純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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本心

 本当は、観覧車の後もう少しのんびり過ごして一緒に何処かで夕食、なんて佐々木さんと話していたのだが、真琴のそんな電話のおかげでスケジュールはやむなく変更となった。

「へえ、それってすごいね! お兄さんの部屋へ遊びに来る妹なんて、そうそういないよ! 篠田くん、妹ちゃんにも愛されてるんだねー」
 観覧車を降りて一緒に歩きながら、佐々木さんは楽しそうにそんなことを言う。

「いや……遊びに来るっていうか……なんか話があるみたいで」
「あはは、ますます珍しい! そんな突っ込んだ話、お年頃になればなるほどお兄ちゃんに話すなんてウザい!ってなるものだよ、女の子って。
 ……もしかしたら、すごく大事な話があるのかもしれないね」
「とりあえず、何の話なのか、俺的には心当たりがなくて……ただ、さっきの妹の声とか雰囲気はなんだか穏やかじゃないというか」
「そっかー。ちょっと気になるね。
 ……じゃ、残念だけど、今日は私ここで帰るね~」
「急に予定変わっちゃって済みません、佐々木さん」

「『済みません』——じゃなくって」
 ちょっと悪戯っぽく、彼女に瞳を覗き込まれた。

「——ごめん」

 その眼差しを躊躇いつつ見つめ返し、小さくそう言い直す。

「うん。…… 篠田くんっていい声だから、そんなふうに囁かれるとめちゃめちゃきゅうんとする~!!」

 そんな風に、その日は佐々木さんと別れたのだった。



 そして、その夜7時半少し過ぎ。
 約束通り、真琴が俺の部屋を訪れた。

「お邪魔しまー……って、あーすごくいい匂い! お腹すいてきた……」
「ん、今カレー作ってた。
 どうせ自分の夕飯作んなきゃだし、お前何か食べて来るのかもよくわかんなかったから、このメニューならどっちでもなんとかなるかな、と。あとテキトーにサラダくらいしかないけど。
 あ、そこにあるハンガー使っていいから」
「にいちゃんのカレーってなんの変哲もないのに何気に美味しいから不思議なんだよね。ふふふ、楽しみ~♪
 ……なんていう平和な話は置いといて」

 真琴はコートを脱いでハンガーにかけると、手にしていたレジ袋から350mlのビール6缶パックとつまみの焼き鳥をテーブルに並べながら、ジロリと俺を見た。

「いろいろ、にいちゃんに聞きたいことがあるの。——まあ座って」

「……」


 俺は、まるで上司に呼び出されて何を叱責されるのかわからない下っ端部下の気持ちで、妹の向かい側のコタツにモゴモゴと座った。









「——にいちゃん、彼女できたんだって?」

 開けたビールを一口呷るなりそう切り出してきた真琴の言葉に、俺は一瞬青ざめて後ずさった。


「……なっ、なんで、それを……」

「ほんっっっとに何にも覚えてないんだね、先週金曜の夜に私と電話で話したこと。
 にいちゃん、それ自分で言ったんだからね。『今彼女ができたばっかりだ』って、大声で」

 俺の狼狽えた返事に、真琴はますます険しい目つきをして俺を見る。


「……まじか……
 まっっったく覚えてねえ……ってか、お前その日電話してきたの何時頃だよ!?」
「えーと……確か、深夜12時ちょっと前くらい……だったかな。にいちゃんいつも週末の夜は大抵とんでもなく夜更かししてたから、まだ絶対起きてるだろうと思って。
 電話した時、にいちゃん思いっきり酔っ払ってた」


「…………」

 その日の、その時間は……
 ひとしきり飲んでいたにも関わらずすごい勢いでビールを呷り、怒りに任せてその缶をぐしゃっと握りつぶした、おそらくちょうどその頃だ。

 何に腹を立てていたのか。
 なぜか、そこを掘り返すのが怖くて……無理やり記憶から押し出していた、あの時間だ。

 聞きたくはないけれど……
 真琴は、その時の俺の言動について、こうして今日話をしに来たんだろう。

 俺は、伏せていた視線を鈍く持ち上げる。

「……俺、ほかに何か、お前に言ったか……?」

「——『今俺は、めちゃくちゃ機嫌が悪い』って、怒鳴ってた」


「……」

 ……あの時。
 そんな風に、俺は腹を立てていたのか。

 佐々木さんの告白に応えて——「幸せだ」と。
 俺は、妹にそう言えなかったのか。
 それどころか、そんなにも不機嫌に取り乱して。

「……ねえ。
 彼女できたばっかりの男が、普通めちゃくちゃ不機嫌だったりする?
 どう考えてもおかしいよ、それ。

 ——にいちゃん、その人のこと、本当に好きで付き合ってるの?」


「————」


 恐れていた問いが。
 真琴の問いかけが、深く鋭く胸に突き刺さる。

 ——彼女の告白など、本当は断りたかったんだろ、お前は。
 俺の中のどろりと黒い俺が、不意に胸の奥で囁く。

 ……黙れ。
 引っ込んでろ俺。

 やっぱり、思い出したくなかった。
 こんなこと。


「——好きだよ。彼女のこと」

「へえ。
 じゃ、五十嵐さんとはどうなったの?」


「……
 彼とは——」


 真琴の短い質問に、力なく3秒ほど項垂うなだれてから——俺はガバッと顔を上げた。

「————って、おいっっ!!?
 俺、お前に何か五十嵐さんとのこと話したか!?」

 真琴は思い切りニヤニヤしつつぐっと俺に顔を近づけると、心から楽しげに囁く。
「ふ~~ん。やっぱり、五十嵐さんと何かあったんだー。
 あの初詣の夜、にいちゃんの妙に色っぽい様子見て、びびっと確信に近いものを感じちゃったんだよね~。 あの時は『お酒のせいだ!』って誤魔化そうとするにいちゃんに付き合ってあげたけどさ。
 だって普通、ただの後輩をあんなキラッキラな高級車でわざわざ迎えにとか絶対来ないし。 あの時の五十嵐さんの雰囲気、どう見ても姫をお迎えに来た王子だったもんね~~。
 ねえねえ、あの日、五十嵐さんと何があったの~~??」


