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第1章
035
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「おいおーい、俺だけ置いてきぼりかあ。つれねぇな」
消え入る空間の残滓へ、噛み付くように漏らす青年。
ガンズが、焼け焦げて崩れた壁面を背に、煤けた頬を拭う。
無造作にはね飛び痛んだ白色の頭髪から横顔が覗いた。
クロノは無言でベルトのナイフを引き抜いた。
「よお、相棒。感動の再会だぜ? 無粋なもん出すんじゃねえよ」
口際から裂けるような笑い方。
切れ上がった瞳が、獣染みた獰猛さを湛えて、クロノを射抜く。
背後でミントが居竦まるのがわかった。
しかし、視線を向けられた本人はと言うと、微塵の動揺もなく赤銅色の眼光を強める。
煤混じりの血生臭い風に、クロノは表情を歪めた。
「……やりすぎだ、お前」
「なんだあ? 久しぶりに口利いたんだしよ。もっと芸のある挨拶してみせろっつーの」
間延びした口調。
恐らく、青年のジャケットを汚しているのは、返り血だろう。
崩落した瓦礫から拾ったのか、小さな金具のようなものを片手で弄びながら、ぐだぐだと話している。一般人や街を巻き込んだことに、何の疑いも感じていない。そんな態度だった。
クロノは吐き気がした。
無関係の人間のために憤慨できる程の良識は持ち合わせていない。
ただ、目の前の男が、自分と同じ紋章術の使い手で、同じ人間なのだということに、クロノは嫌悪感しか覚えなかった。
何を思ったのか、ガンズが下卑た笑いを深める。
「いつだったか忘れちまったけどよ。前に鍵の反応があったとこで、会ってるだろ、俺ら」
「…………」
「やっぱりか。わかっちまうんだよなあ。なんせ、俺と組んで最長記録を叩き出した相手だし」
さも楽しげに声を立てるガンズ。
その言葉だけを鵜呑みにすると、何だかんだで二人とも相性が良い、と言うような誤解を招きそうだが、無論そんなわけではない。クロノは、奴と組まされて三日と経たない内にノイローゼになったという使い手たちの話を、度々聞いていた。何が原因か何てことは考えたくもないが、多分、ガンズに異常者のきらいがあるためだ。やるかやられるかの戦闘を本気でゲームだと思っているし、モグラ叩きでも楽しむように人に向かって斧を振り上げる様子が、同行者にある種のトラウマを植え付けるのも頷ける。
だが、クロノに言わせれば、自分が最長記録なんて汚名を着せられたのは、他の使い手たちの堪え性がなさすぎただけだ。ましてや、彼は所属当時から現在に至るまで、グラールやそこでの仕事仲間に対して、特別な思い入れというものがなかった。
グラールも、その無頓着さを見込んで、ガンズという暴れ犬を押し付けてきたに違いない。
「あのよ。出来心で済まされんのは、過労で脱退なんつーバカみてぇな名目がある内だけだぜ」
そしてその異常者は、この期に及んで、裏切り者をグラールに戻らせたいらしい。
真正の馬鹿だ、とクロノは冷めた頭で思う。
それとも、ガンズは単純に、裏切り者がグラールによって公開処刑されるのを見たいだけなのだろうか。いずれにせよ、出来心で済まされるとは思えないし、ぶち壊した街中で言われても説得力の欠片もない。
とはいえ、初めから応じる気のない彼には何の関係もないことだが。
「わっかんねえかなあ。てめえ以外のヤツと組んだって、なーんも楽しくねえっつってんだよ」
「わからない」
「てめえと組んでてなにが楽しいかっつーとな――」
「わかりたくもない」
極寒の声音ではね付けたクロノ。
彼の異変に気付いたのか、後ろで黙っていたミントが、そっと歩み寄ってきた。
しかし、クロノはガンズを睨みつけたまま微動だにしない。
「……さっきから気になってたんだ。お前が持ってるそれは何だ」
クロノが示した、それ。
投げては受けてを繰り返していた金具を、ガンズが紙くずでも扱うように、ちらりと見やる。
「ああ? リアフェールの野郎が持ってたもんだけどよ」
「だから、それは何だって聞いてるだろ!」
「おいおい、なぁに怒ってんだあ? ただのペンダントじゃねえか。っつーか、写真入ってて使えねえぜ」
てめえ趣味変わったんじゃねえのか、といらぬ一言を付け足すガンズ。
だが、クロノの耳には恐らく届いていない。
