純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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甘い温もり

「……なにやってんだ俺……」

 五十嵐さんと一緒にランチを食べた、その日の夜。
 俺は、アパートの部屋でコタツにむさ苦しく潜り、テーブルにごつごつと繰り返し額をぶつけながら自分の思考をぐりぐりとこねくり回していた。
 フローリングにはソファの方がスマートでお洒落だとはわかってるが、俺はコタツ派だ。寒いのを堪えてカッコつける気はない。
 ってかそれより遥かに大問題が、目下俺の中で発生中なのだ。

 なんであの時……五十嵐さんに言おうと決めていたことを、俺は言えなかったのか。


 あの後何度考えても、俺が言いかけた結論におかしな箇所など見つからない。

 俺が五十嵐さんを中途半端に引き留めるのは、誰にとってもメリットがない。
 ——これは正論のはずだ。


 なのに。
 どうして。


「……別にいーじゃん。
 そんな真面目に悩まなくても」

 考えるのをやめてしまいたくて、苦し紛れに開けた缶ビールに手を伸ばした。

 ……いや、ダメだ。
 出しかけたその手を引っ込め、逃げそうになる自分の思考をぐっと引き戻す。


 ……俺は——

 もしかしたら、俺は……
 彼に、自分の側から離れて欲しくない……
 のだろうか……?


「……ああもおーーーーーだからっっっ!!!!
 なんでそーなるっ!!??
 ってかマジで勘弁してくれ……!!」

 俺はビールを乱暴にぐいっと呷り、テーブルにひときわ強く額を打ち付ける。
 ごつっっ……という大きな振動が脳内に響いた。


 その衝撃で少しだけ切り替わった思考回路の中、必死に考える

 ……じ、じゃあ。
 百歩譲って、仮にそうだとして。
 なぜ俺は、彼に離れてほしくないんだ?


「……だって——」

 額の痛みと、勢いよく流し込んだビールが、変な風にブレンドされて俺の脳をグリグリとかき回す。


 ——だって。

 彼の隣は、ふかふかと暖かくて、とても居心地がいい。
 ——それは、やっぱり間違いないから。


 彼が作ってくれる、居心地のいい場所から、出たくない。

 あんな風に暖かな優しさを向けられたら——誰だって、そう思うだろ?

 せっかく手に入れたばかりのこの場所を、さっさと誰かに明け渡したりしたくない……そう思ったって、全然おかしくないだろう?


 うん……そうだ。

 つまり——
 例えば、このコタツのようなものだ。
 コタツから出たくない気持ちと、全く一緒だ。

 コタツのこの甘い温もりは、一度味わってしまうとなかなか出られない。
 けれど……だからと言って、コタツに対して愛や恋が芽生えたとか、そういうんじゃ全然ないわけで。


「…………
 うおおお~~~!!!!
 そうか!! そういうことか!!
 はああーーーよかった!! 一瞬マジで焦ったぜっっ!!!」

 そこに思い至った瞬間、俺は思わずそう叫んでどーんと背を後ろに倒した。
 奇妙な不安から解放された幸福感に、ごろごろと床を転げて歓喜する。

「だよなっ!!
 いくら何でも、赤ずきんとオオカミに何かが芽生えてたまるかよ……」

 ここまで来て、俺はやっと深い安堵の息を漏らしたのだった。


 ——その点がはっきりしたのはいい。
 けれど。


「……」

 不意に脳内に訪れた新たな思いに、俺は再びむくりと起き上がる。


 そういう暖かさにどっぷりと浸かっていたいこの気持ちは、激しく自己中な欲求だ。
 この状態を続行することは、周囲でどれだけ人が困っていてもコタツでごろ寝をやめないのと同じことだ。
 そうだろう?


