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第0章
006
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あの少女のように、一般人を素材に強制的に生み出した紋章術の使い手を結社の手駒にするのが目的だろうかとも思ったが、そんなことをせずとも結社は初めから組織としての規模が大きい。わざわざリスクを伴ってまで使い手を増やそうするのは、紋章術の使い手という即戦力に飢えた弱小組織が取る苦肉の策のはずだ。
それか、この結社内で、独自に使い手を生み出し七つの鍵を手に入れようとしている離反組が潜む可能性も考えられるが、それならば失敗作の始末を命じた時点で結社が離反組の存在を黙認しているとも取れる。
そんな筈はない。
命令の一つや二つサボっただけでこれなのだ。仮に離反組が見つかったなら、もしくはその疑いが出たとしたら、この組織は公然と魔女狩りを始めるだろう。
真相はわからない。でも、この組織はおかしい。――何かがおかしい。
聖杯を意味するグラール。
術師結社グラールが、この結社の正式名称だ。
ダークグリーンの大理石には、彼の制服に記されているエンブレムと同じ、固有の術師結社を示す紋様が描かれている。
繊細なアールヌーボー調で杯が象られたそれを、静々と見つめたクロノ。
セラはゆっくり紫煙を燻らせると、やがて、ろくに味わっていないその煙草をもみ消した。
「自分から話す気はない、と言うわけか」
「はい? 嫌だな。ちゃんと話してますよ」
「ヤツと会ったのだろう」
困ったように金髪を掻いていたクロノが、ぴたりと表情を変えた。
ほんの一瞬のことだ。
よほど彼の一挙一動に執着心のあるストーカーか、研ぎ澄まされた洞察力の持ち主でない限り、その微細な変貌に気付くことはない。そして言うまでもないが、セラは後者である。
薄氷に覆われた湖面のように、平静を取り戻すクロノ。
しかし、その直下ではいまだ小さな波紋が波打っていた。
「…………ヤツって、誰のことですか?」
クロノは、動揺を悟られまいと、ごく自然な言い草で聞き返した。
だが、たっぷり開いた間が白々しさに拍車をかけており、つまりそれが、彼が動揺したという紛れもない証拠になってしまったのだが。そして、その動揺に気付いているだろうセラから次に告げられるのはおそらく、クロノが良く知る人物。
「お前が接触した〝音の紋章術師〟に決まっている」
……ではなかった。
「誰ですか、それ」
音の紋章術師なんて聞いたことがない、と続けるクロノ。
セラの口から伝えられた人物は見知った人ではなかった。
だが、〝音の紋章術師〟と呼ばれる人物に心当たりがないわけではない。
おそらく、旧友と一緒にいたあの使い手だろう。
あの時あの場所で紋章術を使っていたのは、あの少女を除いては彼女だけ。
とはいえクロノ自身も、あの時初めて彼女が使い手であると知った上、使っている姿を見た今でも半信半疑ではあるのだけれど。
「あの娘が生きていたとは驚きだ。……しかも、お前の知り合いだったとはな」
会話が噛み合わない。いや、答える気がないのだろう。
教える必要がないのか、答えたくないのか。――おそらく、前者だろう。
彼女は一体何者なのだろうかと頭の片隅でぼんやりと考えながら、クロノはセラに気付かれないよう小さく安堵の息を吐いた。
「というわけでクロノ、次の仕事だ。……ここで失敗をしたら、次はないと思え」
何が、というわけなんだ、と内心毒づく。
とはいえ、今の言葉はクロノにとっての死刑宣告であり、また、それと同時に最後のチャンスでもある。それを十二分にわかっているからこそ、クロノは頭を切り替える。
「それで、どんな仕事なんですか?」
その言葉に、今まで無表情しか映さなかったセラの顔に笑みが浮かんだ。
「お前が逃したターゲットの捕獲、及び音の紋章術師の回収。……尚、お前の仕事には私とあと一人、紋章術師が同伴する」
それか、この結社内で、独自に使い手を生み出し七つの鍵を手に入れようとしている離反組が潜む可能性も考えられるが、それならば失敗作の始末を命じた時点で結社が離反組の存在を黙認しているとも取れる。
そんな筈はない。
命令の一つや二つサボっただけでこれなのだ。仮に離反組が見つかったなら、もしくはその疑いが出たとしたら、この組織は公然と魔女狩りを始めるだろう。
真相はわからない。でも、この組織はおかしい。――何かがおかしい。
聖杯を意味するグラール。
術師結社グラールが、この結社の正式名称だ。
ダークグリーンの大理石には、彼の制服に記されているエンブレムと同じ、固有の術師結社を示す紋様が描かれている。
繊細なアールヌーボー調で杯が象られたそれを、静々と見つめたクロノ。
セラはゆっくり紫煙を燻らせると、やがて、ろくに味わっていないその煙草をもみ消した。
「自分から話す気はない、と言うわけか」
「はい? 嫌だな。ちゃんと話してますよ」
「ヤツと会ったのだろう」
困ったように金髪を掻いていたクロノが、ぴたりと表情を変えた。
ほんの一瞬のことだ。
よほど彼の一挙一動に執着心のあるストーカーか、研ぎ澄まされた洞察力の持ち主でない限り、その微細な変貌に気付くことはない。そして言うまでもないが、セラは後者である。
薄氷に覆われた湖面のように、平静を取り戻すクロノ。
しかし、その直下ではいまだ小さな波紋が波打っていた。
「…………ヤツって、誰のことですか?」
クロノは、動揺を悟られまいと、ごく自然な言い草で聞き返した。
だが、たっぷり開いた間が白々しさに拍車をかけており、つまりそれが、彼が動揺したという紛れもない証拠になってしまったのだが。そして、その動揺に気付いているだろうセラから次に告げられるのはおそらく、クロノが良く知る人物。
「お前が接触した〝音の紋章術師〟に決まっている」
……ではなかった。
「誰ですか、それ」
音の紋章術師なんて聞いたことがない、と続けるクロノ。
セラの口から伝えられた人物は見知った人ではなかった。
だが、〝音の紋章術師〟と呼ばれる人物に心当たりがないわけではない。
おそらく、旧友と一緒にいたあの使い手だろう。
あの時あの場所で紋章術を使っていたのは、あの少女を除いては彼女だけ。
とはいえクロノ自身も、あの時初めて彼女が使い手であると知った上、使っている姿を見た今でも半信半疑ではあるのだけれど。
「あの娘が生きていたとは驚きだ。……しかも、お前の知り合いだったとはな」
会話が噛み合わない。いや、答える気がないのだろう。
教える必要がないのか、答えたくないのか。――おそらく、前者だろう。
彼女は一体何者なのだろうかと頭の片隅でぼんやりと考えながら、クロノはセラに気付かれないよう小さく安堵の息を吐いた。
「というわけでクロノ、次の仕事だ。……ここで失敗をしたら、次はないと思え」
何が、というわけなんだ、と内心毒づく。
とはいえ、今の言葉はクロノにとっての死刑宣告であり、また、それと同時に最後のチャンスでもある。それを十二分にわかっているからこそ、クロノは頭を切り替える。
「それで、どんな仕事なんですか?」
その言葉に、今まで無表情しか映さなかったセラの顔に笑みが浮かんだ。
「お前が逃したターゲットの捕獲、及び音の紋章術師の回収。……尚、お前の仕事には私とあと一人、紋章術師が同伴する」
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