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認める
真琴と話した翌日、日曜の昼近く。
差し込む日差しにやっと目覚めた俺は重い体を起こし、のろのろと部屋のカーテンを開けた。
真琴は、昨夜カレーを食べつつあれこれと喋り、笑い、いかにも女子らしい賑やかな空気をひとしきり発散して帰っていった。
そんな明るい雰囲気に呑まれ、俺は結局胸につかえたモヤつきを吐き出すことはできなかった。
真琴が帰った後も、俺は全く自分自身の気持ちを整理することができず……缶ビールを立て続けに3本、まるでロボットのようにひとり呷り続けた。このどろりとした身体の重さは、そのせいだろう。
妹が側にいてくれたことがこんなにも嬉しく、心強かったことなんて、もちろん初めてで……元通りしんと静まり返ってしまった今の部屋の空気が、どうにもやりきれない。
窓を少し開け、ひんやりとした外気に重たい頭を晒しながら、俺はなんとも心許ない自分自身の心を恐々と見つめ直していた。
自分の五十嵐さんへの気持ちを——俺はもう、認めざるを得ない。
今回、こんな風に妹が俺の心の動きに気づき、客観的に俺を観察した上で包み隠さぬ意見を聞かせてくれなければ、俺はそのままずっと自分の本心を曖昧にごまかし続けたはずだ。
——気づいてしまった。
とうとう。
俺は、彼に惹かれているのだと。
「——……
だって、仕方ないだろ……
そうなんだから……」
ぎゅうっと締め付けられるような感覚の生まれる胸に拳を強く押し付け、ため息混じりに小さく呟く。
……もう誤魔化すな。
この胸の苦しさも、この吐息も。
抑え難いこういうものの一つ一つが、自分のその想いを裏付けてるんだと……素直に認める以外にない。
…………
ということは。
俺と彼の想いは、今、やっと向き合った……
そういうことか?
「……両想い……
俺と、五十嵐さんが……」
自分の口からそんな言葉がぽろりと零れた瞬間、思わず顔がぶあぁっととんでもなく熱くなる。
「うあああ……なに呟いちゃってんだよ俺……
ちょっとまだ客観的にその図をイメージできる心理的余裕は一切持てません頼む勘弁して……っっっ!!!!!」
パニック気味にそう叫びつつますます火照る顔をがっと両手で覆い、ベッドに倒れ込むとジタバタと激しく悶え狂う。
この際挙動不審だろうが何だろうがそんなことを気にしている場合じゃない。
——だからと言って、すぐに彼の隣に駆け戻れる状況は、最早どこにもない。
わかってるだろう?
「……」
頭上から冷ややかに降ってきたようなその言葉に一気に脳が静まり、俺は再びむくりと身を起こした。
俺が、もう少し早く自分の気持ちに気づいていれば——状況は、何か変わっていたのだろうか?
……いや。
そうは思えない。
例え俺がどう動こうと、彼女……仲林美優さんは、五十嵐さんへの強い想いを諦めなかっただろうし——遅かれ早かれ、父親経由で再度五十嵐さんへの接近を望んだだろう。
特別な立場の人間からそういう圧力を持った行動を仕掛けられては、五十嵐さんもそれを拒否することは難しいはずだ。
ましてや、なんの力もない俺などが太刀打ちできるはずもなく……。
つまり……
この気持ちに気づいても、俺にできることは何もない。
そういうことなんじゃないのか?
——そして、俺にももう、佐々木さんという人がいる。
いつも明るい笑顔で、俺を待ってる人が。
自分が築きかけた恋を放り出し、彼が今向き合っているその恋もぶち壊して、自分の本心を叶えることなど——俺に、できるのか?
そんなこと、絶対に無理だ。
心の奥で、重い声が響く。
その一方で——もう一つの微かな声を、どうしてもかき消すことができない。
——お互いの気持ちが向き合っていると知りながら、お前はそれを簡単に諦めるのか?
こんなにも欲している幸せに、お前は手を伸ばす努力すらしないのか?
