純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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決着

 ライブに来た観客を装い、俺たちは会場の外の人気のない壁際で何気なくライブ終了を待った。
 夜の暗さと人の多さで、よほど意識を注いで見つめられなければ顔を判別される恐れもなさそうだ。

 それから約30分後、夜9時10分。
 ライブが終わり、出入り口から大勢の観客が外へ流れ出した。誰もがそれぞれに高揚した余韻を醸しながら、帰途へと散っていく。
 その混雑に紛れ、出待ちの場所をさりげなく人に聞いたりしながら、俺たちは熱烈なファンがバンドマンの退出を待って群れている場所へ接近した。
 それとなく物陰に立ち、怪しまれない距離から様子を窺う。


 ——出入り口から、ギターなどの楽器を携えた数人の男が現れた。
 恐らく、彼らだ。
 その姿に、ファン達が一気に色めき立つ。

 そんな群れから少し離れた目立たない場所に、小さな花束を手にした女性が一人立っている。


「——……佐々木さんだ」

「……本当か?」

 俺の呟きに、五十嵐さんもその方向を確認する。


「——確かに、彼女だ。
 やっぱり、会いに来てたな」

 彼女は、その他のファンに混じることなく、ハルトに声をかけるつもりなのだろう。
 ファン達がそれぞれバンドマンと接触し、目的を果たして帰っていくのを待っている様子だ。

 群れていた人影がやがて綺麗にいなくなると、彼女はどこかおずおずとハルトに近づいていく。
 そんな彼女を、ハルトも待っていたようだ。
 彼女の無造作に差し出す花束を、彼もどこかぶっきらぼうに受け取った。
 そして、お互いにどこかぎこちなく、何か会話を交わしている。


「——……」

 俺の中に、何か強烈なものが突然湧き上がる。

 これは——何だ?
 悲しみか……それとも怒りか?

 こんなにも激しい何かが自分の中に突き上がったことは、今までに一度もない気がした。


「……五十嵐さん。
 俺、行ってきます。
 俺一人で、行ってきます」

 気づけば俺は五十嵐さんにそう言い残し、物陰から出てまっすぐ二人のところへ向かっていた。









「——佐々木さん」

 恋しい男と見つめ合うその背後から突然声をかけられ、彼女は大いに驚いたようだ。
 反射的にばっと振り向くと、その表情がみるみる青ざめていく。


「……篠田くん……
 ——な……なんで……」


「あ?——誰だ?」

 突然現れた闖入者である俺に、ハルトが視線を投げる。
 耳にしたその第一声は、想像していたそのままのガサツさと男臭さだ。

「篠田航平と言います。
 ——佐々木さんの今カレです」

 俺の言葉に、彼は一瞬意表を突かれたような顔になり……どこか人を嘲るような微笑を口元に浮かべた。

「……はあ? 今カレ?
 ——おい菜穂、まさかこういうのにつきまとわれてんのかお前?
 あのな篠田さん、菜穂はいま付き合ってるやついねえんだよ。変なやり方で女につきまとったりすんのやめてくんねえかな?」

「違いますよ、それ。
 むしろ、俺がこの人に別れ話を切り出しても、泣きそうな顔で『別れたくない』って言われちゃって——実際のところ困ってるんです」


「…………おい。
 人おちょくってんのか」

 俺の言葉が癇に障ったのか、ハルトが前に踏み出す。
 俺にぐっと接近し、胸元へ手を伸ばしかけた。

 ——その手が不意に、後ろへぐいと捻り上げられた。


「……!!……」

 痛みに顔を歪めるハルトの背後に、その手首をしっかりと掴み上げた五十嵐さんが立っている。

「……っ……いってえっっ……!!!」
「君は手を出すのが早すぎる。
 ——彼に手を上げる前に、なぜ彼女に事実を確認しない?」

「わ……わかった……だから頼む、離してくれ……!」

 そう懇願するハルトの声に、彼はようやくその腕を解放した。


「——……い、五十嵐さん……」

 一層蒼白になって震える佐々木さんを、五十嵐さんはまっすぐに見据える。

「佐々木さん——
 本当のことを、君からちゃんと話すんだ」


「……」


 彼の鋭い視線から逃れることができず、彼女は小さく震える声で話し出した。


「……ご……ごめんなさい……ハルトも、篠田くんも……

 ……本当よ。
 私は今、篠田くんと付き合ってる」


 ハルトが小さく息を呑む気配がする。
 それと同時に、まるで堰を切ったように、佐々木さんの口から言葉が溢れ出した。

「——ハルトにいきなり振られて、悔しくて悲しくて耐えきれなかった私を、篠田くんは救ってくれた。
 いつも穏やかで、優しくて、細やかで……一緒にいると、心も身体も芯から温かくなった。
 ——ハルトといた時には、ひとかけらも味わったことのない幸せだった。

 篠田くんと、これからもずっと一緒にいたいと思った。
 これは本当よ。

 でも……
 私の中で、ハルトへの気持ちがあんまり強烈で……
 あんな奴と思うのに、どうしても綺麗に消し去ることができないの。
 気づけばいつも彼を思い出して、胸が熱くなって……そんなことを繰り返してしまう。

 そんな苦しさの真っ只中にいる時に、ハルトが電話をくれて……私がいなくなって初めて、私のことを本当に必要だと気付いたって、言ってくれた。
 ——嬉しかった。
『もう一度一緒にやり直したい、ライブに来て欲しい』って言われて……
 すっぱり断るなんて、できなかった。
 チャンスがあるなら、もう一度ハルトと手を繋ぎたいと……そう思ってしまった。

 ——私が、自分勝手すぎた。
 今、やっと目が覚めた。

 本当に、ごめんなさい」


 溢れる感情を全て吐き出すように言い切ると、彼女の瞳からボロボロと涙が零れた。


「——それを聞けて、良かったです。
 どうしても、佐々木さんの口から本心を聞きたかったから」

 その場に流れる沈黙を破ったのは、俺だった。 
 こういう時、いつもなら一番最後までだんまりをしているはずの俺が、今日は一番に口を開く。
 言いたいことがみるみる胸に積もり、黙っていることなどできずに。

「——佐々木さん。
 今まで俺を好きでいてくれて、ありがとう。
 俺も、俺なりに誰かを幸せな気持ちにできるんだって——今の佐々木さんの言葉で、自信が持てました。
 これで、終わりにしましょう。本当に」


 俺の言葉に、彼女は濡れた瞳で静かに頷いた。


「うん。よかった」

 そして俺は、ハルトに向き直る。

「——ハルトさん。
 さっきの彼女の言葉、ちゃんと聞いてましたよね?」

「あ……
 ああ」

 俺の問いかけに、彼はしっかりと頷いた。

「彼女のあの言葉を、忘れないでください——
 そして、これからは佐々木さんを精一杯大切にすると、約束してください。

 俺はこれ以上、彼女を幸せにはできません。
 ——俺には、全力で幸せにしたい人が他にいるので」


「——あっ、え?
 そ、そうなのか……
 もっ、もちろんこいつは、大切にする……」

 改めてしどろもどろするハルトへ、俺は深く一礼する。
 そして、めでたくヨリを戻すであろう二人に軽く微笑んだ。


「末長くお幸せに。
 じゃ、佐々木さん、また月曜。
 ——五十嵐さん、行きましょう」

 およそ彼らしくない顔で呆然と突っ立っている五十嵐さんをいざない、俺たちはその場を後にした。


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