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●レティシア様を守ると決めた日
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私、エダ・マーロウは、レティシア・ファラリス様付きのメイドだ。
私は孤児で、本来なら領主のお嬢様付のメイドをできる身分じゃない。
私を育ててくれたおばあちゃんが糖蜜づくりの名人で、レティシア様が自分用に注文してくれていた。
一度だけ、おばあちゃんがレティシア様に直接糖蜜を届けたことがあり、その時に『たった一人の孫をよくお願いします』と、世間話に言った一言。
その一言をレティシア様は忘れず、祖母が亡くなった時、わざわざ葬儀が行われている教会まで出向いて私を連れ帰ってくれたのだ。
茶畑で仕事ばかりしていた学のない小娘には、御屋敷での常識もマナーも何もわからず、つらいこともたくさんあったけど、レティシア様の恩義に答えるためなら何でもなかった。
だから、やっとお嬢様付のメイドとして認められるようになったのに、リリア魔法学園に連れて行ってもらえなかったときはショックだった。
メイドの一人や二人連れて行くのが常識なのに、たった一人で学園に行かれたレティシア様は……おそらく自分が呪いにかけられることを予想していたのだろう。
私がレティシア様に再び会えたのは、御屋敷から遠く離れたサナトリウムだった。
どうしても呪いを解くことができず、もう目覚めることがないだろうと判断されたレティシア様のお世話をしたいと声をあげたのは、私しかいなかったのだ。
一年ぶりに見たレティシア様は、相変わらずお美しく、ただ眠っているようにしか見えなかった。
私はいつレティシア様が目覚めてもいいよう、体を拭き、髪をとかした。
看護師の方にマッサージやストレッチも教わった。
毎朝、今日目覚めてもいいように、ドレスを用意する。
夕方には今日一日あったことを話して聞いてもらう。
毎日毎日、日が昇って落ちて、昇って落ちて……二年がたった。
レティシア様は眠り続けてもう目覚めることはないと、皆が思ってる。
もしそうだとしても、私は一生お仕えしようと思ってた。
だけど、だけど……
「エダ」
ベッドに起き上がったレティシア様に名を呼ばれて、全身に喜びが駆け抜けた。
「レティシア様ぁ!」
飛びついて、抱きしめたい。
これが夢でないって確かめたい!
だけど、その前に先生を呼ばないと!
レティシア様がまた眠りについてしまわないように。
目覚めたレティシア様は、ずいぶん痩せてしまったけれど、二年間眠っていたにしては状態がいいそうだ。
毎日のマッサージとストレッチがよかったのだろうと、先生にも褒められ、私の二年が無駄じゃなかったのだと、改めて確認できた。
レティシア様か目覚められて、私はとても忙しくなった。
忙しいけれど、とても楽しい!
リハビリのためにサナトリウムの周りの散歩では、レティシア様の手を引くことだってする。
「雨、上がってよかったわね。いい天気」
「はい。まだ少し足元が濡れていますから、気を付けてくださいね」
「ええ」
雨上がりの森はキラキラしてとてもきれいだ。
「あ、野イチゴですよ!」
散歩道の植え込みに赤い実が、先ほどの雨に洗われてキラキラと光っていた。
思わずつまんで口に入れそうになるが、レティシア様の前なんだから、ぐっとガマン。
「本当。いい香りね。気分がすっきりするわ。疲れてたけど、もう少し歩けそうよ」
レティシア様がふっと遠くを見つめる。
目覚められてから、レティシア様は不意に黙り込んで、こんな目をするようになった。
どこか寂し気に、心を遠くに飛ばしてしまうような……
一体何を考えておられるんだろう。
この時のレティシア様はとてもおきれいだけど、風に溶けて消えてしまいそうなはかなさもあって、少し怖い。
「レティシア様、頑張りましょう」
そんなレティシア様をこちらに引き戻したくて、声をかける。
「これが終わったらお食事にしましょう」
「今日も一緒に食べてくれる?」
「……それは」
メイドが一緒に食事なんて、そんな恐れ多い!
「お願い。一人じゃ味気なくて。エダと一緒なら、たくさん食べられる気がするの」
「レティシア様がおっしゃるなら……」
目覚めてからレティシア様は、こんな風にわがままを言われるようになった。
お屋敷にいたころは何時も控えめで、自分の意見を通すことも珍しかったのに。
やっぱり、呪いにかけられて……おそらく死さえ覚悟して……レティシア様の中で何かが変わったんだろう。
「ふふ。うれしいわ。エダはとてもやさしいのね。ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃありませんよ」
ストレートな好意に顔が熱くなる。
今のレティシア様は、好きなことを好きと言い、わがままだって言う。
この変化が嬉しい反面、いつ呪いにかかっても後悔しないようにしているようで、胸が痛む。
「エダ」
「はい、なんですか?」
「ふふ。呼んでみただけ」
「も、もう! リハビリに集中しないとだめですよ!」
「はぁ~い」
怒ったふりをして少しきつく手を握ると、レティシア様は同じ強さで握り返してくる。
私は、もっとレティシア様と一緒に居たい。
隠さず気持ちをぶつけてほしいし、わがままだってきいてあげたい。
もっと、もっと……レティシア様に楽しいことを覚えてもらって、呪いなんかにかかっている場合じゃないって、思ってほしい。
きっと、思わせて見せるから!
