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第2章
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寂れた教会跡地で内緒話をしてから数日。
相変わらずカリバーン内は平和そのもので、かと言って、他の結社の表立った行動も確認されず、何事もないままだけ時間が過ぎて行った。
「あの、クロノさん……」
「ん? ああ、追加なら遠慮なく注文して良いから」
今、クロノたちがいるのは、アンティーク調に内装されたレトロな雰囲気の喫茶店だ。
あまりにも何も起こらなさすぎて、クロノは好い加減しびれを切らしていた。だから自ら行動を起こしたんだと言わんばかりに、少年は自身の連れである少女を連れ出して外出していた。
とは言え、この状況下で遠出するにも場所は限られている。
クロノが選んだのは、昔から行きつけの喫茶店だった。
店内には二人以外にも客が何人かいるが、それぞれ自分の世界に入っている。
聞き耳を立てられる心配も、周りの目も気にする必要もなかった。
それでも用心にこしたことはないとクロノたちは窓際一番奥のボックス席を陣取る。
ミントの言いたいことも何となく理解していた。
何で出掛けたのか、その答えを知りたいのだろう。
「あの時、『赤頭巾』の任務で帰った後で俺が言った言葉を覚えてるか?」
「え?」
「君の話は後で聞くって言っただろ」
「あ……、はい」
「とりあえず最初は、俺の質問に答えてくれないかな」
にこりと愛想笑いを浮かべるクロノ。
ミントはとんとん拍子で進む展開に戸惑いながらもこくりと頷いた。
それを確認してから、少年は懐にある〝遺品〟の重さを改めて感じながらそれを取り出す。
「これは……」
ミントの呟きに無言を返し、クロノは無表情でシガレットケースを彼女へ向ける。
そして、片翼の翼が描かれたシルバー製のその蓋を開けた。
蓋側と底側それぞれに煙草をセット出来るようになっているそれには、底側には残りの数本がセットされており、もう片面には小さく折り畳まれた紙屑が数枚挟まっていた。
少年は、シガレットケース自体の話題に触れようとしなかった。
無意識にそのことを言葉にするのに抵抗があったのだが、あえて触れる必要がないことも事実だ。そして、それを目敏く感じ取ったのかミントも何も聞いてこなかった。
「ここに書かれていることで確認したいことがあるんだ」
言いながらクロノは一番上の紙を取り出し広げた。
そこには「黒羽宛て」とメッセージが書いてあった。
ミントの方へ向けながら、少年は声に出して読み始める。
「被験者はほぼ手遅れ状態、ただし例外も確認。救うには一一0番の状態を詳しく調べる必要がある。追伸、リラを頼む」
「……」
「このリラって人のことは俺も知らない。だから、今はそのことに触れる必要はない。それより俺はこの一一0番のことが知りたいんだ」
真剣な声音でクロノは淡々と問いかけた。
無機質な番号で呼ばれていた少女ならば、同じ被験者について少しは知っているだろう。
古傷を抉るような真似をしている自覚はあったが、それ以上に今は、少しでも多くの情報がほしいのも事実だ。手段を選ぶつもりはなかった。
ミントは表情暗く、しょんぼりとうなだれた
「……ごめんなさい。わたし、他の人たちのことはあまり知らないんです」
だが、表情に反して少女の声音に変な強張りはなく、どうやら、幾分か実験に対しての話題に抵抗がなくなってきたらしい。
それは同時に、彼女自身も打ち明けたいと思い始めている表れなのかもしれない。
少女はぽつりと言葉を続けた。
「でも、予想はつきます」
「…………」
「わたしたちが番号をつけられるのは、実験が最終段階へ移行した場合のみって話です。鍵に関する実験を受けると一番から、紋章術関連は一〇一番から、それぞれつけられます。……だから、その一一〇番は、〝人工的な紋章術の使い手〟のはずです」
その言葉に、クロノは不覚にも聖杯時代の今は亡き同僚を思い出した。
大切な人に会いたいがために自ら紋章術実験の被験を志願した青年――ガンズ。
ミントの言葉通りなら、彼にもまた、無機質な番号が付けられていたと思われるが。
だが、青年がその一一〇番だとは考え難かった。
