Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第1章

050、少女の決意

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 それから数時間後――。


 聖剣を象徴とする術師結社の本屋敷にひとつだけある、広々とした部屋。
 そして、その中央に置かれた円卓。
 そこに設置された十三ある椅子のうち、埋まっているのは半分以下。カリバーンのメンバー全員、ただし姿を見せない通信部以外が、この場所――会議室に集った。

 普段ならば、物珍しげに周囲を見回すミントだが、今回ばかりはそんな余裕がなかった。
 唯一の入口から一番遠くの席、つまり最も上座を『一』と考えて時計回りに十三まで番号をふったとして、『一』に陣取るエイレンや『十二』に腰を下ろしたビビアンはもちろん、窓枠によじのぼって足をぶらぶらしているナツメや、『七』に腰かけて面倒そうに頬杖をついているクロノですらも、この厳粛な雰囲気に慣れた様子だ。

 この空気に場違いなのではないかと感じているミントは、クロノとの間にひとつ席を開けて『五』に着席し、まるで呼び出しを受けた生徒の様な居心地の悪さと不安の混じった表情で膝の上の拳に視線を落としていた。


「この部屋を使う日が来るとは思わなかったわ」
「ここまでメンバーが増えたことが珍しいもんねー」


 物思いにふけるようにビビアンがぽつりと呟けば、ナツメがからかうような声を上げた。二人の会話に耳を傾けるも興味がないのか、クロノはノーリアクションだ。
 咳払いをひとつして、エイレンが口火を切る。


「クロノ。お前に聞きたいことがある」


 緩みかけた空気を引き締めるようなエイレンの言葉。
 その一言に、ビビアンは口を閉じ、ナツメは近くの席である『三』に座る。ミントはゆっくりと顔を上げた。
 ただ一人、名指しされたクロノだけは、相変わらず気怠そうな雰囲気のまま、目の前に座る男性を鬱陶しそうに見た。


「あの青年とは、コタツとミカンの関係なんだな?」


 それは、肯定を求める言い方だった。
 相変わらずのエイレン独特な言い回しだったが、誰も茶々を入れることはなかった。


「それを確認するためにわざわざ呼び出したのかな?」


 全員の視線を一身に受けて、あろうことかクロノは不敵に返した。
 反抗的ともとれる態度だったが、不思議なことに誰も彼の言動を咎めることも、口を挟むこともしない。ビビアンとナツメは成り行きを、行きつく先まで見守る心構えなのだろう。
 少年は背もたれに寄り掛かり腕を組むと、挑戦的にエイレンを見やる。


「じゃあ逆に聞くけど、そういうあんたはどうなんだ?」


 エイレンが言わんとしていることは理解しているらしい。
 だからこそその言葉は、青年に対して最も効果的な切り返しでもあり、同時にリーダーの質問に答えるつもりがないことも意味している。挑発的な眼差しと物言いのクロノは、本来のふてぶてしさを発揮しているのだろう。まるで、今にも机の上で足を組みそうな勢いだ。

 対するエイレンは、どうしたものかと困惑した様子で、眉を八の字にしている。
 互いに相手の出方を窺っているのだろう、沈黙が続く。
 先に口を開いたのは、無言にしびれを切らした少年だった。


「そっちに話すつもりがないなら、俺も話すことはない」


 フェアで良いだろ、と彼は言った。
 否定も反論も突っぱねて少年ははっきりと言い切った。
 表情を曇らせたエイレンが、明らかな反抗態度を見せる少年に対して、それでも強く出ようとしないのは、ひとえに彼の性格なのだろう。


「…………」


 二人のやりとりを聞きながらミントもまた困惑していた。
 鮮やかな金髪を見つめる少女は、少年の話を思い出していた。

 それは、『赤頭巾』との戦闘で満身創痍だった彼が語ってくれた話。
 友だちを孤独にさせないために紋章術の使い手になったこと。
 まるで夢物語のような彼らの目的。
 その話題になっていた友だちが、あの銀髪の青年を示すのは間違いない。

 ならば、何故クロノは、ミントには話してくれたのだろうか。
 彼の不調を狙って、約束を口実にせがんだのは事実で。あの時じゃなければ、綺麗にはぐらかされることがわかっていたからこそ出た手段だった。ずるい方法だと理解した上で問いかけて、そして、彼もそれを承知で答えてくれた。
 約束だからで簡単に片付けられない程、いろんなことを話した。
 驚く程素直に、大切なことを話してくれたのだ。

 普段の彼ならば、今みたいに明らかな拒否を示すまではしなくても、素直に答えないことは容易に想像出来る。それとなく話題を逸らすくらいのことは当たり前のようにやってのけるだろう。実際彼は、ミントの問いに対しても、最初は別の話題を引っ張り出して核心から話を逸らそうとしていたのだから。


 だが、それは何も自身の話題を嫌う少年に限った話ではない。今、自分たちが置かれている状況を考えれば、慎重になるのは当然だ。どのような情報が、後に自らの首を絞める凶器になり得るかわからないのだ。迂闊なことは言えない。
 だからこそミントは戸惑っていた。
 何を思って、彼は自分たちの目的を語ったのだろうか。

 すいと細められた赤褐色。
 少年の挑発的な眼差しの奥に見え隠れしている感情は、〝元研究員〟の肩書を持つ医者に向けていたものと同じだ。警戒心と猜疑心。
 クロノはカリバーンと言う組織を信用していない。
 この会議室を包む沈黙が、何よりもそれを強調していた。


「話がそれだけなら、俺は帰らせてもらいたいんだけど」


 そう告げた少年の口調は、拒絶にしてはあまりにも柔らかかった。
 同じ言葉を口にした青年のそれと比べると、友人知人に対して使うような軽さがある。まるで、忘れ物をしたから貸してくれと頼むような言い方だ。