 ……ああ。
 ここまできたら、下手に隠したりしてもこのカンのいい妹に余計突っ込まれるだけだ。


「…………告られた」

「…………
 きゃーーーーーーーーっっ!!!! マジ~~~~~~!!!?
 よりによってこの平凡だけが取り柄なうちのにいちゃんがあのキラキラ王子に告られるとか、奇跡じゃないの!? 信じらんなーーーーーいっっっ!!!」


「……」

 ぐあああ……!!!
 妹にさらっとカマかけられて、思い切り引っかかった……
 ああ~しかもそういう変に甘酸っぱい記憶とか突っつかれるのマジ勘弁……!!!

 あまりの恥ずかしさに、俺はとんでもなく熱くなる自分の顔を両手で覆う以外にない。
 息も絶え絶えに、指の間から力なく呟いた。

「……お前……今日は俺をからかいに来たのか……?」

「——違うよ。
 にいちゃんが、馬鹿みたいに自分の本心を偽ってるみたいだから、それを暴きに来たの」

 顔を覆ったままの俺の耳に、やけに改まった妹の声が届く。

「……つまり……五十嵐さんとそういうことがあっても、にいちゃんは結局自分の気持ちをはっきりできないまま、今の彼女を選んだ……ってことだよね?」


「——……」

「——ねえ、まだ気づかない?
 今にいちゃんが私に見せてるそのリアクションが、好きな人に対して自然に出る反応だと思うよ」

「——……
 え……?」

「だから。
 告白に応えた直後にブチ切れるにいちゃんと、こうやってちょっとつついただけで真っ赤になっちゃうにいちゃん。
 その反応見てれば、自ずと明らかだと思うんだけど。

 ——にいちゃんが、本当に好きな人って、誰よ?」


「————」


 覆っていた手が、思わず顔から離れていく。

 妹の言葉を、脳が勝手に反芻する。

 
 ……自分の反応を見比べれば……


 ——明らかだ。

 そうだ。
 これに気づけば、全ての問題が解消する。


 俺が、本当に好きなのは——


「…………えっ……

 だっ……だだだだだって!!!!
 それって……絶対おかしいだろ!!?
 どう考えてもそれは有り得ないんじゃないのか!!??」

「おかしくなんかないよ、全然」

 俺の半端ない狼狽ぶりに、真琴はさらりとそう即答する。

「でも……そうだよね。
 自分自身では、きっとそんなの納得できないし、簡単には受け入れられないよね。……私も、もしも同性の友達にそういう気持ちを抱いたとしたら、絶対自分の感情を否定しちゃうと思う。

 けど、こうやって客観的な場所からにいちゃんを見てると、おかしいくらいはっきりしてるんだよ。
 だから……とりあえず、その気持ちは認めた方がいいんじゃない?
 きっとその方が、にいちゃん自身も楽になる。——もう自分自身の気持ちを必死に殺さなくて済むんだから」

「……」

「好きな人のことを、好きだと思う。
 それって、すごく自然なことでしょ?」

 そんなことをさらっと言うと、真琴は綺麗に微笑んだ。

「……気持ちを、認める……」

「そう」

 ——自分のこの気持ちを、認めてしまえば……

 俺は、彼のことが好きだ——と。
 今すぐ、そう認めるならば。

 俺は、彼の隣へ帰ることができるんだろうか?

 ——いや。
 無理だ。

 佐々木さんは、どうするんだ?

 それに——
 彼にはもう既に、動かし難い事情ができてしまったじゃないか。

「——ねえ。
 にいちゃんは、そういう自分の本心をこれからずっと無視して……このまま、想っていない人と無理やり恋人関係やってくの?
 それで、にいちゃんは幸せになれるの?
 五十嵐さんのにいちゃんへの想いは、受け止めてあげないの?
 そんな風で、本当にその彼女を幸せにしてやれる?

 言っとくけど、私は、にいちゃんの『本心』の方を応援するから。
 どうしたら本当の幸せが手に入るのか——にいちゃん、もっとしっかり自分と向き合って考えたほうがいいんじゃない?」

「…………」


 ——どうしよう。

 もう、いっそ全てを妹に吐き出してしまおうか。

 彼の隣に戻りたくてたまらない、この気持ちを。
 難しい状況に取り巻かれていることを理解していても、やはり彼の隣にいたいと……どうしようもなくそう騒ぐ、自分の中のこの気持ちを。


「——よし!!
 とりあえず、この話は今日はここまでにしよう。なんかにいちゃんも思いっきり顔固まってきちゃってるし、私も空腹でもう限界だし~。
 もし相談とかあったら、恋の上級者がまたいつでも聞いてあげるからさっ♪
 ねーそろそろカレー食べよーっっ♡ これ以上待ちきれない~~!」

 ぐらぐらと激しく揺れる俺の思いをよそに、真琴はそこですっぱりと空気を切り替えて、あっという間にいつもの屈託ない笑顔に戻ってしまった。
 打って変わってまるで小学生のように、明るくカレーをせがむ。

 俺は結局、妹に吐き出しかけた胸のモヤモヤを中途半端に引っ込めたまま、カレーを温めるためにのそりと立ち上がった。

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