 今度は——
 今度の機会には、今日言えなかったことを、彼にきちんと伝えるべきだ。


「……うん。そうだな。
 ——そうしなきゃ」

 俺は自分自身にそう呟くと、まだグズグズと騒ぎ出しそうな思考を振り払うように夕食の支度に立ち上がった。









 翌日、火曜の昼。
 俺は、住宅街の奥に建つ小さなカフェに来ていた。
 ここのマスターとその奥さんが心を込めて作る料理の味わいは、どのメニューもほっとするような温かみに溢れ、その魅力を知った人は再び訪れずにはいられない。知る人ぞ知る穴場カフェなのである。


 今朝はなんだか自分の弁当を作る気になれず、俺は時間ギリギリまでベッドでもぞもぞしていた。
 とは言っても、今日は昼時安易に外に出かけては、五十嵐さんと仲林さんのランチシーンに出くわしてしまうかもしれない。
 ここならば、二人に会う心配はほぼない。そう考えて選んだ場所だ。
 

 店内に入ると、ホワイトソースとチーズの焼ける香ばしい匂いがいっぱいに漂っている。
 そうだ。今日は火曜……日替わりランチはチキンとほうれん草のグラタン、だったっけ。
 ——ということは……
 今日は岸本営業部長が来店している日だ——彼のスケジュール的に不都合がない限り。


「篠田くん」

 ふとそんなことを思ったのと同時に、低く艶のある声に呼びかけられた。
 見ると、ガタイの良い身体に上質なスーツを纏ったロマンスグレーの男が窓際のテーブルで頬杖をつき、こちらへひらひらと小さく手を振っている。

「——お疲れ様です、岸本部長」
「ああ、お疲れ様、篠田くん。
 どうだ、よかったらここに座らないか? 一人じゃ料理が出てくるまで退屈だ。
 それに、だいぶ店も混んできてることだし」
「……よろしいですか?
 じゃあ、お言葉に甘えて」


 去年の我が社のヒット商品である無加水調理鍋の消費者向けパンフレットを広報部で作成するにあたり、岸本営業部長には大変お世話になった。
 うちと営業部の係長が共同で原案を練るパンフ作成の初期段階で、以前恋仲だった小宮山係長に対して営業1課係長の兵藤が復縁目当てでセクハラまがいの圧力をかけ、原案作成業務は一時大きく滞った。
 その際に、俺は決死の覚悟で岸本部長へ直談判を行い、このカフェで原案の中身を彼にチェックしてもらったのだ。
 そうやって水面下で営業部長のOKをもらったことにより、兵藤の小宮山さんへの圧力は結局無効化され——彼女の窮地を救いつつ、パンフ原案はめでたく次の段階へと進むことができたのだった。

 まさか、小宮山さんがその兵藤の元へもう一度戻っちまうなんて……はーー、女心ってマジで理解不能だ。まあ今幸せそうだからいーんだけどさっ。


「……篠田くん。
 ちょっと元気がないんじゃないか?」

 そんなことを考えていた俺は、部長の言葉にふっと引き戻された。

「……はい?」
「いや。
 何というか、君の以前の裸電球的な明るさみたいなものが、少し翳ったというか……そんな気がするんだが」
「裸電球……」
「はは、失礼だったらごめんな。
 うーん……
 表情が大人になった……と言ったほうがよかったかな」

「……」

 何となく答えに戸惑っている俺を見て、彼はクスッと微笑んで小さく囁く。

「——恋の悩み、かな?」


「…………
 もし、俺が以前とどこか違って見えるとしたら……そうなのかもしれません」

 俺は浅く微笑みを返す。
 無意識に、軽いため息が漏れた。


「私でよかったら、何でも聞くぞ」

 その言葉に、俺は驚いて部長の顔を見た。

「君は、小宮山くんを救ったスーパーヒーローだからな。私にとっても、君は可愛い部下だ。
 それに、君より少しは恋愛経験も積んでいる」

 そんなことを呟くと、彼はちょっと悪戯っぽい目で俺にニッと微笑む。
 いやー、少しどころじゃないでしょ……未だにこれだけかっこよくて、色気も茶目っ気もあって。絶対経験豊富だ、この人は。


「まあ、無理に聞くつもりは毛頭ないがな。
 ——ああ、ありがとう」

 運ばれてきたグラタンをスタッフから受け取り、彼はその大好物に目を輝かせつつフォークを取る。

「じゃ、先に悪いが、いただきます」
「ええ、どうぞ」
「んーー。いつ食べても最高に美味いな、ここのグラタンは」


 満足げに料理を味わうその表情を見ていて……俺はふと、彼のアドバイスを聞いてみたくなった。
 豊かな人間性と経験を持ったこの人は、どんな言葉を聞かせてくれるだろう?