 ここに来て、エイレンだけでなくビビアンとナツメの表情も曇った。
 クロノはそう言う人間だ、とミントは思う。

 少年は、それが最善だと思ったのなら自身の感情ですら殺せる。そこに他人に理解出来ないような葛藤があったとしても、それを表には出さないことに長けているのだ。
 踏み込もうとしない代わりに踏み込ませもしない。
 それはきっと、クロノが使い手として生きるために身に付けた術なのだろう。


「ま、何でも良いじゃん」


 場違いな明るい声が会議室に響く。
 ナツメだ。


「レンレンがどう思ってるかは知らないけど、『人魚姫』たちは敵じゃないみたいだし」


 ツインテールをぴょこんと揺らして、彼女はクロノに味方した。


「だ、だが、怪しいことに変わりはないぞ!」
「それでもさ、クロノ君が上手く取り合ってくれたじゃん、味方には引き込めなかったけど敵でもない。今はそれで良いと思うけどね」


 ナツメの発言は的を射ている。
 成功とは言えないが、引き分けで終われたのだ。青年の性格やあの時の言動を考えれば、その結果は彼らの関係性がなければ不可能なものであったことは言うまでもないだろう。


「そうね。彼らに関して今は様子見にしておくべきでしょうし、それに、後回しでも良いようなクロノくんの身辺よりも、今は鍵の方が最優先事項じゃないかしら」


 続いて、ビビアンが口を挟んだ。
 発言こそはクロノを擁護しているようだが、決して少年の肩を持ったわけではないらしい。彼女は言外に「満足したかしら」とエイレンを咎めている。くだらないことに時間を使うなと言いたげな様子だ。

 二人からの反論は想定外だったようで、言葉に詰まらせたエイレンは、困った様子でしょんぼりとし始めた。
 そんな青年を気に留めず、ビビアンは更に言葉を重ねる。


「少し前に入った情報よ。『白雪姫』と呼ばれる鍵が開いたらしいわ」


 どういうことだろう、と首を傾げるミント。
 対照的にクロノが僅かに表情を曇らせる。
 ナツメの目が一瞬だけ焦燥を映し、ビビアンは顔を強張らせていた。


「貴方たちも、鍵が人間だってことはもう知ってるわよね?」
「まあ『赤頭巾』の件もありましたし」
「『白雪姫』の件、クロノ君は知ってるんじゃないかな」
「あら、そうなの?」
「セラちゃんが『人魚姫』にその話してたからね」
「なら話は早いわ」


 ビビアンは、少年少女へ交互に向けていた目線を、ミントに固定した。
 ごくりと固唾を飲んでミントは続きを待つ。


「鍵を開けたのはガエブルグよ、……『白雪姫』の鍵を殺してね」


 淡々と告げられた情報。
 同時に、彼女の手から机へと何かが転がり落ちた。
 誰よりも最初に興味を示したのは、クロノだった。


「エンブレム、か」
「ええ、聖槍ガエブルグのものよ」
「ビーってば、どこでこれを手に入れたのさ?」
「それは――」


 好奇心で問いかけたナツメに答えるビビアンの言葉は、もうミントには届いていない。

 それはそうだった。
 本物と似て異なる模造品とは言え、ミントもまた鍵と関わりがある存在だ。彼女にとって『白雪姫』が殺された事実は、他人事で済む問題ではない。もし、本当に鍵を開けるために殺されなくてはいけないのなら、『赤頭巾』と呼ばれたあの少年も同じ運命を辿るのだろうか。それならば、鍵の模造品と呼ばれる少女自身にも、その可能性があるのかもしれない。

 そんな答えのない疑問がミントの頭の中でぐるぐると回っていた。
 答えも正解もわからない、果てのない問題。
 それを振り払うようにミントがふいと頭を振った時だ。


「……!」


 ビビアンが机に転がしたエンブレムが、目に飛び込んできた。
 ハッと顔色を変えた少女に目敏く気付いたのは、隣の隣に座る少年だった。


「どうした?」
「あの、これは、一体……」


 ミントが凝視しているエンブレムは〝槍〟を象ったもので。


「術師結社ガエブルグのエンブレム。さっきビビアンが言ってただろ」
「そう、ですか……」


 それは少女が見たことのあるものだった。


 ――どうして? だってこれは……。


 だが、足りない。
 確かにそれは少女が知っているものと同じようが、少女が知っているものには、もうひとつ象徴が施されている。
 瓜二つのエンブレム。それは違うものかもしれない。けれど、無関係ではないはずだ。
 欠けているだけなのか、それとも意図的に削られたのか。


「……」


 ミントは視線を膝に落として、ポケットの中にあるものに触れる。
 それは、ずっと肌身離さず持っている形見で、今では不安な時に勇気をもらうお守りのようなものになっていた。

 どうすれば良いのかわからない。
 何をするにしても、少女はあまりにもこちら側のことに疎かった。出来ることと言えば金髪の少年に頼ることぐらいで。けれど、彼に頼り切ることには抵抗があるのも事実だ。
 信頼していないわけではない。けれど、彼に打ち明けるには、余りにも拙すぎるのだ。
 曖昧な情報や継接ぎの記憶を話したところで、帰って来るのは少年の怪訝そうな眼差しだけだってことは、あの砂漠で立証済みだ。無下にあしらわれることはないだろうけれど、それは逆に言えば意味不明な情報で彼を混乱させる可能性があると言うことで。

 負担になってしまうのではないだろうかと、そんな思いが少女に二の足を踏ませていた。


 何をしたいのか、何をするべきなのか、何もわからない。
 ミントは追い詰められたウサギのような表情を浮かべていた。
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