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第0章
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荒々しく開いたドアから聞こえたのは、いつもケータイ越しに聞いていた声。
艶やかな栗色の髪を一つに結え、のりの利いた白いブラウスに胸元のリボンタイ、黒のタイトスカート。軍人のようなセラとは対照的に、女性らしさを醸し出すキャリアウーマンを彷彿させるような女性。
「赤星……!」
完全に予想外だった。
まさかここに来て通信部のヤツが出て来るなんて、クロノは微塵も考えていなかった。
通信部とは、術師結社において通信連絡の仕事を中心に結社内の情報管理や伝達を受け持つ、いわば雑務係である。そして、一般人が使い手と同じ場所で働ける唯一の方法でもあり、そのトップである赤星とは、グラールに所属する使い手と対等に渡り合える、数少ない一般人なのだ。現場で命を削る彼らと比べれば幾分安全性の高い仕事ではあるが、使い手や魔導具の力にあてられ続けなくてはいけない別の意味の危険性がある。赤星のような魔力に耐性がある一般人など数えるほどしかいないので、現実には通信部はその八割が戦力外の使い手だったりする。
だが、そう。……いや、だからこそ。
次に立ちはだかった結社の人間が、あろうことか通信部のトップだとしても、目の前にいるのはただの一般人。セラや他の使い手と比べれば、なんてことはない。
例え、今すぐにも倒れそうな体調だったとしても、負ける理由など見当たらない。
警戒心を包み隠すことなく、クロノは目の前の女性を睨み付ける。
「やっぱり、予想通りだったわね」
今にも笑い出しそうな弾んだ声が響いた。
猜疑心の色を示す使い手の少年とは対照的に、通信部の女性は心底嬉しそうで。
クロノは表情を曇らせる。
嫌な予感がした。
無意識に彼は身構える。いざとなれば、赤星が何か起こす前に片付けるつもりだ。
予感通りだと告げた言葉が真実だとするならば、それに対する何らかの手段を考えていると思っても過言ではない。いや、相手は裏方専門の通信部の人間で、しかも戦闘能力を持たない一般人なのだ。そんな人間が表に出るくらいなのだから、セラか――あるいはそれぐらいの実力者を準備していてもおかしくない。
一層警戒心を強めたクロノに、呆れたように肩を竦める赤星。
そして、殺伐としたこの空気に似合わない微笑を浮かべる。
「ここまで彼女の安全を確保してくれてありがとう。……もう十分よ、〝黒羽〟くん」
「…………は?」
今、何と言った?
思わず、目の前の栗毛を見つめるクロノ。
聞き間違いでなければ後ろに庇った少女――ミントの安全確保がどうのこうの、と。
現状と、与えられた情報を元に置かれている状況を理解しようする。だが、どうにも上手く頭が回ってくれない。
口をついて出た言葉は、だいぶ筋違いなものだった。
「……何で今更、その名で呼ぶんですか」
「何のための暗号なのかしら」
意味がわからない。
お手上げだと言わんばかりに顔を手で覆うクロノ。
間違いなく彼女の狙いはミントの身柄だ、それは赤星自身が言っている。武器を構える素振りも持っている様子もなく、それどころか相手は全く警戒すらしていない。時間稼ぎの可能性も考えたが、いつまで経っても増援の姿も気配も感じない。相手の目的など探るだけ無駄だろう。常識では考えられないようなどうでも良い理由で行動している人間もいるのだから。
決定打は不安げに腕へ触れてくる少女の手だった。
まばたきを一つすると、改めて眼前を見据える。
クロノは目の前の女性を〝敵〟と捉えた。
射抜くように赤星を見つめる赤褐色の瞳。
そんな彼に気圧されるどころか受け流しているのは、さすが通信部のトップといったところだろうか。
彼女はクロノの殺意を気にすることなく、口を開く。
「神風が作ってくれた折角のチャンスなのに、残念だったわね」
突然。淡々と喋る女性の言葉が遠くに感じた。
満身創痍のところに使い慣れていない紋章術を連続使用したおかげで、疲労が限界を超えてしまったのだろうか。いや、そんな理由で倒れるようなヘマはしない。クロノの気付かないところに増援でもいたのだろうか。それにしたって紋章術はもちろん、誰の気配も感じない。
何が起こったのだろうかと考える頭も、霧がかかったようにぼんやりとする。
「まぁどんな形でも構わないわ。あのセラから無事に逃げられたんだもの」
クロノからの返事がないことを理解していながら、女性は淡々と言葉を続ける。
「今神風が来てくれるから、しばらく休んでいなさい。貴方たちはもう安全よ」
信用出来るか、と内心言い返す。
だが、そんな思いと裏腹に体は全く言うことを利かない。
重くなっていく体、遠くなる意識。
これから自分たちはどうなるんだろうだとか、そんなことを考えるより先に彼の脳裏によぎったのは、無愛想な銀灰色だった。