ミントも、その横顔を見て事情を察したようだった。息を呑むような空気が伝わってきた。
「……それの持ち主は、どうしたんだ」
クロノの低い問いかけに、青年は渋々と顎でそっぽを差した。
半壊したリアフェール本部。
焦げ臭い室内の最奥で、瓦礫と血の海に倒れた人影を認めた。
動いていない。
血溜まりも広がってこない。
脈動が、止まっているのかもしれなかった。
「クソ弱ぇ雑魚だったぜ。俺と同じ属性だっつーのに、歯応えなさすぎて笑えもしねえよ」
唾でも吐き捨てるように言うガンズ。
虫を殺すより、感慨のない言い草に聞こえた。
クロノは、無意識にナイフを握り締める。
グリップが指に食い込むのを感じた。
殺意を抱いたわけじゃない。
握るものがそれしかなかったから、ただ無心に、そうしたのだ。
彼が覚えたのは、むしろ憐憫にも似た感情だったかもしれない。
そんな、と。
ミントが弾かれたようにガンズに顔を向ける。
「そんな言い方ってないと思います! 敵だからって、あなたは――」
震える声で言う彼女の前に、クロノが腕を伸ばす。
それ以上言うな、と沈黙で訴えた。
彼女はあのロケットの写真が誰なのか、その持ち主が目の前の男にとってのなんなのか。リアフェールとガンズの因縁までは、知らないのだ。知らなくていいのだと、クロノは思う。
「なあ、俺もさっきから気になってたんだけどよ、その女はなんだあ? てめえの女か?」
何も言わずにフォールディングナイフを握り直すと、クロノは刃先をガンズへと向ける。
くすんだ雪色の髪を揺らし、青年がゆらりと向き直った。
と、切っ先を見るなり、その口元が歪に吊り上がる。
「っはははは! おい、やんのかあ? 俺とやんのかよ、相棒!」
「どうせ見逃す気もないだろ。それに、お前を失って悲しむ奴はもういない」
体を捩じらせ、けたけたと大きな笑いを漏らすガンズ。
構わずに、クロノが一歩を踏み込もうとした、その時だった。
「――初めっからいねえんだよ。んなもん」
とち狂った笑みが消えた。
その手から、ペンダントが滑り落ちる。
ガンズは、地面に硬質な音を立てたそれを、躊躇いなく踏みつけた。
そして、別人のように静かな微笑を見せる。
「なあ。俺が勝ったら電話番号教えろよ、相棒」
殺しちまうから、意味ねえけどな。
場違いな台詞。
どこか空しげな笑いだった。
陽炎が立ち上る。
クロノの目前で、放たれた熱気が爆発を起こした。
消え入る空間の残滓へ、噛み付くように漏らす青年。
ガンズが、焼け焦げて崩れた壁面を背に、煤けた頬を拭う。
無造作にはね飛び痛んだ白色の頭髪から横顔が覗いた。
クロノは無言でベルトのナイフを引き抜いた。
「よお、相棒。感動の再会だぜ? 無粋なもん出すんじゃねえよ」
口際から裂けるような笑い方。
切れ上がった瞳が、獣染みた獰猛さを湛えて、クロノを射抜く。
背後でミントが居竦まるのがわかった。
しかし、視線を向けられた本人はと言うと、微塵の動揺もなく赤銅色の眼光を強める。
煤混じりの血生臭い風に、クロノは表情を歪めた。
「……やりすぎだ、お前」
「なんだあ? 久しぶりに口利いたんだしよ。もっと芸のある挨拶してみせろっつーの」
間延びした口調。
恐らく、青年のジャケットを汚しているのは、返り血だろう。
崩落した瓦礫から拾ったのか、小さな金具のようなものを片手で弄びながら、ぐだぐだと話している。一般人や街を巻き込んだことに、何の疑いも感じていない。そんな態度だった。
クロノは吐き気がした。
無関係の人間のために憤慨できる程の良識は持ち合わせていない。
ただ、目の前の男が、自分と同じ紋章術の使い手で、同じ人間なのだということに、クロノは嫌悪感しか覚えなかった。
何を思ったのか、ガンズが下卑た笑いを深める。
「いつだったか忘れちまったけどよ。前に鍵の反応があったとこで、会ってるだろ、俺ら」
「…………」
「やっぱりか。わかっちまうんだよなあ。なんせ、俺と組んで最長記録を叩き出した相手だし」
さも楽しげに声を立てるガンズ。
その言葉だけを鵜呑みにすると、何だかんだで二人とも相性が良い、と言うような誤解を招きそうだが、無論そんなわけではない。クロノは、奴と組まされて三日と経たない内にノイローゼになったという使い手たちの話を、度々聞いていた。何が原因か何てことは考えたくもないが、多分、ガンズに異常者のきらいがあるためだ。やるかやられるかの戦闘を本気でゲームだと思っているし、モグラ叩きでも楽しむように人に向かって斧を振り上げる様子が、同行者にある種のトラウマを植え付けるのも頷ける。
