純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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願い事

 五十嵐さんが連れてきてくれた神社は、思ったよりも遠い他県にあった。
 高速に乗って1時間ほどひた走るうちに、周囲は次第に鄙びてのどかな風景に変わっていく。

 目的地に到着してドアの外に出ると、澄んだ冬の空気にきゅっと心身が引き締まった。
 その鋭いほどの冷気に、車内では暑かったダウンジャケットを思わず着込む。

「はあ……気持ちいいですね~」
 車内で何となくどぎまぎとした空気を振り払えなかった俺は、思わず大きく息を吸い込んだ。

「少し寒いけど、都会と違って空気が綺麗だよな」
 五十嵐さんもコートを羽織りつつそう呟くと、気持ち良さそうに深い青空を仰ぐ。

 明るい日差しの下で、彼のそんな穏やかな表情を見るのは初めてで……
 上質な黒のコートと品の良いワインカラーのマフラーが異常に似合うその端整な横顔に、俺は改めて変などぎまぎを復活させそうになった。
 だっだから今日はただ後輩思いのイケメン先輩と初詣来ただけじゃん!? さっきからなんかおかしいから俺!!
 焦れば焦るほど、心臓も呼吸も不規則に取っ散らかって手に負えない。

「ここは、戦いの神として名高い神社なんだ。うちは昔から、初詣とか大きな願をかけたい時なんかはここに来ることにしててな。
 気づいたら俺も、この引き締まるような空気が好きになってた。
 正月三が日はこんな風に人混みがすごいが、それもまあ正月らしくていいだろ。参道の両脇がずらっと土産物屋になってて、何となく眺めて歩くのも結構楽しいんだ」

 そう話す彼の笑顔が、どこか子供に戻ったような屈託のない雰囲気を漂わせていて……俺のおかしな心拍も、そこでやっと何とか静まったのだった。









 本殿前に並ぶ長い人の列をのんびり待ち、ようやく最前列に立った俺たちは、賽銭を投げて柏手を打ち、静かに手を合わせた。


 手を合わせてから、ふと考えた。
 ——今、一番祈りたいことって、何だろう?


 小宮山さんと兵藤が、ずっと穏やかに過ごせますように……?
 は~なんかクソみたいに嘘っぽい。神様に嘘つきと叱られそうだ。

 じゃ、二人の仲がぶっ壊れろ……??
 別に、それも望んでない。

 あ、そういやここは戦いの神様だって、五十嵐さん言ってたじゃんか。


 ならば——
 今度こそ、恋の戦に勝てますように……
 だろうか?

 うん、今の自分の気持ちに一番近いのは、これだ。
 せっかくだから、しっかり願っとこう。

 ブツブツとそんなことを思っていたら、何だかちょっと手を合わせる時間が長くなった気がする。
 慌てて横を見ると、五十嵐さんもちょうど祈り終えたようで、ふっと目が合った。


「……行くか」

 彼のそんな小さな呟きが何だか暖かくて、俺は素直に頷いた。


 人の流れから外れて境内の裏手へ向かう五十嵐さんについて行くと、巨木が両脇に並ぶ細い道がその奥へと続いていた。
「ここの奥に、小さな茶屋があるんだ。知ってる人はかなり少ないけどな。団子がめちゃめちゃ美味い。
 他にも昔懐かしい味のおでんやラーメンとか、この時期だと熱燗もつけてくれる。静かな畳の上でのんびり休憩できて最高に気持ちいいんだ」
 彼は、ここによく参拝する常連らしく、そんなことを言う。
 参拝客のほとんどは、境内の裏にそんな道があることも知らないらしく、もはや雑踏の音も届かない木漏れ日の落ちる道を、俺たちは澄んだ空気を吸い込みながら歩いた。



 奥に何組かいるだけの茶屋の静かな座敷には、神社を囲む森の新鮮な空気が満ちている。
 古い木枠に嵌った大きな窓から、冬の穏やかな日差しがいっぱいに差し込んでいた。


「結構冷えただろ? 少し熱燗でも飲むと一気に温まるぞ」

 昔懐かしいストーブが優しく空気を温めるテーブルに着き、自分のマフラーを取りつつ彼がそう言ってくれる。

「え……でも、五十嵐さんは運転あるし、飲めないですよね? 俺だけっていうのも……」

 なんとなく一人で飲んで上機嫌になるのも気が引けた俺に、彼はいつものさらりとした無表情で呟く。
「そんなの気にするな。
 少し気ままに酒でも飲んで、先輩に甘えろ」


「……え?」

「——君は、いつでもどこでもニコニコと行儀よく自分を隠しすぎだ。
 苦しさや苛立ちや、そんなものをぶつける場所を、君はちゃんと持ってるか?
 どこかに寄りかかる場所でもなければ、何を耐えるのも一人きりじゃないか」


「…………」


 彼の言う通りだった。

 ちょうど年末に差し掛かったりで慌ただしいこともあり、少し気持ちは紛れていたけれど。
 もし、あのままいつものアパートで過ごしていたら……
 恋を失った痛みや悲しさ、悔しさ……そんなものを一人で抱えたまま、俺はきっと、どんどん卑屈で情けない方向へ向かっていっただろう。


 ——今まで、こんな経験をしたことなど、なかったから。
 この気持ちを処理する方法が、よくわからないんだ。
 だんだんと自分に深く染み込んでくる、この痛みを……誰かにぶちまけ、受け止めてもらう。
 そうできたら、どんなに楽になるだろう。


 けれど……
 そんなふうに誰かに甘えても、いいのだろうか?


 そんな内心の揺らぎが外にダダ漏れだったらしく、五十嵐さんはふっと柔らかく表情を崩した。

「迷子の子犬みたいな目をするな。
 ——俺でよければ、思い切り寄りかかれ」



 ——なんだろう。
 この安心感。

 彼の優しい眼差しに、目の奥が思わず熱くこみ上げる。

 そんな恥ずかしいことまでばれないように、俺はその熱いものを思わずぐっと押さえ込んだ。


「……なら……お言葉に甘えて、ちょっとだけ飲んじゃってもいいですか?
 熱燗って、実は初めてです」
「それがいい。
 それにしても熱燗初体験って、本当に若いんだな君は」
「五十嵐さん、だからそういう言い方がおっさん臭いんですって」
「ははっ、いーんだよほっとけ。27にもなればもはや半分おっさんだろ?
 おばちゃん、とりあえずおでん2つと熱燗一本ね」
「はいよ」


 何気なく静かに流れる暖かな空気に、俺はすっぽりと包まれたような幸せを味わっていた。



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