Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
12 / 97
第0章

011

しおりを挟む
 荒々しく開いたドアから聞こえたのは、いつもケータイ越しに聞いていた声。
 艶やかな栗色の髪を一つに結え、のりの利いた白いブラウスに胸元のリボンタイ、黒のタイトスカート。軍人のようなセラとは対照的に、女性らしさを醸し出すキャリアウーマンを彷彿させるような女性。


「赤星……!」


 完全に予想外だった。
 まさかここに来て通信部のヤツが出て来るなんて、クロノは微塵も考えていなかった。

 通信部とは、術師結社において通信連絡の仕事を中心に結社内の情報管理や伝達を受け持つ、いわば雑務係である。そして、一般人が使い手と同じ場所で働ける唯一の方法でもあり、そのトップである赤星とは、グラールに所属する使い手と対等に渡り合える、数少ない一般人なのだ。現場で命を削る彼らと比べれば幾分安全性の高い仕事ではあるが、使い手や魔導具の力にあてられ続けなくてはいけない別の意味の危険性がある。赤星のような魔力に耐性がある一般人など数えるほどしかいないので、現実には通信部はその八割が戦力外の使い手だったりする。

 だが、そう。……いや、だからこそ。
 次に立ちはだかった結社の人間が、あろうことか通信部のトップだとしても、目の前にいるのはただの一般人。セラや他の使い手と比べれば、なんてことはない。
 例え、今すぐにも倒れそうな体調だったとしても、負ける理由など見当たらない。
 警戒心を包み隠すことなく、クロノは目の前の女性を睨み付ける。


「やっぱり、予想通りだったわね」


 今にも笑い出しそうな弾んだ声が響いた。
 猜疑心の色を示す使い手の少年とは対照的に、通信部の女性は心底嬉しそうで。
 クロノは表情を曇らせる。
 嫌な予感がした。

 無意識に彼は身構える。いざとなれば、赤星が何か起こす前に片付けるつもりだ。
 予感通りだと告げた言葉が真実だとするならば、それに対する何らかの手段を考えていると思っても過言ではない。いや、相手は裏方専門の通信部の人間で、しかも戦闘能力を持たない一般人なのだ。そんな人間が表に出るくらいなのだから、セラか――あるいはそれぐらいの実力者を準備していてもおかしくない。
 一層警戒心を強めたクロノに、呆れたように肩を竦める赤星。
 そして、殺伐としたこの空気に似合わない微笑を浮かべる。


「ここまで彼女の安全を確保してくれてありがとう。……もう十分よ、〝黒羽〟くん」
「…………は?」


 今、何と言った?
 思わず、目の前の栗毛を見つめるクロノ。
 聞き間違いでなければ後ろに庇った少女――ミントの安全確保がどうのこうの、と。
 現状と、与えられた情報を元に置かれている状況を理解しようする。だが、どうにも上手く頭が回ってくれない。
 口をついて出た言葉は、だいぶ筋違いなものだった。


「……何で今更、その名で呼ぶんですか」
「何のための暗号なのかしら」


 意味がわからない。
 お手上げだと言わんばかりに顔を手で覆うクロノ。
 間違いなく彼女の狙いはミントの身柄だ、それは赤星自身が言っている。武器を構える素振りも持っている様子もなく、それどころか相手は全く警戒すらしていない。時間稼ぎの可能性も考えたが、いつまで経っても増援の姿も気配も感じない。相手の目的など探るだけ無駄だろう。常識では考えられないようなどうでも良い理由で行動している人間もいるのだから。
 決定打は不安げに腕へ触れてくる少女の手だった。
 まばたきを一つすると、改めて眼前を見据える。

 クロノは目の前の女性を〝敵〟と捉えた。
 射抜くように赤星を見つめる赤褐色の瞳。
 そんな彼に気圧されるどころか受け流しているのは、さすが通信部のトップといったところだろうか。
 彼女はクロノの殺意を気にすることなく、口を開く。


「神風が作ってくれた折角のチャンスなのに、残念だったわね」


 突然。淡々と喋る女性の言葉が遠くに感じた。
 満身創痍のところに使い慣れていない紋章術を連続使用したおかげで、疲労が限界を超えてしまったのだろうか。いや、そんな理由で倒れるようなヘマはしない。クロノの気付かないところに増援でもいたのだろうか。それにしたって紋章術はもちろん、誰の気配も感じない。
 何が起こったのだろうかと考える頭も、霧がかかったようにぼんやりとする。


「まぁどんな形でも構わないわ。あのセラから無事に逃げられたんだもの」


 クロノからの返事がないことを理解していながら、女性は淡々と言葉を続ける。


「今神風が来てくれるから、しばらく休んでいなさい。貴方たちはもう安全よ」


 信用出来るか、と内心言い返す。
 だが、そんな思いと裏腹に体は全く言うことを利かない。
 重くなっていく体、遠くなる意識。
 これから自分たちはどうなるんだろうだとか、そんなことを考えるより先に彼の脳裏によぎったのは、無愛想な銀灰色だった。
 そう言えば約束、と古い記憶が掘り起こされそうになったところで、限界が訪れる。


「く、クロノさん……!」


 どこか焦ったようなミントの声を最後に、クロノは意識を手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白き魔女と黄金の林檎

みみぞう
ファンタジー
【カクヨム・エブリスタで特集していただきました。カクヨムで先行完結】 https://kakuyomu.jp/works/16816927860645480806 「”火の魔女”を一週間以内に駆逐せよ」 それが審問官見習いアルヴィンに下された、最初の使命だった。 人の世に災いをもたらす魔女と、駆逐する使命を帯びた審問官。 連続殺焼事件を解決できなきれば、破門である。 先輩審問官達が、半年かかって解決できなかった事件を、果たして駆け出しの彼が解決できるのか―― 悪しき魔女との戦いの中で、彼はやがて教会に蠢く闇と対峙する……! 不死をめぐる、ダークファンタジー! ※カクヨム・エブリスタ・なろうにも投稿しております。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...