Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第1章

054

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 絵本の中から飛び出して来たような、古ぼけた情緒ある町並み。
 そこにカリバーンの屋敷は建っている。


 まるでアリス気分だとクロノはまじまじ考える。
 と言うのも、円卓会議室を出た童顔術師を追って、紋章術が掛かっていない普通の扉から外へ出ると、目の前に見慣れない光景が広がっていたのだ。そう思うのも無理はない。
 カリバーンの本拠地がどこにあるのか薄々気になってはいたクロノだが、まさかこんな現実離れした土地だとは夢にも思っていなかった。
 この町には、もはや豪邸以外の呼び名が思いつかない洋館やどう考えても個人用だと思われるペンションが、これみよがしにその無駄に大きい庭を広げている。本来なら閑静な高級住宅街と捉えるべきなのだろうが、この街並みなら一種の観光地とも呼べる。……ただ、恐ろしいほどに自分たち以外の人の気配がしないのだけれど。


「ここにあるのはほとんど別荘なんだって。交通も買物も情報収集も不便だから、都会で頑張る使い手は毛嫌いしてるんだよ」


 頼んでもいないのに説明を始めるツインテール。
 その後ろを歩く金髪と萌葱色は、図らずも無言になる。


「レンレンやビーは、本部は紋章術で存在を隠してるって言うけど、結局やってることは社員にやってるのと同じだよ」


 存在自体を消すのではなく魔導反応を隠しているだけだ、とナツメは説明する。
 いわく、魔導反応のない使い手が一般人に紛れても気付かれないのと同じく、各組織やそこに所属する人間が興味を示さない場所に並べてしまえば気付かれない。そして、屋敷の扉と他の術師結社がある土地周辺の空間を繋いでおけば、交通機関の不便なこの土地にいながら扉をくぐるだけで争奪戦真っ只中へ瞬時に到着出来る。
 どこにでも直ぐに駆け付ける事実と、〝聖〟剣のエンブレム。
 その情報があれば、後は先入観が勝手にカリバーンの本部は都心部のビル街にあると勘違いしてくれる、とのことらしい。


「さ、着いたよー。内緒話をするのにとっておきの場所」


 ナツメが示したのは、町外れの教会だった。
 教会とは言っても今は使われていないらしく、内部はまるで強盗が強襲でもしたかのように荒れたままの状態だ。整列した長椅子も所々朽ち始めている。

 よほど長い時間放置されていたのだろう。
 奥にあるステンドグラスを背景に樹が教会と一体化していた。
 使われていないどころか、人の足が向かない場所なのだと良くわかる現状だ。

 物珍しそうにきょろきょろと見回すミントと、無関心にステンドグラスを見上げるクロノ。
 微笑ましそうに二人を眺めるナツメが口を開く。


「クロノ君はさ、七つの鍵って言葉を聞いた時、まず最初に思わなかった?」
「何をですか?」
「何を開ける鍵なんだろう、って」


 時が止まったような、そんな錯覚があった。
 それは、今まで一度も考えたことのない疑問で、気にしたことのない部分でもあった。

 クロノが『七つの鍵』について考えることは、初めて聞いた時も争奪戦に参加した時も「どんな魔導具なのか」だった。最近になってようやく鍵=人間だと判明したのだ。強力な魔力を帯びた魔導具以外の情報がなく、どんな形状なのかすらわからない状況では、それ以外にまで考えが至るわけもない。そもそも、「鍵」と言う名前ですら、本当に鍵であるのか便宜上鍵と形容しているだけなのかも不明だったのだ。

 何を開けるのかなんて気に留めたことがなかった。
 だが、言われてみれば当たり前のことだ。鍵と錠は対で存在する。


「その話題を出すってことは、知っているってことですよね?」
「もっちろん」


 ブイサインで答えるナツメ。
 しかし彼女はすぐには答えず、ちらりと萌葱色の少女を見た。
 真剣とも思い詰めたとも取れる面持ちでミントはナツメの言葉の続きを待っている。
 それを確認してから彼女は改めてクロノに視線を向ける。


「その答えを教える前に、大事な話をしようよ、クロノ君」


 ナツメの言葉の意味は即座に理解出来た。
 旧友にも持ち掛けたと言う、取引。
 意味深な前座を置いてから提案してきたと言うことは、答えを知りたければ良い返事を期待していると仄めかしているのだろう。
 前後の因果関係を考えれば、取引はやはり鍵に関係のある内容なのかもしれない。

 そして、「取引」と言う単語を直接口にしなかったと言うことは、これはナツメ個人がクロノたちに持ち掛けたものなのだと、暗に取引にミントは無関係だと示されたわけだ。
 恐らく、ナツメなりの配慮なのだろう。

 タイミングの意図が全く不明ではあったが、話に乗る価値はあるとクロノは判断した。


「何ですか、話って言うのは」


 別段いつもと変わらない口調だった。
 だが、その内側では、研ぎ澄まされた猜疑心が顔を覗かせていた。
 と言うのも、いつ誰が裏切るかわからない争奪戦渦中において、相手を全面的に信用すると言うのは余程のことがない限りは自滅行為になりかねないのだ。味方だと思っていた相手から背中を刺されることもあるような世界では、警戒して困ることはない。

