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第1章
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沈黙が訪れ、時計の針が時を刻む音だけが部屋に響く。
部屋は場違いに穏やかな空気に包まれた。
そんな雰囲気を壊したのは、ベッドに横たわる少女だった。
たった一言、控えめに問いかけられる。
「良いんですか?」
ミントが何を言おうとしているのか、それがわからない程クロノは鈍くなかった。
「良いんだ」
「でも……」
「俺にだってやることがある」
構っている余裕はない。
内通者の彼がどうなったのか、その弟が何を考えているのか。他人の事情に首を突っ込む義理など、それこそどこにもないのだ。クロノの知ったことではない。
少年はふと、親友の首元にあったエンブレムを思い起こす。
未だ健在なのか、すでに残党なのか。随分前に問いかけた時に、自分の目で確かめれば良いと突き放されたことがあった。青年なりの優しさなのか残酷さなのか、クロノは未だその真意を確かめられずにいる。確かなのは、グラールに吸収合併されていないことだけだ。
彼らが今どうなっているのか、クロノは何も知らない。
どうでも良いわけがない。心配じゃないわけでもない。
だが、気になるのは結社の現状でも、ましてや内通者たちの事情でもなかった。
いつだって、少年の気掛かりは、無愛想な親友だった。
彼が目的のためにどんなことでもするのなら、クロノだってやることは右に倣えだ。
だから、自分たちの目的を果たすことを優先した、それだけの話。
何てことはない、それが大切なものを守る最善の策なのだから。
冷たく突き放した少年の言葉を、少女はどう捉えたのだろう。
ややあって。
ミントは躊躇いがちに口を開く。
「それじゃあ、クロノさんは、何をするつもりなんですか?」
予想はしていた。
彼にしてみれば、クロノのことを教えてくれと言われた時には、すぐにでも聞かれると思っていたくらいだ。自分の過去を話すことの方が想定外だった。
何て答えようか、とクロノは視線を明後日の方へと向けて。
「…………」
少年は答えない。……いや、何も言えなかった。
それこそ、親友の手伝いです、で済む話ならどんなに楽だろうか。
自身の昔話をしたあとで、一体何と言えば辻褄を合わせられるのか。何より、この争奪戦に参加している者にとって自身の目的は、若さ故の黒歴史よりも重要機密である。おいそれと他人に話すことではないし、聞くことでもないような気もするのだけれど。……そもそも、それを元一般人の少女に話して何の意味があるのだろうか、と少年はぼんやりと考える。
逡巡の後、クロノは当たり前のように安全策を選んだ。
「聞いてどうするんだ?」
「え」
聞き返されると思ってなかったのだろう。
ミントは困ったように眉を八の字にした。
「だってクロノさん、目的は同じかもしれないって……」
――ああ、そんなこと言ったっけ。
その場しのぎに出まかせを言うものではないなと、少年はぼんやりと考える。
まさかこうも本気にされるとは思ってもいなかった。
当然のように誤魔化すことを考えていたクロノは、体に負担をかけない程度に息を吐く。
すり抜けていかないで、と少女が向けた縋るような目を思い返す。
その眼差しには、ひどく覚えがあった。
独りで抱えこむなよ、俺にも話してくれ。
……お前は、一体何をするつもりなんだ。
それは、かつて自分が親友へと向けたものと、全く同じ。
ただひとつ違ったのは、返ってきた答えだろう。
彼は躊躇いも迷いもなく言い切った。
それが、築いてきた信頼関係がそうさせたのか、争奪戦に対して無知故の行動だったのか、単にそういう性格だったからなのかはわからない。
だからこそクロノは、ミントの問いに対して何も言えなかった。
元一般人の少女に話して何の意味があるのか。
いや、使い手や結社とは無縁の世界で生きていたからこそ、意味があるのかもしれない。
随分絆されたものだとクロノは内心苦笑いを零す。
感化されたのは親友にか、目の前の少女にか。
それは、普段の彼なら絶対に有り得ない心境の変化だった。
内緒だよ、と無言で告げる女性が脳裏に浮かび、クロノは人差し指を口元に当てて、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「誰にも言うなよ?」
試すような意味合いもあったのかもしれない。
頭を疑いたくなるような、突拍子もないことを言われたら、無知で素直な少女は何とリアクションするのか。少し気になったのも事実だ。
今までのクロノを良く知るナツメやビビアンがこの場にいたら、目を丸くしていたことだろう。だが、言われた当の本人はそんなこと知る由もない。
こくりと小さく頷いて、無言で次の言葉を待つ。