私は孤児で、本来なら領主のお嬢様付のメイドをできる身分じゃない。
私を育ててくれたおばあちゃんが糖蜜づくりの名人で、レティシア様が自分用に注文してくれていた。
一度だけ、おばあちゃんがレティシア様に直接糖蜜を届けたことがあり、その時に『たった一人の孫をよくお願いします』と、世間話に言った一言。
その一言をレティシア様は忘れず、祖母が亡くなった時、わざわざ葬儀が行われている教会まで出向いて私を連れ帰ってくれたのだ。
茶畑で仕事ばかりしていた学のない小娘には、御屋敷での常識もマナーも何もわからず、つらいこともたくさんあったけど、レティシア様の恩義に答えるためなら何でもなかった。
だから、やっとお嬢様付のメイドとして認められるようになったのに、リリア魔法学園に連れて行ってもらえなかったときはショックだった。
メイドの一人や二人連れて行くのが常識なのに、たった一人で学園に行かれたレティシア様は……おそらく自分が呪いにかけられることを予想していたのだろう。
私がレティシア様に再び会えたのは、御屋敷から遠く離れたサナトリウムだった。
どうしても呪いを解くことができず、もう目覚めることがないだろうと判断されたレティシア様のお世話をしたいと声をあげたのは、私しかいなかったのだ。
一年ぶりに見たレティシア様は、相変わらずお美しく、ただ眠っているようにしか見えなかった。
私はいつレティシア様が目覚めてもいいよう、体を拭き、髪をとかした。
看護師の方にマッサージやストレッチも教わった。
毎朝、今日目覚めてもいいように、ドレスを用意する。
夕方には今日一日あったことを話して聞いてもらう。
毎日毎日、日が昇って落ちて、昇って落ちて……二年がたった。
レティシア様は眠り続けてもう目覚めることはないと、皆が思ってる。
もしそうだとしても、私は一生お仕えしようと思ってた。
だけど、だけど……
「エダ」
ベッドに起き上がったレティシア様に名を呼ばれて、全身に喜びが駆け抜けた。
「レティシア様ぁ!」
飛びついて、抱きしめたい。
これが夢でないって確かめたい!
だけど、その前に先生を呼ばないと!
レティシア様がまた眠りについてしまわないように。
目覚めたレティシア様は、ずいぶん痩せてしまったけれど、二年間眠っていたにしては状態がいいそうだ。
毎日のマッサージとストレッチがよかったのだろうと、先生にも褒められ、私の二年が無駄じゃなかったのだと、改めて確認できた。
レティシア様か目覚められて、私はとても忙しくなった。
忙しいけれど、とても楽しい!
リハビリのためにサナトリウムの周りの散歩では、レティシア様の手を引くことだってする。
「雨、上がってよかったわね。いい天気」
「はい。まだ少し足元が濡れていますから、気を付けてくださいね」
「ええ」
雨上がりの森はキラキラしてとてもきれいだ。
「あ、野イチゴですよ!」
散歩道の植え込みに赤い実が、先ほどの雨に洗われてキラキラと光っていた。
思わずつまんで口に入れそうになるが、レティシア様の前なんだから、ぐっとガマン。
「本当。いい香りね。気分がすっきりするわ。疲れてたけど、もう少し歩けそうよ」
レティシア様がふっと遠くを見つめる。
目覚められてから、レティシア様は不意に黙り込んで、こんな目をするようになった。
どこか寂し気に、心を遠くに飛ばしてしまうような……
一体何を考えておられるんだろう。
この時のレティシア様はとてもおきれいだけど、風に溶けて消えてしまいそうなはかなさもあって、少し怖い。
「レティシア様、頑張りましょう」
そんなレティシア様をこちらに引き戻したくて、声をかける。
「これが終わったらお食事にしましょう」
「今日も一緒に食べてくれる?」
「……それは」
メイドが一緒に食事なんて、そんな恐れ多い!
「お願い。一人じゃ味気なくて。エダと一緒なら、たくさん食べられる気がするの」
「レティシア様がおっしゃるなら……」
目覚めてからレティシア様は、こんな風にわがままを言われるようになった。
お屋敷にいたころは何時も控えめで、自分の意見を通すことも珍しかったのに。
やっぱり、呪いにかけられて……おそらく死さえ覚悟して……レティシア様の中で何かが変わったんだろう。
「ふふ。うれしいわ。エダはとてもやさしいのね。ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃありませんよ」
ストレートな好意に顔が熱くなる。
今のレティシア様は、好きなことを好きと言い、わがままだって言う。
この変化が嬉しい反面、いつ呪いにかかっても後悔しないようにしているようで、胸が痛む。
「エダ」
「はい、なんですか?」
「ふふ。呼んでみただけ」
「も、もう! リハビリに集中しないとだめですよ!」
「はぁ~い」
怒ったふりをして少しきつく手を握ると、レティシア様は同じ強さで握り返してくる。
私は、もっとレティシア様と一緒に居たい。
隠さず気持ちをぶつけてほしいし、わがままだってきいてあげたい。
もっと、もっと……レティシア様に楽しいことを覚えてもらって、呪いなんかにかかっている場合じゃないって、思ってほしい。
きっと、思わせて見せるから!
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