Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
37 / 97
第1章

036

しおりを挟む
 爆風が巻き上がったと同時――。
 膨れ上がった熱が一瞬にして冷却される。
 凍りついた光と熱は、凝縮していく自身の圧迫に耐え切れず音を立てて砕けた。

 氷の欠片が散るその奥で、ガンズは愛用の戦斧を構えた。

 向けられた刃は錆びたような赤黒色がこびりついており、それを塗り替えるように真新しい赤黒色で染まっている。切れ味が悪くなるのは明白なのに血染めの戦斧をそのまま放置しているのは、彼が馬鹿だからでも無頓着の骨頂だからでもなく、そもそも斧は叩き切って使う物であり、それを元に考案されたガンズ流の使用方法は、ただ刃を叩き付けるだけである。
 斧本来の重さとそれに掛かる重力加速による、恐ろしい重量で落ちてくる切れ味が悪くなった鋭利な刃。大樹は無理でも、人間ならばその一撃で間違いなく真っ二つだ。

 ガンズの出方を窺いながら、クロノは背後で竦み上がっている少女に声をかける。


「こいつは俺がやる」
「え……」
「だから、怪我人は任せた」


 彼女が何とか出来る程度の怪我人がいるとは思えない。それに、ここには怪我人よりも殉職者の方が多いだろう。要は、ミントをこの場から遠ざけられるなら、理由は何でも良いのだ。

 クロノはミントの返事を待たずに切っ先を向けたナイフのグリップの先端にもう片手を添える。同じように、ガンズは戦斧を持っていない手をクロノに向けて伸ばした。


「行け!」


 掛け声と同時。
 空中に現れた氷の飛礫がガンズに襲い掛かる。
 だが、その飛礫は当たる直前で熱風によって溶けた。


「忘れたのかぁ、相棒。水系統は火系統に弱いってなぁ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」


 視界の隅ではミントがリアフェールの人たちに声をかけていた。


 ――これで心置きなく戦える。


 クロノはナイフを逆手に持ち、その切っ先を地面に向けた。


「火系統が水系統に弱いんだろ」


 同時にガンズの足元に現れた氷が空へと伸びる。
 青年を閉じ込めた氷柱は、次の瞬間には昇華して蒸気となる。


「っは、芸のない奴だな!」


 歪んだ笑みを浮かべたガンズ。
 ……と、蒸気の奥で何かが光を反射した。

 クロノは懐に飛び込むと、構えたナイフをその脇腹に突き刺そうとした。
 だが、同時に振り下ろされようとしていたガンズからの反撃に、ナイフが刺さる直前に腕を振って真横に一閃させ、間合いをとる。
 ナイフはガンズの腕を浅く切り裂いた。
 鈍く重くコンクリートをえぐった戦斧を青年の血が伝い、そのまま地面を汚した。その血を弾くように戦斧を振りかぶったガンズは、その間合いを一瞬で詰める。
 熱が光を纏って火となり、少年の逃げ道を塞いだ。

 確認するように辺りを見回したクロノはそのまま周囲の温度を氷点下まで冷やす。冷たくなった空気を一気に凝固させて凍らせると、その氷塊で火の壁もろともガンズを吹き飛ばした。
 完全に不意打ちだったらしく、氷塊が腹に直撃したガンズは滑るように地面に転がった。


「紋章術が互角なら、お前なんかに負けるかよ」


 言いながらクロノはナイフのグリップを握り直す。
 クロノは病み上がりだが、ガンズよりは万全な状態だろう。冷静に考えて、真っ当なタイマンならばクロノに負ける要素はない。だが、正直、勝てる要素もなかった。
 どんなに攻撃と残虐性に特化し、ついでに有り余る体力を持つガンズの攻撃も、当たらなければ意味がない。一方、彼が持つナイフでも致命傷を与えることは可能だが、ガンズが相手ではその行為は両刃になってしまう。致命傷は、負わせてから死ぬまでに幾分かのインターバルがある。ガンズはその間大人しく死を待つような人間ではないので、致命傷を負わせた瞬間にクロノは一撃死の効果を持つ斧の餌食になる可能性が高い。

 だからと言って、ここでミントに手伝ってもらえば彼女を下がらせた意味がなくなる。
 というのも、勝率が高いはずの二対一をクロノが選ばなかったのは、ミントを参加させたらガンズは間違いなく彼女を先に殺すだろうと踏んでいるからだ。クロノ自身も、ガンズ相手に誰かを守りながら戦える程の余裕はない。
 紋章術どころか戦況も互角、なのが現在の状況だ。

 ガンズが戦斧を支えに起き上がるのを、冷たい目で見やるクロノ。


「おいおいおい。戦いながら考え事なんて、随分余裕じゃねぇかよ?」


 ゆらりと、ガンズの周囲が揺れる。
 あまりの高温に、陽炎が発生したのだ。


「あーぁ。本当は使うつもりなんてなかったんだぜ? こんな街中でこの技なんてよぉ」


 目の前が立ち上る高温でぐにゃりと歪む。
 急激に集められていく熱気。
 それはもはや、呼吸するだけで肺が疼痛を訴えるほどのものだった。


 ――加減する気はなしか。


 寄り集まった焦熱が、ぎらついた光を帯び始める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白き魔女と黄金の林檎

みみぞう
ファンタジー
【カクヨム・エブリスタで特集していただきました。カクヨムで先行完結】 https://kakuyomu.jp/works/16816927860645480806 「”火の魔女”を一週間以内に駆逐せよ」 それが審問官見習いアルヴィンに下された、最初の使命だった。 人の世に災いをもたらす魔女と、駆逐する使命を帯びた審問官。 連続殺焼事件を解決できなきれば、破門である。 先輩審問官達が、半年かかって解決できなかった事件を、果たして駆け出しの彼が解決できるのか―― 悪しき魔女との戦いの中で、彼はやがて教会に蠢く闇と対峙する……! 不死をめぐる、ダークファンタジー! ※カクヨム・エブリスタ・なろうにも投稿しております。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...