純情赤ずきんとイケメン狼が手を繋ぐ可能性について考える話

雪葵

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深く触れる

 篠田の部屋の側の路肩に車が停まると、篠田はビジネスバッグを抱え直して車から降りる気配を見せながら、静かに五十嵐に礼を伝える。

「ありがとうございました、五十嵐さん。
 いつも甘えちゃって、済みません。——でも、今度は無理に車じゃなくていいですからね。
 だって、運転あると五十嵐さん飲めないし……」

「俺がこうしたいから、してるんだ」

 視線を前へ向けたまま、五十嵐はそう呟く。


「——それとも、こうして俺に送られるのが嫌か?」


「……」

 思わぬ鋭さのこもったその言葉に、篠田は続けようとした言葉を思わず飲み込む。

 息の詰まるような重い空気が、車内に満ちた。


「——……
 何か気に障ったならば、済みませんでした。
 じゃ——また月曜に」

 沈みかけた表情を立て直すように、篠田は淡く微笑む。
 必死に出すまいとしながらも、これ以上ここにはいられないという青ざめた感情が、手に取るように伝わる。


 そして、篠田がドアを開けようとしたその瞬間——
 シートから離れかけたその右手が、不意にぐっと強く掴まれた。

 篠田は、そのまま何の反応もできずに、五十嵐の腕の中に強く抱き寄せられた。


 背に回った腕に、ぎりぎりと力がこもり——
 うなじを強く包んで引き寄せるその指と掌が、微かに震えている。


「——……」


「——行かないでくれ。
 側にいてくれ。

 君に——この思いをどう伝えたらいいのか、わからないんだ。
 君に向けてどんなに微笑んでも、気の利いた男のふりをしても——この思いは、君には届かない。
 こうして、強く触れるしか、この溢れそうな何かを君に伝える方法が——……俺には、これしか思いつかない。

 君が、怖がるかもしれない。嫌がるかもしれないと……そう思うと、君に触れることがずっと怖くて。
 これまで、必死にそんな欲求を押し殺してきた。
 何か、それとは違う方法で、君を笑わせられたらと——そう思うのに。
 気づけば、俺は君を不安がらせることしかできない。

 君に、もっと触れたい。
 ——もっと強く、深く。

 もっと強く、深く君に触れなければ——愛おしくて苦しくてたまらないこの想いを、俺は君に届けられない。

 どうしようもなく湧き出してしまうこの感情を、君に受け止めてもらえないのだとしたら……
 俺はやはり、君の隣にいる相手じゃないんだと思う」


 声を詰まらせ、何かに突き動かされるように、五十嵐はその思いを一気に吐き出す。


「……」

 抱きすくめられたままじっとその言葉を聞いていた篠田の腕が、静かに五十嵐の背に回った。
 そして、ぐっとその腕に力がこもる。


「——良かった」


「——……」


「俺……やっぱり、五十嵐さんに相応しくないんじゃないかって。
 最近のあなたの様子や表情を見ながら……あなたが、俺のことを『やっぱり選択ミスだった』と——そう感じ始めてるんじゃないかと思って。
 いつ、この関係を終わらせようと言い出されるか……そんなことばかり、考えてました」


「——そんなわけないだろ」

 泣きべそをかく寸前の子供のようなその声に、篠田は、引き寄せられた五十嵐の耳元で小さく笑う。

「だって……
 あなたは誰が見ても正真正銘の、キラッキラな王子様で。
 一方で俺は、どう見ても平凡で取り柄のない、なんとも地味な男で——
 こんなにも釣り合いが取れないのに、自信なんて持てません。

 それに……
 あなたが、俺に全然触れてくれないから。
 ああ、そうだよなあ……って。薄べったくて硬い胸や尻なんて、とんでもなく貧弱だしなあ、って。
 やっぱり、あなたの相手は俺ではないんじゃないかって……ますます、そう思いました」

 篠田のそんな言葉に、五十嵐の肩が小さく揺れた。

 篠田は、その肩から少し顔を離し、驚いたような表情で固まる五十嵐を間近で見つめる。


「——好きな人としたいことなんて、きっと誰でも一緒です」


「————」

「相手が誰であろうと——好きな人とは、きっと触れ合いたくなっちゃうんです。
 もっと強く、深く。

 相手の性別とか、そんなことには関係なく——惹かれる相手とは、深く触れ合いたい。
 最近ずっと、自分の心の中を観察しながら……ぶっちゃけた話、どうしてもそれを認めざるを得なくなりました。
 あなたに、深く触れる。触れられる。——あんなに怖がっていたはずのことを、気づけば心臓バクバクさせて待ってる俺がいる。
 俺がこんなにも不安だったのは、もしかしたら、最近のあなたが一切俺に触れようとしなかったからかもしれない。

 だから——今、あなたにこうしてしっかり抱きしめてもらえて……やっと俺、安心してるんです。心から。

 今思えば……俺は、佐々木さんと付き合っている間、彼女と深く触れ合いたいと思ったことはほとんどありませんでした。
 相手が女の子だからいいとか、同性だからダメとかじゃないんです、きっと。
 そんなこととは全く関係なく——好きな人とは、深く触れ合いたい。
 その体験を、どこかで怖いとは感じながらも……本能が動くんだから、どうしようもありません」


 篠田の腕が、五十嵐の背からおずおずと首へ回る。
 微かに引き寄せたかと思うと——五十嵐の唇に、篠田の唇が柔らかく重なった。


 やがて——どこかぎこちなく、許しを請うように小さく啄ばみ出す五十嵐の唇を、篠田は恥ずかしげに受け入れる。


 そっと唇が離れると、篠田は五十嵐の胸元へ額を寄せ、小さく囁いた。

「——……部屋へ、来ませんか」


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