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第1章
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部屋に入ったクロノは、そのままベッドに倒れ込む。
どっと押し寄せる疲労に従い、そっと目を閉じたが。
眠れるわけがない。
治癒の紋章術とは要するに傷の治りを早くするだけの効果であり、骨折したクロノがあやかれる恩恵は、通常よりも療養期間が短くなる程度の効果だ。早く治るに越したことがないのは確かだが、何をどうすることも出来ない現状は、今の少年にとっては何よりの痛手だった。
こんなところで足踏みしている暇などないと言うのに。
そんな漠然とした焦燥感を覚えながらも、クロノはただぼんやりと視線の先を眺めている。
何をするでもなく目線を放った少年の脳裏には、先程の雑談が思い起こされていた。
使い手たちに、ひいては争奪戦に対してまったく無知な少女。何も知らない彼女は、突然語られた突拍子もない話に何を思ったのだろうか。鍵のことや『至高の存在』のことを、どう受け止めたのか。困惑顔で口を噤んだその裏ではどんな思考が行き交ったのか。……いや、裏を返せばそれは、何を思ってそんな現実味のない話を告げたのか、どんなリアクションを期待していたのか、彼自身が答えを見出せずにいる表れだった。
だからなのかもしれない。
真意を探ろうとしていた真っ直ぐな木苺色の視線を、クロノはやけに鮮明に覚えていた。
見透かすようなバイオレットとは違う、気遣うようなラズベリー。
また別の意味でやり辛い相手であるのは確かだ。
そこまで考えて少年は、はたと思考を止めた。
――そうだ、手紙。
思い出したのは、ジャケットのポケットに入れられたままの存在。
渡された時は他にやることがあったのと、今すぐ確認する必要はないと後回しにしていたのだが、今目を通しておいた方が効率的であるのは確かだ。どんなことが書かれているかわからない以上、このまま放置しておく理由もない。
少年はゆっくりと視線を巡らせ、自室に監視カメラ的なものが一切取り付けられていないのを注意深く何度も確認した。
そうしてから、そろりとポケットから手紙を取り出した。
開けた紙は普通葉書サイズくらい。走り書きの単語や矢印や丸印などが並ぶのを見るに、自身のメモ用に使っていたものをそのまま送り付けてきたのだろう。渡してきたのは本人ではなかったが、その文字は間違いなく無愛想な青年のもの。要点だけの文字列を幾つかの記号と二重線で装飾した文章、相変わらずな書き方だ。
手紙は苦手だと愚痴を零しながらも、必死に便箋に向かっていた中学時代の旧友の姿を思い出す。あの時の手紙は誰に宛てたものだったのか、とクロノはぼんやりと大して興味のないことを考えながら、少年は手の中にある紙へと無言で目を通す。
読み始めは若干の呆れを浮かべていたが、彼の表情は次第に険しいものになっていく。
目を疑ったクロノが何度読み返そうと、そこに書かれているのは信じがたいもので。
頭の痛くなるような乱雑なメモを読み解くに。
聖杯の化け物が黒羽とその連れを探している。狙いは連れ、そいつの期限が近い。
それ以外にもついでのように。鍵の開放、開けるために殺害、壊したのは聖槍。と書かれている。そして、何の意味があるのかわからない、『白雪姫』の文字。
上げられた煉瓦色の目、少年の眉間には皺が寄っていた。
争奪戦を繰り広げる使い手たちを、互いに腹を探り合う結社を、そして何より壮大な目的を持つ少年たちを嘲笑うかのように、呆気なく壊された鍵。しかも、それによって鍵のひとつが開いたときた。
壊されたのが例の赤頭巾以外で、その鍵も〝開けるために殺害〟と記されていたのなら、奪い合う七つの鍵はすべて人間なのかもしれない。偶然七つのうち二つだけが人間でした、何てことはないだろう。どうやら、この争奪戦で勝ち残るためには、鍵としての条件を満たした人間が死ななくてはいけないらしい。
聖槍――つまり、聖槍を象徴とする術師結社は、何らかの方法で捕まえた鍵を、リスクを恐れずに殺した、と言うことになる。そもそも彼らは鍵=人間だと気付いていたのだろうか。戦闘中に殺した相手が、偶然鍵だった可能性もある。
そうだ、とクロノは手紙を閉じて内ポケットに隠しながら思う。
争奪戦の中でうっかり殉職した使い手が実は鍵だった場合もあるだろうし、そもそも結社とは何の関係もない一般人の可能性だってある。病死や事故死などでも適応するのだろうか。例えば、寿命で死んだとしたら。
もしかしたら、古代の人はそれを狙っていたのかもしれない。
長引いた争奪戦の中で、偶然、全ての鍵が開く――。
これでは、勝者も敗者もない、悪戯に時間だけをかけた運試しだ。
考えていても答えはわからない。もっと、情報を集めなければ。
