Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

059

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「ただいま戻りましたー」


少しぶかぶかの白衣を靡かせて、その女性はバタバタと部屋のドアを開けた。
向かい合う形で並べられたテーブルには四人分の席が設けられ、それぞれ書類が山積みだったり関係ないものが置いてあったりと、持ち主の個性を表している。
島と離れた一番奥に設けられた席には、タワー型デスクトップパソコンが置かれていて、二十三型ワイドのデュアルディスプレイ仕様になっている。


「おう、お疲れさん」


その一番奥の席に付いているのは、青緑色の髪の青年。
身なりはそこら辺にいる兄ちゃんだが、彼も同じように白衣を身に纏っている。


「様子はどうだった?」
「相変わらず、変化なしですよ」


深くため息をついた女性――モニカは、そのまま倒れ込むように椅子に腰掛けた。
本来は平凡組織に所属する裏方回りの非戦闘員であるモニカだが、理由あってこの実験施設に身を置いていた。
そして、碧髪の彼は直属の上司兼先輩だ。


「やっぱ魔力にしか反応しないんかね」


そしてモニカは、一般人であるが故に、紋章術の使い手にとって最大の脅威とも呼べる少女の世話を任されていた。
モニカも、目を閉じた物言わぬ少女のことはある程度知っていた。

少女が〝初代〟や〝0番〟と呼ばれる所以、過去に受けた実験内容とその後遺症、周囲に与える影響とその副作用。……そして、時折彼女の元へ面会に来る紋章術師が何者で、どんな関係だったのか。
それは、世話係に任命された時に先輩研究員にせがんで教えてもらったことだ。

少女に様々な実験を施された結果、彼女は外界からの情報を一切遮断するようになった。
どれだけ呼んでも叩いても何の反応も示さない。
当時の担当研究者は精神崩壊と結論付けた。
現在確認されているのは、魔力を持つものにのみ見せる反応だけ。

自分の席に座ったモニカは、先輩の机に積み上げられた書類を見つけた。


「また仕事貯めたんですか、先輩」
「さすがにこんなに貯めねえって。この間の面会を皮切りに実験再開の要望が増えたんだよ」
「……!」
「被験者本人に了承の意志がなきゃ対人実験は許可しないって言ってんのに、話通じねーやつ多過ぎんだろ。魔力にあてられすぎて、とうとう頭までイカれたんかね、あいつら」


机を肘掛けに、背もたれに寄り掛かる青年は、呆れた様子で肩を竦めた。
彼は手にした紙束でペチペチと机を叩いたかと思えば、すぐ脇の足元に置かれている段ボール箱へと放り投げた。一番上の紙には「紋章術の魔力相殺による能力消失」と書かれている。
モニカがこの施設に来てから、人体実験が行われた数は一回のみだ。
彼の言葉通り、人体実験の協力に名乗り出る人がいないからだ。


「もし本当にあれを実験に使いたいなら、別の協力者を探してこいってんだよ」


この間の『白雪姫』みたいになぁ、とあっけらかんと青年は続ける。

そして、それらとは別にキーボードの上に置かれた紙束を掴むと、モニカのデスクに放り投げた。その紙束の一番上には「0番との接触による鍵の反応の結果と考察」と書かれている。
どうやら、先の実験の報告書であるらしい。


「先輩、これ……良いんですか?」
「今はお前がリラの世話係だ。知る権利はあるだろ」


リラ。
それこそが、〝初代〟や〝0番〟と呼ばれる少女の名前だ。

モニカは悲しげな表情を浮かべて、青年から渡された資料をめくり始める。
聖槍のエンブレムを身に付けた集団が連れて来た、『白雪姫』と呼ばれる鍵の女性。彼女がリラの部屋に踏み入れたと同時、少女はゆっくりと目を開き、その虚ろな目を向けた。
それは、あらん限りの拒絶を見せたかようにモニカは思えた。

次第に真剣になっていくモニカの横顔を見やって、青年が零す。


「魔力構成はどちらかっつーと魔導具に近いとは言え。まさか壊れ方まで魔導具と同じだったとは、さすがのおれも驚きだったな」
「…………え?」


思わず、モニカは先輩研究員を見た。


「何だモニカ。お前、知らなかったのか? 鍵ってのは、精霊と称される高魔力の魔導具を収める器に付けられた名称だ。それが、鍵が魔導器って呼ばれる理由」
「…………」
「これは前に話したかもしんねーけど、人間が許容出来る魔力値と、魔導具が内包出来る魔力値の差は大きい。そして、人間も魔導具も例外なく、許容出来る限界を超えた魔力は器を蝕み破壊していく。人間に限定して言うなら、体調不良や記憶障害が良い例だな」
「じゃあ、鍵はその許容値が普通の使い手よりも高いってことなんですか?」
「簡単に言えばそんなもんだが、厳密には少し違う。人間の場合は許容、どれくらい受け入れられるかってこと。で、魔導具の場合は内包、どれだけ取り込めるかってことになる」


一時的に受け入れるか、永久的に取り込むか。
人間と魔導具の違いはそこだと青年は語った。そして鍵は、後者になるのだと。

鍵と呼ばれる人間は、魔力を自身の内部に取り込む。
だからこそ、彼女はあの時、跡形もなく消え失せたのだろうか。

一人の人間が文字通り崩れ消えて行く情景。
衝撃的な出来事だったとモニカは思い返す。
溶けるように崩れて、粉塵のように霧散してしまった。その最期は同じ人間だったとは思えないもので、断末魔がなかったことだけが救いだった。

再び、モニカは報告書に目を落とす。


「しっかしまあ、鍵と接触しても、片割れが死んでも何の変化もなしとはね。こりゃ、物理的に外部から衝撃でも与えんと、本格的に手の施しようがなくなってきたな」


それは独り言だったのだろう。
青年はため息混じりにぼやくと、書類タワーの一番上から次の紙束を掴もうとしたのだが。
タイミングを見計らったかのようにケータイの着信が響いた。


「ん? ああ、おれか」


ズボンのポケットからケータイを取り出した青年は、着信画面を見るなり、げんなりとした顔で立ち上がった。


「モニカ。それ読み終わったらおれの机に戻しといてくれ」
「先輩は?」
「電話に出て来るよ」


ひらりと片手を振って彼は部屋の外へ向かう。
あのじゃじゃ馬が連絡してくるなんて珍しい、と呟いて青年は出て行った。
ドア越しに聞こえていた喋り声が段々遠ざかっていく。

部屋に静寂が訪れた。

モニカは白衣の内ポケットに持っていた自分の用のケータイを取り出した。
素早くメールを打つと、それを送信する。
送信完了画面が消えたのを確認してから、モニカは深く息を吐いて、ケータイをしまう。

そして、読み終わった報告書を先輩の机の上に置いた。
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