Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第1章

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 あんまり大声じゃ言えないけどな、と微笑するクロノ。
 その制服の袖口にある銀ボタンが既に外されているのを、ミントの目がじっと捉えていた。

 それは、鍵に秘められた可能性を全否定することとも言える。

 この世にある全結社を敵に回しかねない、究極の目的。
 要するに、争奪戦の勝者に与えられるはずの栄光を、ぶち壊してしまおうと言うわけだ。

 組織によってその形は様々だが、七つの鍵と言えば、大抵はその未知の力を生かそうとするのが普通だろう。それをあろうことか壊してしまおうなど、正気の沙汰ではないのは誰よりも彼自身が理解している。


「鍵を壊すんですか?」
「どうだろうな。『至高の存在』が破壊出来ないようなものだったら、鍵ごと壊すのもありかもしれないけど」
「じゃあ、その『至高の存在』って……」


 クロノは探るような視線を横顔で受けると、ふと思い出したみたいに呟く。


「神様かな」


 突拍子もない単語だった。
 呆気に取られたのか、口を噤んでしまったミント。
 クロノが気抜けしたような声で続ける。


「まあ、世界って言う人もいるし、歴史って呼ぶ人もいる。考えられないくらい昔から、あり続けてる存在だ」


 少なくとも、彼が目的を共にしていた結社では、そういう解釈がなされていた。
 何しろ、七つの鍵が一堂に会することが、それらが起動することが何を意味するかなんて、実際に目の当たりにしてみなければ知ることは出来ない。完全な未知だ。

 やってみないとわからない、と言ってしまっては芸がないが、鍵が人間かもしれないと言うイレギュラーな可能性が出てきてしまった以上、真相は尚更不透明だった。『至高の存在』が、クロノたちの予想を裏切るものであることも、十分にあり得るわけだ。


「俺がいた結社は、元々、魔導器を調査するのが仕事だったんだ」


 クロノは言葉を選ぶようにして、ゆっくりと打ち明けた。

 この世界には、七つの鍵以外にも魔法術にまつわるものがある。
 太古に失われた魔法術の記された魔導書。
 そして、その魔力を帯びた物品である、魔導具。
 一括りに魔導器と呼ばれるそれらは、七つの鍵に次いで重要視されている存在であり、彼等の結社は各地に眠っている魔導器の収集と調査を担っていた。
 だが、ある時、その中に七つの鍵に関して記されているものが発見された。
『かつて栄華を極めた文明』
『隠された至高の存在』
 滅亡した両者が、この世界にもたらす影響。
 魔導器にある断片的な記述を読み解いた彼等は、鍵と至高の存在が、人間にとっての脅威になり得ることを知った。

 それが、クロノたちの結社を七つの鍵の争奪戦へと本格的に参戦させたきっかけとなった。


「至高の存在は、この世界を引っ繰り返したり、時代をどうにか出来る影響力を持ってる。それが、俺たちの結社が行き着いた解釈かな」
「つまり、至高の存在は、人に悪影響をもたらすものなんですか?」
「まあ、古代文明を滅ぼしたとか、そういう記述があったらしいし」
「えっ?」
「神様か、核爆弾か、タイムマシンか……よくわからないけどな」


 よくわからないだの、らしいだのと他人行儀に語るには、あまりにも突飛な話。

 ミントは絶句しているようだった。
 話の大きさに付いてこれていないのか、だいぶ戸惑った様子だ。

 仕方ないことだろう。
 紋章術ですら最近になって無理やり会得させられたばかりなのに、いきなり世紀末の予言のような話をされても混乱するばかりだ。
 というより、普通は鼻で笑って聞き流すか、否定するくらいのことはするはずなので、その点でミントは、不可思議なくらい聞きわけの良い少女だった。


 ――霊商法とか、すぐ引っかかりそうだな。


 ツボでも売ってみるか、なんて真顔でとぼけた想像を浮かべているクロノだが、別に彼は詐欺を働きたいわけではない。
 むしろ、至高の存在に対する解釈が単なる思い違いならどんなに良いだろうと思う程だ。

