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●お招きいただき

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 レティシアさんの部屋には、しっかりと待ち合わせちょうどに到着した。
 ちょうどのはずなのだけど……

「はぁい」

 出迎えてくれたメイドさんの向こうには、すでにグローリアさんたちの姿があった。
 一瞬焦ってしまったが、用意しておいた口上を慌てて引っ張り出す。

「こんにちは。今日は誘って頂いてありがとうございます。これは家の地方のお菓子です。お口に会えばいいのですが」

「こ、これは」

 メイドさんの後ろから顔を出したレティシアさんが、少し芝居がかった大げさな動きで箱を受け取る。

「甘納豆です。甘い豆が苦手でなければぜひ」
「なっとう……」
「納豆と言ってもこれは違うの。お菓子なのよ」

 びくっと動きを止めるグローリアさんたちに、レティシアさんが説明する。
 甘納豆まで知っているなんて、この人はいったいどれだけの本を読んだのだろうか。

「けど納豆ですよね」
「あの豆っすよね?」
「いくら甘くしても納豆は納豆だし~」
「あら、おいしいのよ」

 甘納豆を箱から一粒取って、にっこり。

「はい、あーん」
「あーん」

 三人ともつられて口を開ける。

「はい」

 ぽぽぽんと、素早く口の中に甘納豆を放り込む。
 クラスメイトに思うことじゃないかもしれないけど……小鳥が餌をもらっているようでかわいい。

「あ、おいしい」
「臭くないっすね」
「へんなの~」

 もぐもぐと味わっている様子も、またかわいい。
 目立つ耳もあいまって、小動物感があふれている……

「はい、エダも、あーん」
「いえ、私は!」

 メイドさんは真っ赤になってプルプルと首を振る。
 あまりに激しく降りすぎて、表情が見えないぐらいだ。

「せっかくエリヴィラさんが持ってきてくれたんだから。これに合うお茶を選んでほしいわ。はい、あーん」
「……あーん」

 再度促され観念したようで、首を振るのをやめて口を開ける。
 ものすごく恥ずかしそうだけれど、されるがままだ。

「どう?」
「優しい甘さのお砂糖ですね。これなら……そうですねぇ。さっぱりしたものがいいでしょうか」

 まだ少し顔が赤いが、表情はプロのメイドのものになる。
 若いのにしっかりしたメイドのようだ。

「はい。エリヴィラちゃんも」
「わ、私は結構です!」
「おいしいのよ?」
「知っています! 私が持ってきたんですから!」
「あら、そうよね。ふふっ、ごめんなさいね」

 レティシアさんはつまんでいた甘納豆を自分の口に入れる。

「うん、おいしい」

 お行儀がいいとは言えないしぐさなのに、なぜか目を離せなくなる。

 ……よくない。
 冷静にならないと。
 少し距離を取って……

「っと、私が食べてちゃダメね。エダ、まずは気楽に楽しんでもらいましょう。スコーンが温かいうちに食べてもらいたいわ。さぁ、皆さん座って、エリヴィラさんも」

 席に着くとスコーンから小麦の香りがふわりと漂う。
 小皿にはつやつやとしたジャムがとろけている。

 お腹が鳴りそうになるのを、ぎゅっと力を入れて止めた。

 カップにお茶が注がれると、湯気とともに紅茶の香気が鼻をくすぐった。
 お腹にさらに強く力を籠める。

「どうぞ。召し上がれ。お砂糖やミルクもお好みで」
「いただきまーす!」
「ま~す」
 イルマさんとラウラさんが、ささっとスコーンに手を延ばす。

「お義姉さまのおすすめの飲み方を教えてほしいです!」

 グローリアさんがレティシアさんに聞いている間に、私もスコーンを手に取った。
 ホロホロとしたスコーンは、前にもらったクッキーほどじゃないけれど口の中の水分を持っていく。

 紅茶のカップを持ち上げると、濃いお茶の香りが鼻をくすぐる。
 けど、熱くて口に含めない。

「そうね、私はミルクをたくさん入れるのが好きよ。エリヴィラさんも試してみて」

 ミルクピッチャーが差し出され、カップにたっぷりのミルクが注がれる。
 ちょうど、飲みやすい温度だ。
 こんなにたくさんミルクを入れたのに、紅茶の味も負けていない。

「おいしい、です」
「でしょう!」

 誇らしげに笑うその表情には裏表など全くない……ように見える。
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