Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第1章

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 鎌と重剣が、吹雪の中鈍い音を響かせる。

 シグドがこの空間を支配しているからなのか、風は彼にとって有利な方へと吹いている。
 この吹雪の中では紋章術が使えない。
 その事実を、セラは身を持って理解させられた。

 目の前の青年が出現させたこの空間に閉じ込められたと同時、鎌が纏っていた闇が霧のように消えたのだ。常に紋章術中心で戦ってきた使い手たちはその現実に動揺し、そのまま殺された。それも仕方ないことだとセラは思う。

 何しろ、本来使い手が紋章術の他に武器を使うのは、自身への負担を少しでも減らすためである。だが、どう言うわけか、クロノを始めとするリアフェールの使い手は紋章術よりも武器での戦闘を主にしていた。だから目の前の青年以外は呆気なく前線から撤退し、紋章術で戦うグラールの方に流れは向いていた。このまま一気に勝利へ持ち込むべく、防衛の要である音の紋章術師に畳み掛け、彼女に致命傷を負わせ戦闘不能にした直後。
 戦況は一変した。


「くっそ」


 極北を思わせる雪原の中で戦える状態であったのは、セラとガンズの二人だけ。
 だが、そのガンズも反逆者であるクロノとの戦いで死んだ。

 ――私一人でも問題はない。

 セラは元々、自身の紋章術は武器の強化補助にしか使用しない。だから、紋章術が使えなくとも、大した問題にはならない。その事実が、このような不利な状況でも彼女を戦わせる原動力になっている。そして、〝紋章術師〟であると言う自負と実力が、それを後押ししている。

 一瞬、青年が視線を逸らした、気がした。
 振り下ろされる重剣の猛攻を上手く避けながら、セラは先程の彼の視線を追う。
 その先にいたのは、音の紋章術師。

 ミラノのことをセラは知っていた。
 彼女には他者と決定的に違う部分がある。使い手としては致命的な欠陥のあった彼女が、今では〝鍵〟扱いをされているのだ。常に行動を共にする青年が何かをしたのは明白だ。
 だが、何をしたのか見当が付かない。


「考えごととは、ずいぶん余裕だな」


 言葉と共に乱暴に、真横に薙ぎ払われた重剣。
 セラは舌打ちと共に青年との距離を大きく開ける。

 彼が使用する重剣のリーチは長い。大剣のような剣幅はないが、同等かそれ以上の重さはあるだろう。その細身で片手に一本ずつ携えて振り回せるのがセラには不思議だったが、その点で言えばガンズを始めとする好戦的な使い手は総じて同じようなものなので、そう言うものなのだろうと割り切っている。
 青年は剣を持っていない方の手を、まるでもう片方の重剣で追いかけるように振った。


「何を――」


 バカなことを、と続くはずの言葉は途切れ、セラは横へ飛んでいた。

 雪の上を滑る彼女は、先程まで自分のいた場所へと雪崩れ込む白い塊を見る。
 あれに襲われたらひとたまりもなかっただろう。
 雪の危険さを再確認し、セラは内心舌打ちする。

 直後、ふと感じた殺気に、そちらへ身構えようとして。
 眼前に迫る鈍色の切っ先を捉えた。


「ちっ」


 飛び散った真新しい赤が、白い雪を彩る。
 セラは咄嗟に身を捩ることで斬り落とされるのは避けたが、二の腕が深く抉られた。
 大きく振り切られた重剣、青年は更にもう一歩踏み込む。
 二撃目が来る、と鎌を構え防御態勢をを取ったセラだったが。
 シグドは回し蹴りの要領でセラを蹴り飛ばした。


「っ」


 いや、蹴り倒した、と言うべきだったかもしれない。
 勢い良く雪原に叩き付けられたセラは、くぐもった息を吐いた。

 だが、ややあって、彼女はすぐに起き上がった。

 意識はまだ飛んでいない、飛ばすわけにはいかない。
 セラはぐらぐらする頭を、その強靭な精神力で抑え付けた。頭が上手く回らないのは高濃度の魔力にあてられたか、血を流し過ぎたのか、先程の衝撃のせいか。理由など些細なことだ、何であろうと構わなかった。
 鎌を支えにして、眼前の銀髪を睨む。


「さすが、聖杯の化け物だな」


 大して感動した様子もなく青年は呟いた。
 無感情な菫色からはその真意が窺えない。
 と、彼は時折向けていた視線の先へ、無造作に腕を伸ばした。


「剣を返せ。とっとと終わらせる」


 シグドの目がそちらへ向けられると、セラもその視線を追った。
 最初に視界に飛び込んできたのは、目を引く鮮やかな金髪、……クロノだった。彼の傍らには、何とも言えない表情を浮かべる萌葱色の髪の少女。あの時、少年がセラに――結社に反旗を翻してでも庇った、実験体だ。

 だが、青年の深紫色が捉えたのは少年たちではない。
 その目線の先にあるものが何なのか、確認するまでもない。
 もう片方の重剣を持つ、ミラノ。
 セラは、内心舌打ちをした。
 それにどういう意味合いが含まれていたのか、当の本人にも理解出来ていなかった。

 ミラノは、持っていた重剣を下手投げで転がすようにして投げた。
 雪の上を滑るようにして、それは彼の足元で止まる。
 シグドが無言で足元の重剣を拾い上げた。
 先程まで吹き荒れていた風ももう穏やかで、突き刺さるような冷気だけが残っている。


 もう、雪は止んでいた。


「ひとつ答えろ」

 静かにセラは問いかけた。







「なぜ、そいつは今も生きている? お前は一体……」


 その言葉に、怪訝そうに眉をひそめたのは誰だったのか。
 深い意味合いを含んだその問いにどんな意図を込めたのか。途切れた言葉の続きは何を言わんとしていたのか。セラの鋭い眼光を睨み返すシグドはそれをどう受け取ったのか。
 クロノはただ口を挟むことなく、成り行きを眺めていた。

 しばしの無言。
 沈黙を破ったのはシグドだった。


「俺と、ミラノが、人魚姫の鍵だ」


 彼は回答にどんな意味を隠したのだろう。
 額縁通りだけではない、何か含みのある言葉に思えて仕方なかった。
 だが、そんなクロノと対照的に、セラは嘲笑を零す。
 彼女の青白い手が、鎌の柄を強く握りしめていた。

 嫌な沈黙が流れた。
 静寂だけがうるさい空間を裂くようにシグドは重剣を構える。
 得物を支えに立っている術師は、もはや対峙する程の気力も残っていないようだ。
 抵抗がないことを認めた青年がおもむろに自身の得物を振り上げた。

 だが、その刃はセラに触れることなく雪上へと下ろされる。


「…………何の用だ」


 シグドの声が鋭く問いかける。
 だが、その目線は未だにセラへと向けられたまま。
 クロノが辺りを見回そうとした直後、聞き慣れた声が直接耳に響いた。


「その人を殺すのは、貴方じゃないわ」


 それはいつも通信機越しに聞いていた声。
 ただし、携帯電話や遺言用のボタン通信機を常日頃から推奨する姿すら見た事のない自宅警備員のものではない。


「貴方じゃなくて、〝龍牙〟よ」


 その言葉の直後。
 クロノは視界の隅でセラの背後に、目を惹く朱色が現れたのを見た。
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