「俺たちは、『七つの鍵で隠された至高の存在を破壊すること』が目的なんだ」
部屋は場違いに穏やかな空気に包まれた。
そんな雰囲気を壊したのは、ベッドに横たわる少女だった。
たった一言、控えめに問いかけられる。
「良いんですか?」
ミントが何を言おうとしているのか、それがわからない程クロノは鈍くなかった。
「良いんだ」
「でも……」
「俺にだってやることがある」
構っている余裕はない。
内通者の彼がどうなったのか、その弟が何を考えているのか。他人の事情に首を突っ込む義理など、それこそどこにもないのだ。クロノの知ったことではない。
少年はふと、親友の首元にあったエンブレムを思い起こす。
未だ健在なのか、すでに残党なのか。随分前に問いかけた時に、自分の目で確かめれば良いと突き放されたことがあった。青年なりの優しさなのか残酷さなのか、クロノは未だその真意を確かめられずにいる。確かなのは、グラールに吸収合併されていないことだけだ。
彼らが今どうなっているのか、クロノは何も知らない。
どうでも良いわけがない。心配じゃないわけでもない。
だが、気になるのは結社の現状でも、ましてや内通者たちの事情でもなかった。
いつだって、少年の気掛かりは、無愛想な親友だった。
彼が目的のためにどんなことでもするのなら、クロノだってやることは右に倣えだ。
だから、自分たちの目的を果たすことを優先した、それだけの話。
何てことはない、それが大切なものを守る最善の策なのだから。
冷たく突き放した少年の言葉を、少女はどう捉えたのだろう。
ややあって。
ミントは躊躇いがちに口を開く。
「それじゃあ、クロノさんは、何をするつもりなんですか?」
予想はしていた。
彼にしてみれば、クロノのことを教えてくれと言われた時には、すぐにでも聞かれると思っていたくらいだ。自分の過去を話すことの方が想定外だった。
何て答えようか、とクロノは視線を明後日の方へと向けて。
「…………」
少年は答えない。……いや、何も言えなかった。
それこそ、親友の手伝いです、で済む話ならどんなに楽だろうか。
自身の昔話をしたあとで、一体何と言えば辻褄を合わせられるのか。何より、この争奪戦に参加している者にとって自身の目的は、若さ故の黒歴史よりも重要機密である。おいそれと他人に話すことではないし、聞くことでもないような気もするのだけれど。……そもそも、それを元一般人の少女に話して何の意味があるのだろうか、と少年はぼんやりと考える。
逡巡の後、クロノは当たり前のように安全策を選んだ。
「聞いてどうするんだ?」
「え」
聞き返されると思ってなかったのだろう。
ミントは困ったように眉を八の字にした。
「だってクロノさん、目的は同じかもしれないって……」
――ああ、そんなこと言ったっけ。
その場しのぎに出まかせを言うものではないなと、少年はぼんやりと考える。
まさかこうも本気にされるとは思ってもいなかった。
当然のように誤魔化すことを考えていたクロノは、体に負担をかけない程度に息を吐く。
すり抜けていかないで、と少女が向けた縋るような目を思い返す。
その眼差しには、ひどく覚えがあった。
独りで抱えこむなよ、俺にも話してくれ。
……お前は、一体何をするつもりなんだ。
それは、かつて自分が親友へと向けたものと、全く同じ。
ただひとつ違ったのは、返ってきた答えだろう。
彼は躊躇いも迷いもなく言い切った。
それが、築いてきた信頼関係がそうさせたのか、争奪戦に対して無知故の行動だったのか、単にそういう性格だったからなのかはわからない。
だからこそクロノは、ミントの問いに対して何も言えなかった。
元一般人の少女に話して何の意味があるのか。
いや、使い手や結社とは無縁の世界で生きていたからこそ、意味があるのかもしれない。
随分絆されたものだとクロノは内心苦笑いを零す。
感化されたのは親友にか、目の前の少女にか。
それは、普段の彼なら絶対に有り得ない心境の変化だった。
内緒だよ、と無言で告げる女性が脳裏に浮かび、クロノは人差し指を口元に当てて、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「誰にも言うなよ?」
試すような意味合いもあったのかもしれない。
頭を疑いたくなるような、突拍子もないことを言われたら、無知で素直な少女は何とリアクションするのか。少し気になったのも事実だ。
今までのクロノを良く知るナツメやビビアンがこの場にいたら、目を丸くしていたことだろう。だが、言われた当の本人はそんなこと知る由もない。
こくりと小さく頷いて、無言で次の言葉を待つ。
「俺たちは、『七つの鍵で隠された至高の存在を破壊すること』が目的なんだ」
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