Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

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 その結社はいつだって威厳さと厳粛さと冷静さ、そして異常さを失うことはなかった。

 敵とも味方とも取れない人物が攻めてきたとしても。
 自分達よりも自他共に認める弱小結社が反旗を翻したとしても。
 裏切り者だと明確な人物をまんまと逃がしてしまったとしても。
 結社の主力かつ重要人物が殉職したとしても。
 そして、――結社内部の人間が牙をむいたとしても。

 オフィス街の一角に立つ、そのメカニカルキャッスルは異常な程の静寂に包まれていた。
 グラール本社ならどこにでもある、大理石に聖杯の刻印が大きく描かれたオフィスルーム。
 かつて、この結社に君臨していた紋章術師が使っていた部屋。現在のこの部屋の主は、襟足にかかるくらいの栗色の髪を持つ青年だ。彼は、ここに残されたままのマッサージチェアに我が物顔で腰掛けている。
 他にもこの部屋には招かれた客人がいた。
 治癒の紋章術師と大層な異名を持つロザリアと、彼女を守る盾である弟のフィズの二人だ。


「天下のグラールサマにしては、今日は人間が少ないのね」


 ロザリアは、マリンキャスケットをもてあそびながら世間話を切り出した。
 何となく聞いてみただけ、と言った表情をしている彼女の隣では、弟が狸寝入りを決め込んでいる。それ程興味があるわけではないらしい。


「あぁ。天下のグラール様が誇る、闇の紋章術師が死んじゃったからね。弱小結社って言われる結社に攻め込んだけど、返り討ちにあったって話だし」
「ま、『窮鼠猫を噛む』って言葉があるものね」


 適当な相槌を返すロザリア。
 彼の言う弱小結社がリアフェールであることを彼女はすでに知っていた。
 殉職者は当然だろうとロザリアは思う。
 その評価は一年半程前の話だ。当時、グラールがリアフェールへと攻め込んだ際、彼らは生き残るために夜逃げを選ぶしかなかった。それ程の戦力差があったのだ。

 それからリアフェールは変わった。
 確かに結社自体は人数も減り勢いがなくなったのは事実だが、そこには〝人魚姫の鍵〟の二つ名で呼ばれる使い手が所属している。

 紋章術師の攻撃は、その実力が強ければ強いほど、紋章術はオマケへと成り果てる。
 当然だ。魔法使い相手なら同じ魔法使いよりも剣士のほうが確実なのだから。
 紋章術に頼った戦い方をする敵相手に、物理攻撃で本体を叩けばほぼ勝ちは決まったも当然だ。
 そして、同じ物理攻撃をする相手ならば互いの器量の差が勝敗をわける。
 紋章術師にとっては術戦は手段ではなく、戦い方のひとつなのである。

 対して、紋章術師における防御は、紋章術の純度の高さが重要である。
 使い手の数と同じぐらい多種ある紋章術は、基本的には属性の複合。
 例えば、氷ならば水と岩の複合であり、雪ならば水と風の複合である。純粋な属性がレアになった現在において、属性の相性は互角の場合を除いてそれ程重要視されなくなり、より威力の高い方が強いと言うわかりやすい力関係へと変化した。
 そして、〝人魚姫の鍵〟と呼ばれる使い手はそのどちらもを兼ね備えている。

 しかし、だ。
 グラールは情報に疎い組織ではない。
 少なくとも、リアフェールに〝人魚姫の鍵〟と呼ばれる使い手がいることなど、当然、知っているはずなのだ。そして、もし本気で潰すつもりなら、セラ以外の化け物も引っ張り出しているはずだ。かつての襲撃の際も、化け物を二人も送り込んでいる。
 相手が弱小だろうと万全を期すのがグラールのやり方だ。

 何かがおかしい。
 ロザリアは、青年の澄ました横顔をじいと見つめる。


「さっきから気になってるんだけど、何でリアフェールとの交戦に出てない貴方が怪我をしているのよ?」


 この青年が、ロザリアたちの依頼主だ。
 そして、起動していないマッサージチェアに座る青年に治癒の紋章術を掛けている。一刻を争うような怪我ではなかったが、早急に治してほしいとのことだった。

 その問いかけは純粋な質問ではなく、自分達の考えが正しいかの確認だった。
 この結社に足を踏み入れた時、フィズが「血と死の臭いがする」と言っていた。
 恐らく、リアフェール交戦で人間が出払っている隙を狙って彼が反旗を翻したのだろうと、2人は考えていた。