いくら考えても、俺はその声のどちらにも頷くことができなかった。
*
そうやってひたすら自分自身の声と向き合いながら一日を終えた翌日、月曜日。
「おはよう、篠田くん」
出勤途中も自分の心に気を取られ、周囲の事には完全に上の空で自分のデスクまで来た俺は、向かいのデスクからかけられたいつも通りの声に反射的にすっ飛び上がった。
飛び上がるつもりなど、もちろんなかった。
ただ——いきなり心臓に思ってもみない衝撃を受け、まるで巨大な空気砲でも浴びたかのような強烈な振動にぐわぐわと意識を揺さぶられた。
「——……」
俺は、思い切り狼狽した顔を誤魔化すこともできないまま、その声の主を恐る恐る見つめる。
「——どうした?」
そんな俺の様子に少し驚いたように、五十嵐さんは俺を覗き込んだ。
「……お、おはようございます……
済みません、なんでもありません……」
なんでもないわけがなかった。
この人に想われているという感覚には、何とか慣れたつもりだったが——
ここにきて、自分の想いもこの人へ向いているのだと……はっきりと、そう自覚してしまったのだ。
これまで抑え込んだものが、解放されたがって俺の中で暴れる。
この人の優しい眼差しに、今すぐ応えてしまいたい。
そういう感情が、一気に溢れそうになる。
——それはだめだ。
自分が本心をさらけ出した瞬間、今築かれつつある全ての物が音を立てて崩れていく気がして——
その恐怖感が、同時に俺の脳をギリギリと締め上げる。
「——なあ、篠田くん。
君の都合が良ければ、久々に飲みにでもいくか。
明日か、明後日はどうだ?……週末は君のデートの邪魔になるだろうからな」
がっちりと表情を硬直させたままの俺の様子が心配になったのか、五十嵐さんは軽く微笑んでさらりとそう呟いた。
「……」
「——ああ、やっぱりまずいかな、こういう行動は。
君にも、最早大切にすべきものがあるんだしな」
「いいえ。
俺も、五十嵐さんと話したいと思っていました。……とても。
——明日、大丈夫です」
自分でも驚くほどはっきりと、俺はそう答えていた。
「……そうか。
なら、久しぶりに例の作戦会議場にでも行くか。
——まあ平日だし、軽くな」
どこか複雑な色の漂った眼差しをすいと切り替え、彼は以前と変わらぬ穏やかな声で微笑んだ。
差し込む日差しにやっと目覚めた俺は重い体を起こし、のろのろと部屋のカーテンを開けた。
真琴は、昨夜カレーを食べつつあれこれと喋り、笑い、いかにも女子らしい賑やかな空気をひとしきり発散して帰っていった。
そんな明るい雰囲気に呑まれ、俺は結局胸につかえたモヤつきを吐き出すことはできなかった。
真琴が帰った後も、俺は全く自分自身の気持ちを整理することができず……缶ビールを立て続けに3本、まるでロボットのようにひとり呷り続けた。このどろりとした身体の重さは、そのせいだろう。
妹が側にいてくれたことがこんなにも嬉しく、心強かったことなんて、もちろん初めてで……元通りしんと静まり返ってしまった今の部屋の空気が、どうにもやりきれない。
窓を少し開け、ひんやりとした外気に重たい頭を晒しながら、俺はなんとも心許ない自分自身の心を恐々と見つめ直していた。
自分の五十嵐さんへの気持ちを——俺はもう、認めざるを得ない。
今回、こんな風に妹が俺の心の動きに気づき、客観的に俺を観察した上で包み隠さぬ意見を聞かせてくれなければ、俺はそのままずっと自分の本心を曖昧にごまかし続けたはずだ。
——気づいてしまった。
とうとう。
俺は、彼に惹かれているのだと。
「——……
だって、仕方ないだろ……
そうなんだから……」
ぎゅうっと締め付けられるような感覚の生まれる胸に拳を強く押し付け、ため息混じりに小さく呟く。
……もう誤魔化すな。
この胸の苦しさも、この吐息も。
抑え難いこういうものの一つ一つが、自分のその想いを裏付けてるんだと……素直に認める以外にない。
…………
ということは。
俺と彼の想いは、今、やっと向き合った……
そういうことか?