 何せ、彼等の説が正しいとすれば、あらゆる結社が人間の手に負えない程の〝何か〟を巡って戦っていることになる。わざわざパンドラの箱を開けるために命を懸けているのだから、考えるだけで頭が痛くなるような悲劇だった。
 かといって、組織によって鍵に対する解釈は様々だ。
 説得を試みるのは無謀だろう。

 要は、争奪戦に参戦して、力尽くで奪い取るしかない。
 恐らくどの結社とも相容れない信条だ。敵は多い。万が一他組織と同盟関係を結ぶ機会があったとしても、目的だけは詐称しておかないと、仲間内で殺し合うことになりかねない。命がいくつあっても足りなそうだ、と彼自身も見果てぬ夢のような気がしてならないのだが。

 突然、静かな部屋にこもった雑音が響いた。
 制服のポケットで震えるものがある。
 微かな震動ですら疼痛を感じるクロノは、着信を告げているケータイを早々に黙らせた。


「もしもし」
『クロノくん。ボタンを勝手に外したらいけないよ。カリバーン唯一の通信部の人間と、連絡が取れなくなるんだから』


 自宅警備員の声音が聞こえてきた。
 思わず床を睨んだクロノ。
 ケータイ以外の通信機器を渡された一因が、何となくわかったからだ。


「内緒話が漏れたら困るからな。で、何の用かな」
『とりあえず、早く自分の部屋に戻ってくれるかい。二人同時だと、治癒の紋章術が上手く機能しないよ』


 治癒の紋章術。
 カリバーンは自宅警備員以外にも、そんな都合の良い紋章術の使い手を取り込んでいるのだろうか。


『借り物だよ。雇えば誰でも治す便利屋がいてね。まぁ、自然治癒力を高めるだけだから、大して役には立たないはずだよ』
「……じゃあ何で雇ったんだ」
『君は自分が怪我をしてることも忘れてしまったのかい? あぁ、頭でも打ってきたのかい?』


 それじゃあショック療法も試さないといけないのかな。
 至って真面目そうな声。
 クロノはわけあって腹も立たなかったので「今思い出せたから大丈夫だ」と返した。


「で、なんで本部なのに通信に頼るんだ。普通に話せるだろ」
『僕は、君と顔を合わせて話すつもりはないよ』
「俺だけなら良いけどな」
『………………』


 通信部が黙るな、とツッコミたかったクロノだが、相手をやり込めても仕方ないので不問に付すことにした。


「一言、言っておきたいんだけど」
『何だい?』
「たまには人に会った方が良い」


 長い長い、沈黙があった。


『余計なお世話だよ』


 通話が切られた。
 図星だった。
 恐らく、少年は機械越しでしか人と話さない人間なのだろう。
 いや、話せないの間違いか。
 ここに来てから一度も顔を合わせないのにも、頷ける。
 だからといって、一々ケータイを取り出さないで済むように通信機を服に取り付けさせるなんて、カリバーンは自宅警備員にずいぶん甘いようだ。
 まあ、もちろん緊急用の通信手段でもあるのだろうが。

 クロノは裾が掴まれていないことを確認して、ベッド脇からそっと立ち上がった。


「今のは?」
「ああ。早く部屋に戻れって、引きこもりが言ってた」


 クロノのぞんざいな言い草に、目を真ん丸くするミント。
 思えば、ここに運んできた直後より幾分か彼女が回復しているような気もしないでもない。


「今日は話はこれくらいにしよう」
「えっ、でも、わたし――」
「君の話は今度聞く。早く体を治して、やってほしいことがあるんだ」


 戦闘訓練だなんて言ったら傷の治りが遅くなりそうなので、さわやかにそれだけ言い残す。
 引き止められる前に部屋を後にした。

 クロノは扉を背に、傷に障らない程度のため息を漏らす。
 どうもおかしい。ミントに止められると、戦闘中だろうと負傷中だろうと、何だかんだでその場に引き止められる気がした。

 心理系の紋章術でも使ってるんじゃないか、などと考えながら、彼は隣室に引っ込んだ。
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