思ってたのぉ~~! でも王子に会わせてほしいってにいちゃんに頼んでもどうせ無理だろうって諦めてたんだよねー。そっかー五十嵐さんっていうんだ~すごい似合ってる!! キュンキュンして死にそうっっ……ああ五十嵐様……

 …………って、その彼が、車でここまでにいちゃんを迎えに!!!???」

「うん」


「……あのさ……
 にいちゃん……実は彼女じゃなくて、彼氏ができたとか……
 そういうわけじゃないよね……??」
 そこで真琴は急に怪しげな目つきをして、そんな言葉を漏らす。

「は?? んなわけねーだろ!
 彼の家もここからそう遠くないらしいから、車出してくれるってことになったんだよ。全然フツーだろうが」
「……まーそうだよね。
 でも、あの五十嵐様がにいちゃんの彼氏だっていうなら思い切りウェルカムだけど……♡」
「おいお前なあっっ!!!」
「あはは、冗談だって。
 えーーーそれにしても王子に会えるとか、ほんと信じらんない!! きゃーん楽しみっ♪ 二日は何も予定入れないで待機してなきゃ!」
「当日あんま騒ぐなよなー。五十嵐さん、そうやって騒がれんの超イヤがるから」


 あ、そういや……
『嫁になれ』って言われたこともあったっけなー五十嵐さんに。
 俺が小宮山さんにゾッコンなこと知ってて、面白半分にそういうことをちょいちょい言うからあの人は。
 まあでもあんな冗談交じりの話、別に敢えて聞かせることでもないし。


 俺はみかんに手を伸ばしつつ、何となくそんなことを思った。


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