だが、クロノに言わせれば、自分が最長記録なんて汚名を着せられたのは、他の使い手たちの堪え性がなさすぎただけだ。ましてや、彼は所属当時から現在に至るまで、グラールやそこでの仕事仲間に対して、特別な思い入れというものがなかった。
グラールも、その無頓着さを見込んで、ガンズという暴れ犬を押し付けてきたに違いない。
「あのよ。出来心で済まされんのは、過労で脱退なんつーバカみてぇな名目がある内だけだぜ」
そしてその異常者は、この期に及んで、裏切り者をグラールに戻らせたいらしい。
真正の馬鹿だ、とクロノは冷めた頭で思う。
それとも、ガンズは単純に、裏切り者がグラールによって公開処刑されるのを見たいだけなのだろうか。いずれにせよ、出来心で済まされるとは思えないし、ぶち壊した街中で言われても説得力の欠片もない。
とはいえ、初めから応じる気のない彼には何の関係もないことだが。
「わっかんねえかなあ。てめえ以外のヤツと組んだって、なーんも楽しくねえっつってんだよ」
「わからない」
「てめえと組んでてなにが楽しいかっつーとな――」
「わかりたくもない」
極寒の声音ではね付けたクロノ。
彼の異変に気付いたのか、後ろで黙っていたミントが、そっと歩み寄ってきた。
しかし、クロノはガンズを睨みつけたまま微動だにしない。
「……さっきから気になってたんだ。お前が持ってるそれは何だ」
クロノが示した、それ。
投げては受けてを繰り返していた金具を、ガンズが紙くずでも扱うように、ちらりと見やる。
「ああ? リアフェールの野郎が持ってたもんだけどよ」
「だから、それは何だって聞いてるだろ!」
「おいおい、なぁに怒ってんだあ? ただのペンダントじゃねえか。っつーか、写真入ってて使えねえぜ」
てめえ趣味変わったんじゃねえのか、といらぬ一言を付け足すガンズ。
だが、クロノの耳には恐らく届いていない。
ミントも、その横顔を見て事情を察したようだった。息を呑むような空気が伝わってきた。
「……それの持ち主は、どうしたんだ」
クロノの低い問いかけに、青年は渋々と顎でそっぽを差した。
半壊したリアフェール本部。
焦げ臭い室内の最奥で、瓦礫と血の海に倒れた人影を認めた。
動いていない。
血溜まりも広がってこない。
脈動が、止まっているのかもしれなかった。
「クソ弱ぇ雑魚だったぜ。俺と同じ属性だっつーのに、歯応えなさすぎて笑えもしねえよ」
唾でも吐き捨てるように言うガンズ。
虫を殺すより、感慨のない言い草に聞こえた。
クロノは、無意識にナイフを握り締める。
グリップが指に食い込むのを感じた。
殺意を抱いたわけじゃない。
握るものがそれしかなかったから、ただ無心に、そうしたのだ。
彼が覚えたのは、むしろ憐憫にも似た感情だったかもしれない。
そんな、と。
ミントが弾かれたようにガンズに顔を向ける。
「そんな言い方ってないと思います! 敵だからって、あなたは――」
震える声で言う彼女の前に、クロノが腕を伸ばす。
それ以上言うな、と沈黙で訴えた。
彼女はあのロケットの写真が誰なのか、その持ち主が目の前の男にとってのなんなのか。リアフェールとガンズの因縁までは、知らないのだ。知らなくていいのだと、クロノは思う。
「なあ、俺もさっきから気になってたんだけどよ、その女はなんだあ? てめえの女か?」
何も言わずにフォールディングナイフを握り直すと、クロノは刃先をガンズへと向ける。
くすんだ雪色の髪を揺らし、青年がゆらりと向き直った。
と、切っ先を見るなり、その口元が歪に吊り上がる。
「っはははは! おい、やんのかあ? 俺とやんのかよ、相棒!」
「どうせ見逃す気もないだろ。それに、お前を失って悲しむ奴はもういない」
体を捩じらせ、けたけたと大きな笑いを漏らすガンズ。
構わずに、クロノが一歩を踏み込もうとした、その時だった。
「――初めっからいねえんだよ。んなもん」
とち狂った笑みが消えた。
その手から、ペンダントが滑り落ちる。
ガンズは、地面に硬質な音を立てたそれを、躊躇いなく踏みつけた。
そして、別人のように静かな微笑を見せる。
「なあ。俺が勝ったら電話番号教えろよ、相棒」
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