そう言えば約束、と古い記憶が掘り起こされそうになったところで、限界が訪れる。
「く、クロノさん……!」
どこか焦ったようなミントの声を最後に、クロノは意識を手放した。
艶やかな栗色の髪を一つに結え、のりの利いた白いブラウスに胸元のリボンタイ、黒のタイトスカート。軍人のようなセラとは対照的に、女性らしさを醸し出すキャリアウーマンを彷彿させるような女性。
「赤星……!」
完全に予想外だった。
まさかここに来て通信部のヤツが出て来るなんて、クロノは微塵も考えていなかった。
通信部とは、術師結社において通信連絡の仕事を中心に結社内の情報管理や伝達を受け持つ、いわば雑務係である。そして、一般人が使い手と同じ場所で働ける唯一の方法でもあり、そのトップである赤星とは、グラールに所属する使い手と対等に渡り合える、数少ない一般人なのだ。現場で命を削る彼らと比べれば幾分安全性の高い仕事ではあるが、使い手や魔導具の力にあてられ続けなくてはいけない別の意味の危険性がある。赤星のような魔力に耐性がある一般人など数えるほどしかいないので、現実には通信部はその八割が戦力外の使い手だったりする。
だが、そう。……いや、だからこそ。
次に立ちはだかった結社の人間が、あろうことか通信部のトップだとしても、目の前にいるのはただの一般人。セラや他の使い手と比べれば、なんてことはない。
例え、今すぐにも倒れそうな体調だったとしても、負ける理由など見当たらない。
警戒心を包み隠すことなく、クロノは目の前の女性を睨み付ける。
「やっぱり、予想通りだったわね」
今にも笑い出しそうな弾んだ声が響いた。
猜疑心の色を示す使い手の少年とは対照的に、通信部の女性は心底嬉しそうで。
クロノは表情を曇らせる。
嫌な予感がした。
無意識に彼は身構える。いざとなれば、赤星が何か起こす前に片付けるつもりだ。
予感通りだと告げた言葉が真実だとするならば、それに対する何らかの手段を考えていると思っても過言ではない。いや、相手は裏方専門の通信部の人間で、しかも戦闘能力を持たない一般人なのだ。そんな人間が表に出るくらいなのだから、セラか――あるいはそれぐらいの実力者を準備していてもおかしくない。
一層警戒心を強めたクロノに、呆れたように肩を竦める赤星。
そして、殺伐としたこの空気に似合わない微笑を浮かべる。
「ここまで彼女の安全を確保してくれてありがとう。……もう十分よ、〝黒羽〟くん」
「…………は?」
今、何と言った?
思わず、目の前の栗毛を見つめるクロノ。
聞き間違いでなければ後ろに庇った少女――ミントの安全確保がどうのこうの、と。
現状と、与えられた情報を元に置かれている状況を理解しようする。だが、どうにも上手く頭が回ってくれない。
口をついて出た言葉は、だいぶ筋違いなものだった。
「……何で今更、その名で呼ぶんですか」
「何のための暗号なのかしら」
意味がわからない。
お手上げだと言わんばかりに顔を手で覆うクロノ。
間違いなく彼女の狙いはミントの身柄だ、それは赤星自身が言っている。武器を構える素振りも持っている様子もなく、それどころか相手は全く警戒すらしていない。時間稼ぎの可能性も考えたが、いつまで経っても増援の姿も気配も感じない。相手の目的など探るだけ無駄だろう。常識では考えられないようなどうでも良い理由で行動している人間もいるのだから。
決定打は不安げに腕へ触れてくる少女の手だった。
まばたきを一つすると、改めて眼前を見据える。
クロノは目の前の女性を〝敵〟と捉えた。
射抜くように赤星を見つめる赤褐色の瞳。
そんな彼に気圧されるどころか受け流しているのは、さすが通信部のトップといったところだろうか。
彼女はクロノの殺意を気にすることなく、口を開く。
「神風が作ってくれた折角のチャンスなのに、残念だったわね」
突然。淡々と喋る女性の言葉が遠くに感じた。
満身創痍のところに使い慣れていない紋章術を連続使用したおかげで、疲労が限界を超えてしまったのだろうか。いや、そんな理由で倒れるようなヘマはしない。クロノの気付かないところに増援でもいたのだろうか。それにしたって紋章術はもちろん、誰の気配も感じない。
何が起こったのだろうかと考える頭も、霧がかかったようにぼんやりとする。
「まぁどんな形でも構わないわ。あのセラから無事に逃げられたんだもの」
クロノからの返事がないことを理解していながら、女性は淡々と言葉を続ける。
「今神風が来てくれるから、しばらく休んでいなさい。貴方たちはもう安全よ」
信用出来るか、と内心言い返す。
だが、そんな思いと裏腹に体は全く言うことを利かない。
重くなっていく体、遠くなる意識。
これから自分たちはどうなるんだろうだとか、そんなことを考えるより先に彼の脳裏によぎったのは、無愛想な銀灰色だった。
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