 深紅色を細めて、目の前の先輩術師の言葉を待つクロノ。
 そんな少年の胸中を知ってか知らずか、ナツメがにんまりと笑う。
 その笑顔に嫌な予感を覚えたのは、気のせいではないだろう。


「クロノ君はさ、何があっても、最後までミントちゃんの味方でいてあげられる?」


 言っている意味がわからなかった。
 遠慮なく表情を曇らせたクロノだったが、同じく意味を理解出来なかったのか、話題の本人であるミントも隣でキョトンと目を丸くしている。
 奇しくもナツメがミントと裏で繋がっている可能性が浮上したわけだが。リアクションを見る限りだとその関係性は一方通行とも考えられる。少なくとも、このバカげた質問がミントの差し金じゃないことだけは確かだった。

 しかし。それならばだ。
 一体、ナツメはクロノの何を試しているのだろうか。
 味方である基準は何なのか、いつまでを最後と呼ぶのか。
 意図も目的も意味も不透明すぎて、不可解なことだらけだ。


 だが、とクロノは気を取り直す。
 今現在、ミントは自身とタッグを組んでいる相手だ。仲間であると認識はしている。
 右も左もわからない一般人の少女が、例え茨の道だとわかった上でこの道を進もうと決めたのならば、その気持ちに応えようと思ったのも事実だ。
 そしてミントは差し出した手を掴んだ。

 クロノは、隣で肩身の狭そうな思いをしている少女を見やる。
 眉を八の字にして不安げな面持ちをしているミントが、少年からの返答に緊張しているのがありありと伝わってきた。彼女のことだ、クロノの人間性を目敏く感じ取っているのだろう。
 ため息をひとつ吐いて、少年はぽつりと告げる。


「良いですよ、俺は。……口約束もありますしね」
「ふうん?」
「最後まで裏切らないでいてやりますよ」


 はっきりと言った。
 ……言い切ってやった。

 弾かれたように少年を見やる木苺色の視線を感じながらも、クロノは気付かないフリをする。
 裏切らない保証も自信も何もないというのに、それでも少年は恐ろしいまでに清々しく断言した。

 例えば、少女絡みで何か事が起きたとして、その時に彼女へ切っ先を向けないと言えるのかはその瞬間になってみないとわからない。もしミントの存在が障害になるのなら、きっとクロノは躊躇いなく彼女を切り捨てる。情に絆されることもなければ、良心の呵責もない。目的のためならばどこまでも非情になれる。クロノはそう言う人間だ。
 あくまでもクロノは自身の目的のために動いているのだから。
 けれど。
 だからと言って、最後まで共にいるかは本人次第だ、と言い捨てることに躊躇いがあったのも事実で。
 理屈ではない。何となく、この答えが最善と思ってのことだった。それが〝最後まで味方でいる〟ことになるのかはわからないが、こちらに被害がない限り言葉を違えるつもりだけはなかった。
 
 しかし、問い掛けた本人はその答えに納得したようである。
 ナツメは悪戯っ子のように笑顔を浮かべた。


「良かった。それを聞いて安心したよ」
「……」
「だって、鍵が開けるのは宝箱じゃないんだもん」


 静寂の中で、ナツメの声だけが響く。


「レンレンの言葉を借りるならパンドラの箱だね。……七つの鍵が開けるのは、こことは違う空間へと繋がる扉。『至高の存在』はその更に奥に隠されている」
「つまり、七つの鍵は文字通り、『至高の存在』へ至る道を開くための鍵ってことか」
「うん、そう。鍵を開けて扉の向こうに行った人だけが、『至高の存在』を手にする挑戦権を得られるってわけ」


 クロノは顔を曇らせた。
 要するに、七つの鍵で扉を開けたとして、あるのは鍵の異空間だけ。『至高の存在』を手に入れるためには、異空間の更に奥に行かなくてはならないときた。

 だが、道理に適っているのだろう。
 結社や紋章術とは無関係者がうっかり『至高の存在』を手に入れてしまうという展開は皆無であるようだ。あくまでも、争奪戦に参加した使い手だけが、手に入れることができる。
 だからこその〝最後まで仲間〟だったのだろう。

 争奪戦は全ての鍵を開けば終わり、ではない。やっとそこから、本当の意味での争奪戦が始まるわけだ。ラストスパートで裏切られるなんてたまったものではない。それを防ぐための、事前の釘打ちだったのだと解釈出来る。
 やはり目下の厄介者は使い手たちあることに変わりはないと、クロノがそう思った時だ。

 ちょっとした違和感に気付いた。


「……いや、待てよ。なら、何で限定的な言い方を?」


 そうだ。
 全ての鍵を開ければ王手ではないことを知ったとして、それが最後まで〝ミントの〟仲間でいてあげなくてはいけないという理由とは何の関係もない。
 あってたまるわけがない。
 彼女は争奪戦に巻き込まれた元一般人なのだから。


「だって、ミントちゃんは結社とも使い手とも関係ないじゃん」


 そう告げた紋章術師は真顔だった。
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