Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
54 / 97
第1章

053

しおりを挟む
 何かあるまで待機。


 ガエブルグがどう動くかわからない以上、事が起きてからじゃないと対応しようがない現状では仕方ないのだが、相手は後先考えずに鍵を破壊した程の組織だ。何かあってから遅いのではないか、とクロノは思う。
 現時点で判明している情報によれば、鍵と呼ばれる存在は、紋章術を無効化する異空間を展開させるだけでなく、再生能力もかなり高いらしい。それが致命傷にも当てはまることは、ミラノが身をもって証明しているらしいので、争奪戦に置いて鍵と言う存在はチートに近いものだと解釈して間違いはない。

 ガエブルグは、そんな相手を殺そうと思い至り、そして実行した組織だ。どのような手段を用いたかはわからないが、それ程の戦力を有しているのか、それとも、何か特別なものでも所持しているのか。どちらにせよ、少しでも多くの情報が欲しいところだ。
 なるべくならガエブルグと関わらずに済む方法を取りたいのは事実だが、互いに鍵を求める組織だ、彼らとの接触は避けては通れないのだろう。
 旧友に言わせれば、鍵に関する人体実験を探れば行きつく組織でもあるようだし。


 これ以上ここにいても得るものがないので、さっさと出て行こうとするクロノだったが。
 呼び止める声があった。


「………………あの」


 控えめな声だったが、会議室には良く響いた。
 話し合いを続けていたエイレンとビビアン、そして、部屋の扉を両手で押し開けたナツメが声の主へと視線を送る。
 もちろん、クロノもミントへ赤褐色の目を向けた。


「今のうちに伝えておきたいことがあるんです」
「どうした! 何でも聞くぞ! 遠慮するな!」


 誰よりも早く答えたのは、目を輝かせながら立ち上がったエイレンだった。
 だが、そう言われた本人はエイレンだけでなく円卓もその視界の隅においやる。
 ゆっくりと、ミントはクロノへと視線を向けて。


「良いですか? ――ナツメさん」


 その目線はクロノを通り過ぎ。
 入口近くに立っているナツメへと真っ直ぐ向けられた。


「ミントちゃんからのお願いなら大歓迎だよー」


 抜け駆けごめんねー、とナツメがエイレンへ当てつけがましく続けた。
 そして、エイレンが「くそぅ」とお笑い芸人ばりのリアクションで机を叩く。
 普段ならばそんな赤毛に何かしらの反応を見せるはずのビビアンは驚く程の無反応だ。そんな彼女へ視線を向ければ、対して興味がなかったらしく、悔しがるエイレンを冷たい目で見ながら部屋を出る支度をしていた。
 恐らく、ガールズトークか何かと判断のだろう。

 奇しくもクロノも同じような解釈をしていた。
 それ以外に、紋章術師と言う存在に対して必要以上の警戒と怯えを見せるミントが、紋章術師であるナツメと交流を持とうとする理由が思いつかないのも事実だ。元一般人が紋章術師相手に取引や何かを持ち掛けるとも思えない。
 クロノはナツメの横を通り過ぎて会議室を出て行こうとしたが。


「ちょっと、どこ行くつもりなのさ」


 ずいとナツメの腕がクロノの行く手を阻んだ。
 怪訝そうな顔で彼女を見やったクロノの目が捉えたのは、にまりと浮かべられた笑顔。
 悪戯っ子のようなキラキラした目が彼を見つめ返す。


「クロノ君も来るんだよ!」

 ――何を企んでいるんだ?


 クロノは先輩術師に遠慮なく不審そうな目線を送った。
 ミントが声を掛けたのはナツメであって、クロノではない。
 ならば、何故ここで呼び止められなくてはいけないのか。

 まさかナツメはクロノを少女の保護者か何かと勘違いしているのではないかと、彼が至極真面目に考え出し始めた時だ。
 ナツメが、少年にしか聞こえないように呟く。


「取引をしよう、クロノ君。これは『人魚姫』ともした話だよ」


 クロノの動きが止まった。
 何故ここでシグドが話題に出るのだろうか。一体、彼に何をさせようと言うのか。
 いつしたのかは問うまでもない、彼らがリアフェールへ帰ろうとした時だろう。その話をするためにナツメは道案内を買って出たと考えれば、唐突だった行動の意味に説明が付く。
 やはり警戒しておくべきだったかと胸中でぼやく。

 気を紛らす意味も兼ねてクロノは、主導権を取られた話題の提供源をちらりと見やれば、彼女は木苺色に不安を映している。ミントもこの取引に関わっているのだろうか。
 ナツメの言う取引に、『人魚姫』が絡むのならば、無関係とは言い難い。
 すいと深紅色が細められた。


「……はいはい、わかりましたよ」


 渋々と言った口調ではあったが、童顔術師に不満はないようだ。
 彼女は満足げに人懐っこい笑顔を浮かべた。


「それじゃあ行こっか、こっちだよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白き魔女と黄金の林檎

みみぞう
ファンタジー
【カクヨム・エブリスタで特集していただきました。カクヨムで先行完結】 https://kakuyomu.jp/works/16816927860645480806 「”火の魔女”を一週間以内に駆逐せよ」 それが審問官見習いアルヴィンに下された、最初の使命だった。 人の世に災いをもたらす魔女と、駆逐する使命を帯びた審問官。 連続殺焼事件を解決できなきれば、破門である。 先輩審問官達が、半年かかって解決できなかった事件を、果たして駆け出しの彼が解決できるのか―― 悪しき魔女との戦いの中で、彼はやがて教会に蠢く闇と対峙する……! 不死をめぐる、ダークファンタジー! ※カクヨム・エブリスタ・なろうにも投稿しております。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...