困り果てた様子で、少年は金髪をわしゃわしゃと掻いた。
どっと押し寄せる疲労に従い、そっと目を閉じたが。
眠れるわけがない。
治癒の紋章術とは要するに傷の治りを早くするだけの効果であり、骨折したクロノがあやかれる恩恵は、通常よりも療養期間が短くなる程度の効果だ。早く治るに越したことがないのは確かだが、何をどうすることも出来ない現状は、今の少年にとっては何よりの痛手だった。
こんなところで足踏みしている暇などないと言うのに。
そんな漠然とした焦燥感を覚えながらも、クロノはただぼんやりと視線の先を眺めている。
何をするでもなく目線を放った少年の脳裏には、先程の雑談が思い起こされていた。
使い手たちに、ひいては争奪戦に対してまったく無知な少女。何も知らない彼女は、突然語られた突拍子もない話に何を思ったのだろうか。鍵のことや『至高の存在』のことを、どう受け止めたのか。困惑顔で口を噤んだその裏ではどんな思考が行き交ったのか。……いや、裏を返せばそれは、何を思ってそんな現実味のない話を告げたのか、どんなリアクションを期待していたのか、彼自身が答えを見出せずにいる表れだった。
だからなのかもしれない。
真意を探ろうとしていた真っ直ぐな木苺色の視線を、クロノはやけに鮮明に覚えていた。
見透かすようなバイオレットとは違う、気遣うようなラズベリー。
また別の意味でやり辛い相手であるのは確かだ。
そこまで考えて少年は、はたと思考を止めた。
――そうだ、手紙。
思い出したのは、ジャケットのポケットに入れられたままの存在。
渡された時は他にやることがあったのと、今すぐ確認する必要はないと後回しにしていたのだが、今目を通しておいた方が効率的であるのは確かだ。どんなことが書かれているかわからない以上、このまま放置しておく理由もない。
少年はゆっくりと視線を巡らせ、自室に監視カメラ的なものが一切取り付けられていないのを注意深く何度も確認した。
そうしてから、そろりとポケットから手紙を取り出した。
開けた紙は普通葉書サイズくらい。走り書きの単語や矢印や丸印などが並ぶのを見るに、自身のメモ用に使っていたものをそのまま送り付けてきたのだろう。渡してきたのは本人ではなかったが、その文字は間違いなく無愛想な青年のもの。要点だけの文字列を幾つかの記号と二重線で装飾した文章、相変わらずな書き方だ。
手紙は苦手だと愚痴を零しながらも、必死に便箋に向かっていた中学時代の旧友の姿を思い出す。あの時の手紙は誰に宛てたものだったのか、とクロノはぼんやりと大して興味のないことを考えながら、少年は手の中にある紙へと無言で目を通す。
読み始めは若干の呆れを浮かべていたが、彼の表情は次第に険しいものになっていく。
目を疑ったクロノが何度読み返そうと、そこに書かれているのは信じがたいもので。
頭の痛くなるような乱雑なメモを読み解くに。
聖杯の化け物が黒羽とその連れを探している。狙いは連れ、そいつの期限が近い。
それ以外にもついでのように。鍵の開放、開けるために殺害、壊したのは聖槍。と書かれている。そして、何の意味があるのかわからない、『白雪姫』の文字。
上げられた煉瓦色の目、少年の眉間には皺が寄っていた。
争奪戦を繰り広げる使い手たちを、互いに腹を探り合う結社を、そして何より壮大な目的を持つ少年たちを嘲笑うかのように、呆気なく壊された鍵。しかも、それによって鍵のひとつが開いたときた。
壊されたのが例の赤頭巾以外で、その鍵も〝開けるために殺害〟と記されていたのなら、奪い合う七つの鍵はすべて人間なのかもしれない。偶然七つのうち二つだけが人間でした、何てことはないだろう。どうやら、この争奪戦で勝ち残るためには、鍵としての条件を満たした人間が死ななくてはいけないらしい。
聖槍――つまり、聖槍を象徴とする術師結社は、何らかの方法で捕まえた鍵を、リスクを恐れずに殺した、と言うことになる。そもそも彼らは鍵=人間だと気付いていたのだろうか。戦闘中に殺した相手が、偶然鍵だった可能性もある。
そうだ、とクロノは手紙を閉じて内ポケットに隠しながら思う。
争奪戦の中でうっかり殉職した使い手が実は鍵だった場合もあるだろうし、そもそも結社とは何の関係もない一般人の可能性だってある。病死や事故死などでも適応するのだろうか。例えば、寿命で死んだとしたら。
もしかしたら、古代の人はそれを狙っていたのかもしれない。
長引いた争奪戦の中で、偶然、全ての鍵が開く――。
これでは、勝者も敗者もない、悪戯に時間だけをかけた運試しだ。
考えていても答えはわからない。もっと、情報を集めなければ。
困り果てた様子で、少年は金髪をわしゃわしゃと掻いた。
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