「…………俺の話、してもいいですか?」
「いいとも」


「——最近、ある人に想いを告げられたんです。

 その人のことを、俺も人として好きだし、慕っていて……
 でも……恋という形で気持ちを返すことは、多分できなくて……

 なのに——
 その人に深く想われていることを幸せだと思ってしまう自分がいて……
 そういう自分自身に、少し戸惑っている、というか……」



「……なるほどな」

 俺の話を聞いていた彼は、静かにフォークを置いて俺を見る。


「——君は、お見合い結婚というのを、知ってるか」

「え?……ええ」

「親や知り合い経由で紹介された異性と、まずは恋愛やそういう感情なしで会い、特に不都合がなければ結婚……というスタイルの、あれだ。
 結構強引なやり方という気もするが……昔はあの方法で結ばれる男女がたくさんいた。まあ、ある意味普通のやり方だったんだよな。
 ——つまり、そうやって結ばれて、その後長い年月を仲睦まじく幸せに暮らす夫婦がたくさんいた、ということだ。

 ……このことについて、どう思う?」


「……」

 彼の意図するところが見えず、俺は曖昧に首を傾げる。
 そんな俺に、彼は穏やかな眼差しで言葉を続けた。

「私は、思うんだ。
 始まりは、必ずしも恋や愛じゃなくてもいい、と。

 長く人を愛するために、最も必要なことって、なんだろうな。
 人生を歩む時間って、長いんだ。
 誰かと一緒に人生を歩きたい、と思うなら——スタート地点の愛や恋の内容にこだわるよりも、きっともっと大切なことがある。

 その相手が、どんな風に自分へ愛情を向けてくれる人なのか。
 それは、自分にとって居心地がいいか。
 そして、自分はその人へ、受け取ったのと同じ分量の愛を返せるか。

 たとえ最初の段階で恋愛になっていなくても……受け取った想いに誠実に応えようとする気持ちがその相手を幸せにするならば、それは『愛』だ。
 ——違うか?」


「——……」


 彼は、俺の話しているその相手が同性だとは、もちろん想定していないだろう。
 その部分は、何となく打ち明けにくく……言わば最重要な情報が欠けている状態だ。

 けれど——
 今聞いた言葉には、性別に関わらず、人を愛することについての大切なポイントがぎっしりと詰まっている気がする。
 彼のアドバイスを、俺は一言も漏らさぬようにぎゅっと脳内へしまい込んだ。


 そんな必死な表情を見てとったのだろうか。
 彼はふっと気持ちを緩めたように、柔らかく俺に微笑む。

「まあ、そんなに悩まず、まずは付き合ってみたらどうだ? その人と。
 恋なんて、結局したもん勝ちだぞ。
 君も、その人のことを嫌いじゃないんだろ? とにかく踏み出してみなきゃわからんだろ」

 さらりと部長の口から出たその言葉に、俺は思わずがっと顔を上げ、彼の目をぐっと見据えた。


「————っ……
 つ、付き合う……って……
 つまり、その……
 こ、恋人同士になってみる、という意味ですか……??」


 俺の取り乱しっぷりに、彼は一瞬驚いたように目を見張る。
 そして、いかにも楽しそうな笑顔になった。


「はははっ……!!
 君みたいに初々しくて可愛い子は、初めてだ。
 篠田くん。今度、サシで飲みにでも行かないか。そんな顔をされては、何だか私が色々教えてやらなくちゃと思うじゃないか」


「——……
 え、えっと……は、はい……喜んで……」


 とっちらかった思考をまとめきれないまま、俺はとりあえず彼の好意を受け止めるべく極力かわいく微笑んだ。


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