純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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宣言

 中ジョッキを一気に3杯ほど流し込み、その直後やけくそに夜道を疾走する。
 ——想いを告げようとした男に、告げる前にすっぱりと振られて。

 なんだこりゃ。
 自分の馬鹿さ加減に、泣けてきそうだ。

 この堪らない何かをとにかく振り切りたいのに、身体が悲鳴をあげる。
 てめえ酒弱いくせにガブガブ飲んで全力疾走とかすんじゃねー!! 余計酒が回るだろこら!! 倒れるぞ!!?


「————……っ……」

 脚が縺れてぐらりとよろめき、暗がりの電柱に思わず手をついた。
 駅まではもう少しあるというのに、視界と胃の中がぐるぐると大暴れしている。
 とりあえずそのまま俯いて、荒い呼吸を必死に落ち着けた。
 流石に道端での粗相は阻止したい。


「——篠田くん」

 俺同様に息を乱した低く響く声が、不意に背後から聞こえた。

「——……」

「……大丈夫か?
 もう酒が結構入ってたようだし、走れば追いつけるかもしれないと思って」


「別に大丈夫ですから——
 なんですか」 

 俺は背を向けたまま、まだ落ち着かない息の下からそれだけ返す。

「忘れ物だ。
 スマホ、店のテーブルに置いたままだった」


「——……」

 むしろゴミ箱にでも捨てといて欲しい。
 そんな気持ちでぐるっと振り向くと、五十嵐さんの差し出すスマホに乱暴に手を伸ばす。

 その手首を、ぐいっと強い力で掴まれた。

「——……っ!……」

「——俺が、君への想いをそんなにもあっさりと洗い流したと……本当にそう思ってるのか?」

 腕を掴む指の強さと、怒りにも近い眼差し。
 いつにない激しさを漂わすその空気に自分自身の憤りを削がれながらも、俺は彼を強く見つめ返した。

「……そう言ったじゃないですか。はっきりと。
 自分の気持ちはもうとっくに整理がついた、みたいに」


「——そんなこと、できるはずがない」

 彼は険しい瞳をふっと緩め、小さく呟く。

「——さっき君が俺に言った言葉の意味を、考えた。
 そして……君は今も、こうして俺に酷く腹を立ててる。
 俺が、君への想いを必死に忘れようとしている、そのことに。

 つまり——
 今……君も、俺の方を向いてくれている……
 俺が君へ向けているのと、同じ想いで。

 そう思っていいのか?」


「…………」

 その通りなのに。
 なぜか素直に頷くことができない。

「————……
 話の流れでうっかりそういう言葉が出ちゃっただけです。忘れてください。
 もういいんです、本当に。バカみたいに感情的になって、済みませんでした」

 わけのわからない感情に、勝手に涙が出る。
 ここにきて優しい言葉を言われても、ぐちゃぐちゃに乱れた心をどうにも整理できない。
 男に告白なんて、やっぱり違った——変に冷えかけた頭は、この状況にどう反応していいかわからない。
 さっき走りながら脳内で整理をつけた言葉が、ただ流れ出してくる。

「よく考えればあなたにとっても願ってもない話なんですよね、一流商社のお嬢様との縁談なんて。むしろ俺の方こそ思い切り自己中だったんです。うっかり暴走して危うくあなたの幸せをぶち壊しにかかるところでした……」
「——俺の話を聞け!!」

 掴まれた手首を強引に引かれた。
 その勢いで、道沿いの塀に背が強く当たる。
 そのまま両肩を塀へ押さえつけられ、逃げ場もなく立ち塞がられた。


「——俺がもし、仲林さんとの話を綺麗に断るとしたら——
 俺の嫁になるか」


「………………」

 初めて見る、彼の真剣な表情。
 有無を言わさぬ強い声と瞳から、逃れることができない。


「そうしたら——ずっと、俺の隣にいてくれるか」


「————……」


 いくらその首根っこを取り押さえようとしても、ヘタレな俺の本心はつるつると手元を逃げ出していく。
 ——彼が仲林さんと結ばれるラッキーチャンスを、本気で踏み潰す気かオマエは?
 そんな捨て台詞を残し、ヤツはふいっと消え去った。


「…………
 ……やめてくださいマジで……そういう大事な話を、俺のせいで切り捨てるとか……
 俺はあなたの嫁になんか、絶っっっ対になりませんから」

 俺は全力で彼の手を振り払い、情けなく掠れた声で必死にそう宣言する。
 くるりと背を向けると、後は駅へ向かって突っ走るだけだった。

 ——困ったような表情で俺を見送る彼の口元がクスリと微かにほころんだことになど、気づくはずもなく。









 その週の土曜日、午後2時10分前。
 自宅から最寄り駅の駅前にあるカフェでアルバイトをしている真琴は、いつものように可愛らしい制服に着替え、仕事前の準備として洗面所で丹念に手を洗っていた。
 彼女の背後で、先に仕事に入っていたバイト仲間の女子二人が何やら盛り上がっている。

「ねえねえ、今窓際にいるお客さん、めっっっちゃイケメンじゃない!?」
「だよねっ!! もう店内に入ってきたその瞬間から目が釘付け……! 仕事に集中できなくてマジ困る~~っ」

 そんな彼女たちの会話を小耳に挟み、真琴は二人の間にひょいと顔を挟んだ。

「何? イケメンがどうしたって?」
「あ、真琴お疲れー。
 ってか今すっっごい美形が店に来てるんだってば!! もー平常心じゃいられないっ!」
「へえ、そんな美形が?」
「ってかさ。あの人、どっかで見たことある気がするんだけど……
 あーーー、そうだよ!! 確か星川電機の無加水調理鍋のパンフに出てた……あのモデルさんだよ、絶対!!」
「……おお~~~!! そうじゃん、鍋王子じゃん!!!」


「…………へ??」

 真琴は急いで手を拭き、フロアへちらりと顔を出す。
 そんな真琴を目ざとく見つけると、その超絶美形は眼鏡の奥から何とも艶やかなウインクをキラッと投げてよこした。

「…………五十嵐さん……」

「………………ち、ちょっと……
 彼、五十嵐さんっていうの? ってか真琴なんで名前知ってるのよ……もしかして知り合い……??」
「あー問題はそこじゃないっ!! 今のは絶対真琴宛のウインクじゃん……あんた彼とどういう関係よっっ!!!??」

 女子二人に一気に詰め寄られ、真琴は微妙に後ずさる。
 それと同時に、頭の中もクエスチョンマークで埋め尽くされた。

「いや、待ってよ……彼とは別にそういうんじゃなくって……ってか彼はうちのにいちゃんに惚れ……いやなんでもない……
 ……でも、なんでここに……?」

 ボソボソとそう不明瞭に呟きつつ、真琴は鉄砲玉を喰らった鳩のごとく彼のにこやかな微笑を見つめた。


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