 栗毛の青年――イルエは、グラールの化け物の一人である。
 グラールにいる化け物は四人。その中でもっとも穏健派だろう。
 四大化け物と括られている彼らとはそれぞれ治療の依頼で何度か会っているが、他の三人と比べてこの青年はとても落ち着いた印象であり、すぐ武力に訴えることをしない。
 一人はまるで機械だし、もう一人は自由奔放、最後の一人は引きこもりだ。
 まともな会話が成り立つのは彼ぐらいだろう。

 もっとも、他の三人の方が不必要にネジが吹っ飛んでいる感も否めないのだけれど。


「断捨離だよ。要らないものを捨てたんだ」


 たいへん満足げな笑顔が返ってきた。
 やっぱり予想通りだったかと、ロザリアは他人事のように考える。

 人が出払っている時を狙ったのだろう。誰の計画かは知らないが、用意周到だと言わざると得ない。リアフェールへの強襲はそれのカモフラージュだったのだろうか。


「上層部は組織の一体化、……いわゆる一枚岩を望んでの手段だって説明してたけど、本当の意味で一致団結させたいなら真っ先に片付けなきゃいけないやつを野放しにしてるところを見るに、おそらく邪魔者を消したかったってところだろうね」
「組織が大きすぎるのも考えものね」
「グラールの組織システムに問題があるんだよ」
「でも、そのシステムのおかげで家族とまた会えたんでしょ」
「まあね」


 イルエは幸せそうな微笑みを浮かべた。
 青年が、大切な家族と引き離されてこの結社に所属することになったこと、そして彼を心配した家族がこの結社に身を投じたことは、随分前に聞いている。


「はい。今回の治療は終わりだよ」


 ロザリアは、くるくると弄んでいたマリンキャスケットを被る。
 同時に、寝たふりをしていたフィズがぐぐっと伸びをした。

 そのタイミングを待っていたのかもしれない。
 マッサージチェアの後ろから、橙色の髪をツインテールに結わえた少女が躊躇いがちに顔を出してきた。グラール特有のフォーマルな格好に身を包んでいるが、その容姿はどうみても無理して大人っぽくしてみた感が満載だった。とは言え制服を着るような年でもなさそうだが。


「聞きたいことがあるの」
「私たちは情報屋じゃないの。聞かれても何も答えないよ」


 先手を打って釘を刺すロザリアだったが。
 幼さの残る声音は構わずに言葉を続ける。


「人体実験の被験者なんだけど、何か知らない?」
「ノーコメント」


 自分たちは情報集めのために中立の立場にいるわけではない。
 この仕事は信頼第一だ、そうやすやすと他結社で得た情報をリークするわけにはいかない。
 
 話は終わりだと言わんばかりに、ロザリアは部屋のドアノブを回す。


「人探しがしたいならお得意の情報収集でもしたら? 私たちに聞くよりもよっぽど有意義な情報が得られるでしょ」


 そう言い残して、ロザリアとフィズは部屋を出て行った。


 誰の気配もない静かな廊下。
 グラールにしては寂れているが、次に来る頃には賑わいを取り戻しているのだろう。このレベルの術師結社になれば、使い手が自ら所属を志願しに来る。


「良かったのか? あんな煽るようなこと言って」


 呆れた口調でフィズが零した。


「別に良いじゃん。遅かれ早かれの違いでしょ」
「まぁ確かに、……そうだな」


 ガエブルグが鍵の破壊という大胆な行動に出た今、グラールだけでなく他の結社もそれなりの行動を起こさなくてはいけない。……いけなくなってしまった。

 これから、どの結社も更に本腰を入れることになるだろう。
 後手に回っていては出遅れてしまう。出方を窺うのは仲間を守る上では賢明な判断だが、奪い合う上では決して要領が良いとは言えない。
 あくまでも〝争奪戦〟であることを忘れてはいけない。
 使い手たちが身を置いているのは、そういう世界なのだ。

 この争奪戦で奪い合うものは、七つの鍵なんかではなく、命だ。
 後ろを付いて来るフィズの足音を聞きながらロザリアは思う。


 ――こんな、くだらない争いなんて、早く終わっちゃえば良いのに。


 ロザリアはため息混じりにグラール本社を出る。
 冷たい夜風に目を細め、キャスケットを深く被り直した。
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