「……両想い……
俺と、五十嵐さんが……」
自分の口からそんな言葉がぽろりと零れた瞬間、思わず顔がぶあぁっととんでもなく熱くなる。
「うあああ……なに呟いちゃってんだよ俺……
ちょっとまだ客観的にその図をイメージできる心理的余裕は一切持てません頼む勘弁して……っっっ!!!!!」
パニック気味にそう叫びつつますます火照る顔をがっと両手で覆い、ベッドに倒れ込むとジタバタと激しく悶え狂う。
この際挙動不審だろうが何だろうがそんなことを気にしている場合じゃない。
——だからと言って、すぐに彼の隣に駆け戻れる状況は、最早どこにもない。
わかってるだろう?
「……」
頭上から冷ややかに降ってきたようなその言葉に一気に脳が静まり、俺は再びむくりと身を起こした。
俺が、もう少し早く自分の気持ちに気づいていれば——状況は、何か変わっていたのだろうか?
……いや。
そうは思えない。
例え俺がどう動こうと、彼女……仲林美優さんは、五十嵐さんへの強い想いを諦めなかっただろうし——遅かれ早かれ、父親経由で再度五十嵐さんへの接近を望んだだろう。
特別な立場の人間からそういう圧力を持った行動を仕掛けられては、五十嵐さんもそれを拒否することは難しいはずだ。
ましてや、なんの力もない俺などが太刀打ちできるはずもなく……。
つまり……
この気持ちに気づいても、俺にできることは何もない。
そういうことなんじゃないのか?
——そして、俺にももう、佐々木さんという人がいる。
いつも明るい笑顔で、俺を待ってる人が。
自分が築きかけた恋を放り出し、彼が今向き合っているその恋もぶち壊して、自分の本心を叶えることなど——俺に、できるのか?
そんなこと、絶対に無理だ。
心の奥で、重い声が響く。
その一方で——もう一つの微かな声を、どうしてもかき消すことができない。
——お互いの気持ちが向き合っていると知りながら、お前はそれを簡単に諦めるのか?
こんなにも欲している幸せに、お前は手を伸ばす努力すらしないのか?
いくら考えても、俺はその声のどちらにも頷くことができなかった。
*
そうやってひたすら自分自身の声と向き合いながら一日を終えた翌日、月曜日。
「おはよう、篠田くん」
出勤途中も自分の心に気を取られ、周囲の事には完全に上の空で自分のデスクまで来た俺は、向かいのデスクからかけられたいつも通りの声に反射的にすっ飛び上がった。
飛び上がるつもりなど、もちろんなかった。
ただ——いきなり心臓に思ってもみない衝撃を受け、まるで巨大な空気砲でも浴びたかのような強烈な振動にぐわぐわと意識を揺さぶられた。
「——……」
俺は、思い切り狼狽した顔を誤魔化すこともできないまま、その声の主を恐る恐る見つめる。
「——どうした?」
そんな俺の様子に少し驚いたように、五十嵐さんは俺を覗き込んだ。
「……お、おはようございます……
済みません、なんでもありません……」
なんでもないわけがなかった。
この人に想われているという感覚には、何とか慣れたつもりだったが——
ここにきて、自分の想いもこの人へ向いているのだと……はっきりと、そう自覚してしまったのだ。
これまで抑え込んだものが、解放されたがって俺の中で暴れる。
この人の優しい眼差しに、今すぐ応えてしまいたい。
そういう感情が、一気に溢れそうになる。
——それはだめだ。
自分が本心をさらけ出した瞬間、今築かれつつある全ての物が音を立てて崩れていく気がして——
その恐怖感が、同時に俺の脳をギリギリと締め上げる。
「——なあ、篠田くん。
君の都合が良ければ、久々に飲みにでもいくか。
明日か、明後日はどうだ?……週末は君のデートの邪魔になるだろうからな」
がっちりと表情を硬直させたままの俺の様子が心配になったのか、五十嵐さんは軽く微笑んでさらりとそう呟いた。
「……」
「——ああ、やっぱりまずいかな、こういう行動は。
君にも、最早大切にすべきものがあるんだしな」
「いいえ。
俺も、五十嵐さんと話したいと思っていました。……とても。
——明日、大丈夫です」
自分でも驚くほどはっきりと、俺はそう答えていた。
「……そうか。
なら、久しぶりに例の作戦会議場にでも行くか。
——まあ平日だし、軽くな」
どこか複雑な色の漂った眼差しをすいと切り替え、彼は以前と変わらぬ穏やかな声で微笑んだ。
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