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今日はエダの魅力を存分に語りたい

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 二年呪いで眠っていた、レティシアに転移した俺が、どうしてもやらねばならぬ一番大切なことがある。

 これをやらねば何も始まらない。
 俺が異世界ライフをぞんぶんに楽しむための第一の試練。

 それは――

 リハビリだー!!

 なんでリハビリ?

 仕方ないんだ。
 二年間寝てたんだぞ?
 そんなん体がったがただわ。

 考えてもみゃ起きてすぐモノ食べられたのだって、ものすごいことだ。

 それもこれも魔法のおかげ。
 回復系の魔法で肉体の活性化を行っていたらしい。

 もちろんそれだけじゃなくて、関節が固まってしまわないように、エダが毎日のようにレティシアの体にマッサージやストレッチをさせていたそうだ。

 エダ、本当にいい子だ。
 素直でなんにでも一生懸命ないい子!

 きっと素敵なお姉さまが現れるように、祈っとく。
 この世界の神様とか知らないけど!

 とまぁ、回復魔法とエダの献身のおかげで、二年寝たきりだったことを考えれば元気な方なのではあるが……

 ちょい前まで病気知らずのもらった賞は皆勤賞のみな男子高校生。(注・ただし、もやしである)
 だった俺としてはかなりつらい。

 こんなに辛いのは、持久走の授業以来ってほど辛い。

 体は重いし、だるいし、ちょっと動いただけで息切れするし。
 歩くだけでこけそうになるし、立ち上がるだけで貧血起こすし。
 ちょっと疲れると頭がぼんやりするし、指先はびみょーにしびれてる感じがするし。

 つっっら!

 だけど……

「レティシア様、頑張りましょう」

 エダの笑顔のためならなんのそのー!
 杖を突いて、エダに手を引かれての散歩もなんとか頑張れる。

「これが終わったらお食事にしましょう」
「今日も一緒に食べてくれる?」
「……それは」

 本来、貴族と使用人は一緒に食事をしたりしない。
 けど、エダと一緒に食べたいじゃん!

 ぼっち飯とか全然苦じゃないけど、それとこれとは話が別!

「お願い。一人じゃ味気なくて。エダと一緒なら、たくさん食べられる気がするの」
「レティシア様がおっしゃるなら……」

 よーしここで畳みかけろ!

「ふふ。うれしいわ。エダはとてもやさしいのね。ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃありませんよ」

 先を行くエダは前を向いてしまうので、顔が見えない。
 だけどきつく髪をひっつめているため、耳と首筋が真っ赤だになっているのがわかる。

 そうそう。
 この世界のメイドって、雇い主にお礼を言われることがほとんどないみたいなんだよな。

 レティシアの記憶の中にもほぼないし、他の入院患者を見ててもメイドとか執事のことは、無視……じゃいな。
 なんか空気みたいに扱ってる。

 エダもそんな感じにだったのか、ちょっとお礼を言ったり褒めたりすると、真っ赤になってしまう。

 こらこら、そんな顔は恋したお姉さまにしか見せちゃだめだよ。
 などと思いつつ、素敵なお姉さまが現れるまでは堪能させてもらうつもりで、隙あらば褒めるし、お礼も言う!!

「エダ」
「はい、なんですか?」

 振り向いた顔は案の定、真っ赤になってる。
 照れ顔、いただきました!!

「ふふ。呼んでみただけ」
「も、もう! リハビリに集中しないとだめですよ!」
「はぁ~い」

 ああ……たっのしー!



 さて。
 今日の食事はテラスで取ることにした。

 なぜなら日光浴をする場所としても作られているらしく、ガラス張りだから!

 お気に入りの席は、少し陰になった端の方にある人気のない席だ。
 そう、陰になっているのでガラスに食事をしている姿が映りこむのだ!!

 今も一人、籐の椅子に座り物憂げな表情を浮かべるレティシアの姿がガラスに映って見える。

 レティシアは今日も完璧である。

 エダに編み込みにしてもらった髪型は言わずもがな。
 お嬢様っぽさと病弱ぽさを兼ねそろえた、ふんわりとドレープをとったゆるいワンピースは、淡い小花柄。

 胸元は深めで、豊かな胸の谷間にしっかりと影が入っている。

 うむ。
 エダチョイスのコーディネートはレティシアの魅力を存分に引き出しているな。

 と、食事を乗せた移動テーブルを押して、エダがやってくるのがガラスに映る。

 エダはいつも通り、巻き毛をひっつめにした髪型、メイド服。
 メイド服っても、激安ショップで売ってるようなテッカテカ、ブリッブリなのじゃない。

 まず、ぱりっとした木綿の、七分丈、ひざ下ワンピース。

 ギャザーはなく、すとん、つるりとしたスタイルだが、動けば意外とスカートにボリュームがあることがわかる。

 この同じ形のワンピースが今日は黒に近いグレイ。
 後はネイビー、えんじ色、生成りにブラウンの細いストライブとあり、日替わりで回してるっぽい。
 襟は付け替えできるものなのかいつも真っ白。

 エプロンもフリルなんかなしで、実用一辺倒の白い木綿だけど、背中で縛るリボン部分が大きめなのが精いっぱいのオシャレって感じでニクイ。

 残念ながらフリフリカチューシャはなしだが、時々三角巾っぽいヘッドドレスを付けたりする。

 うむ。
 一見地味でおとなしすぎる服装だが。
 これがいい。

 エダのくるくると動く大きな目や、化粧っけのない顔に花を添えるそばかすと言った元気な雰囲気を、地味な服がぎゅっと内側に押し込め、しっかりメイドの仮面をかぶらせる。

 小さいけれど頼れるしっかりメイド。
 と思ったら、ふとした表情が子供っぽくて、ドキッとさせられる。

 エダの魅力を存分に引き出し――いや、増幅させるのにぴったりな服である。

 しっかりメイドの仮面をかぶったエダはもうすぐそこだ。
 声をかけるタイミングを計っているようだ。

 振り向けば、しっかりメイドの仮面はすぐさま砕け散り、子供っぽい笑顔を向けられるだろう。
 だが俺は、こちらから振り向いたり声をかけたりはしない。

 なぜか?
 言わなくてもわかるだる?

 ガラスに映ったエダとレティシアを、コンマ一秒でも長く鑑賞したいからだ!
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