純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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落ち着け!!

 そんな風にすっかり開き直ったつもりの俺だったが、結局は熟睡もできず、早朝にバチッと目が覚めてしまった。こういう腹を括りきれないとこがほんっと俺らしい。

 …………しかしだ。
 考えてもみろ。これまで女の子からだってちゃんと告白されたことなどないんだぞ? ましてや相手が同性で、超優秀で、キラキライケメンで……どんだけ特殊なケースだよこれ??
 とりあえず、どうしてもわたわたと挙動不審になる自分自身を、今回ばかりは許してやるべきかもしれない。


 精神統一のため、いつにも増して念入りに弁当のおかずを作り、ランチボックスにとことん美しく詰めてみる。
 うん、いい出来栄え。なかなかやるじゃん俺……! いいぞ、ちょっとだけ大丈夫な気がしてきた。
 そうだ、そうとも。元気があればなんでもできる!!

「おっしゃーーーっっ!! どっからでもかかってこいキラキラ王子!!!!」

 俺の心に思わぬ喝を入れてくれた弁当を大切にビジネスバッグへ収納し、俺はバシッと頬を叩いて気合を一つ入れると、勢いよく玄関のドアを開けた。







 早めに駅に着いたため、いつもより何本か早い電車に乗って会社へ到着した。初仕事のオフィスにはまだ人もまばらである。

 小宮山係長は既に出社していた。新年らしく爽やかに整理整頓されたデスクのパソコンに凛々しい表情で向き合っている。やっぱデキる女は違う。
 俺に気づくと彼女はスッと立ち上がり、相変わらず美しい笑顔で微笑んだ。

「篠田くん、あけましておめでとう。
 昨年は、本当に色々ありがとう。今年もよろしくね!」

「係長、あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします」

 微妙に居心地の悪い感覚を覚えつつも、俺は複雑な顔を見られたくなくて勢いよく頭を下げた。
 昨年のクリスマスに、この人に全力で告白し、すっぱりと振られたのだ。年明けにそんな爽やかスマイルができるほど俺は余裕のある男じゃない。
 でも……誰が悪いわけでもないのだし、こういうのはもう仕方ないとしか言いようがない。
 顔を上げた時には、それでも何とか新年らしい表情を作ることができた。

「昨年発売の無加水調理鍋、相変わらず売れ行きが順調に伸びてるわ。こういうヒット商品が出ると、会社の知名度も格段に上がるし、モチベーションもぐっと上がって来るわね!
 うちの部門が全力を傾けたパンフレットも相変わらず話題みたいね~、うふふ♪ これだけの鍋王子人気なんだから、今度は五十嵐くん起用してCM作っちゃうっていうのはどうかしら?」
 係長は、冗談とも本気ともつかぬそんなことを話しながらウキウキと楽しげだ。

「……そうですね、確かに。
 うちの妹も、鍋王子美しすぎる~~キャーー!!なんて実家で騒いでましたし」
「ねー、そうでしょ? このブームをこのまま終わらすのはもったいないわよね~」
「何か俺の話してます?」

 すぐ後ろから不意に響いた艶やかな声に、俺は思わずビャっと飛び上がった。

「……っ!!!!」
「あ、鍋王子。じゃなくて五十嵐くん。明けましておめでとうー! 今年もよろしくね♪
 ……って、篠田くんどうしたの? なんか今キュウリ見た時の猫みたいだったわよ、ビヨーンって飛び上がって」
「……いっ、いえなんでも……っっ!!」

 動揺を押し隠しつつチラリと向けた視線が、五十嵐さんの視線と繋がる。
 その途端、自分の顔がぶあっと熱くなるのを抑えられない。あーこれもうほんと不可抗力!! マジ死にたい!!!


「……篠田くん、おはよう」

 そんな俺を少し困ったように見つめ、ちょっとはにかむように微笑む彼の表情が……
 ぐあああ~~~っっちょっ待て、甘いっ!! なにこれクソ甘いっっ!!
 今までそんな顔したことねーじゃんかっ!!? それは卑怯だ! ずるい!! 反則だ!!!

「……おっっ、おはようございます……」
「ねえ五十嵐くん、もしかして去年仕事のことでなんか篠田くんに厳しい言い方とかしたの? ちょっと彼、怯えてない?」
「いえ、そんな覚えは全く」
 小宮山さんの言葉に、彼は瞬時でその柔らかな微笑をいつもの無表情モードに切り替え、ブレのないクールさで彼女に答える。

「んー、そう? ならいいんだけど。
 さ、じゃあみんな、今年も頑張りましょ!」
「本年もよろしくお願いします」


「…………」


 …………
 なんだ、今見たスイッチ切り替えは……?

 彼のその変わりっぷりを目の当たりにし、俺は更なる複雑な感情に襲われる。


 今の、まるで溶けそうな笑顔。
 ……つまり俺、今五十嵐さんにすげえ特別なもの見せてもらった……ってことだよな……??

 彼が俺だけに見せた、これまでとは全く違う……とんでもなく甘い何か。
 俺はこれから、そんなにも特別な何かを、彼からたっぷり与えられることになるんだろうか……??


 …………大丈夫か俺???



 俺は、そんな訳の分からない不安にぷるぷると震える自分を感じていた。









「篠田くん」
「ひゃっひゃいっっ!!?」

 始業後。
 俺は五十嵐さんに声をかけられるたび、反射的におかしなリアクションになりっぱなしだった。

「————
 この資料のデータ、不備がないかチェック頼めるか」
「……あっ、はい……」

 動揺を抑えつつ資料を受け取り、パソコン画面に目を移す。

「——因みに、篠田くん」
「ふっふぁいっっ!!?」


「——……
 そんなテンションで仕事ミスるなよ」

「は、はいっ……すみません」


「ああ、それから」
「なっっっなっなんでしょうっっ!!?」


 そんな俺に、彼はやれやれというように一つ軽いため息をつき、続けた。


「——今日仕事上がったら、君の都合が良ければ飲みに行かないか。
 ちょうど金曜だし。……去年作戦会議に使ってた、あの居酒屋だ」


「……は……
 はい……」

 モジモジと返事をすると、彼はちょっと困ったような小さな微笑を浮かべた。


「とにかく、仕事には集中しろ。
 個人的な動揺で周囲に迷惑はかけるなよ」


「……はい。
 すみません……」


 くうーー。いつもカッコいいじゃんか王子チクショー。
 そもそもこの動揺も、あなたのせいなんですけどね……??
 ってか朝俺の側にいたはずのアン○ニオ、そういえばどこ行ったんだよ……??

 ……ん……??
 今、仕事上がりに、飲みに誘われた……?
 ってことは……早速今夜デッ……デートなのか俺!?
 いや、いやいやいや。ほら恋人になったわけじゃねーんだし……
 あーーーー、じゃなくて仕事っっ! 今は仕事だ!!!!


 そんなしょうもないパニックが再び訪れる自分自身をビシバシとひっぱたきつつ、俺はぐっと目の前の画面に意識を向け直した。


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