確証はないが、彼が最期に見せた不可解な現象は「手遅れの例外」とは言い難く、むしろその逆ではないかとすら思える。
「つまり、この一一〇番は、あの馬鹿と同じタイプの使い手だけど、何らかの手段で実験体が受けるはずの作用を回避した、ってことか……」
そもそも、クロノが知っている人物なのかすら不明だ。
この番号だけを頼りに一人の人間を探すことは、無謀に近い。
セラの書き方から〝リラ〟と呼ばれる人物が人体実験の被験者であることは間違いない。
ならば、その人を助けることはイコール、目の前の少女を救うことと同義だろう。可能性があるのなら、少しでも試してみるべきだ。それに例外もいる。実験体を救う手立てがないわけではないはずだ。だからこそ、セラも一一〇番を探していたのだろう。
クロノは、すでにぬるくなった紅茶のカップに手を伸ばす。
一旦頭を整理しようと思ったのだ。
口の中で同時に広がる砂糖の甘さと紅茶の苦さに、少年は僅かに表情を曇らせる。
目の前ではミントが、紙切れ同然のセラの遺書を食い入るように見つめていた。
ふと、クロノの脳裏に旧友が告げた言葉が脳裏に過ぎる。
ガエブルグに潜入してみれば良い。
改めて思えばずいぶん乱暴で単純な考え方だ。
あれこれ机上の空論を広げるよりも直接確かめた方が早い、と言うことなのだろう。
いちいち彼の言葉を真に受けていたら、命がいくつあっても足りないのではないか。
「あのクロノさん。他の紙も、見ても良いですか?」
「別に構わないけど」
「ありがとうございます」
ミントは他の紙切れを取り出すと、丁寧に開いていく。
ケースに入っていたメモはクロノが見せたものも含めて三枚。
他の紙に書かれているのは「人体実験の後遺症の詳細」と「施設で過去に二度起きた脱走事件の概要」が報告書かレポートのように堅苦しくしっかりと書かれた。
セラ自身も実験体のことを探っていたらしい。
何度もメモを読むミントを見つめながら、クロノはため息を吐く。
「本当、やんなっちゃう」
それは、あまりにも場違いに気の抜けたぼやきだった。
不思議そうに顔を上げる少女の木苺色と目が合う。
「最後の最期で知らない人間のことと厄介事を押し付けるなんてさ」
俺には何の関わりもないのに。ため息混じりに続けて、クロノは天井を仰いだ。
「きっと、わたしと同じなんです」
「何が?」
「クロノさんのことは〝信用〟していたんですよ、きっと」
ミントは眉を八の字にして微笑んだ。
冗談じゃない、とクロノは眉をしかめる。
少女は聖杯時代の少年を、そして孤高の紋章術師のことを知らない。
あの組織従属マシンに評価されることがどれかけ恐ろしいことか。命令に対する頭の良さと従順さを期待された結果、昼夜問わず大量の仕事を回られたことは一生忘れないだろう。
――ま、本当に頼ってほしいやつは頼ってくれないけど。
頼れと言っても独りで抱え込む様子を思いながら、クロノは内心ため息を吐いた。
そんなクロノの思考を遮るように、少年のケータイが、着信音を静かな店内に響かせる。
相変わらずカリバーン内は平和そのもので、かと言って、他の結社の表立った行動も確認されず、何事もないままだけ時間が過ぎて行った。
「あの、クロノさん……」
「ん? ああ、追加なら遠慮なく注文して良いから」
今、クロノたちがいるのは、アンティーク調に内装されたレトロな雰囲気の喫茶店だ。
あまりにも何も起こらなさすぎて、クロノは好い加減しびれを切らしていた。だから自ら行動を起こしたんだと言わんばかりに、少年は自身の連れである少女を連れ出して外出していた。
とは言え、この状況下で遠出するにも場所は限られている。
クロノが選んだのは、昔から行きつけの喫茶店だった。
店内には二人以外にも客が何人かいるが、それぞれ自分の世界に入っている。
聞き耳を立てられる心配も、周りの目も気にする必要もなかった。
それでも用心にこしたことはないとクロノたちは窓際一番奥のボックス席を陣取る。
ミントの言いたいことも何となく理解していた。
何で出掛けたのか、その答えを知りたいのだろう。
「あの時、『赤頭巾』の任務で帰った後で俺が言った言葉を覚えてるか?」
「え?」
「君の話は後で聞くって言っただろ」
「あ……、はい」
「とりあえず最初は、俺の質問に答えてくれないかな」
にこりと愛想笑いを浮かべるクロノ。
ミントはとんとん拍子で進む展開に戸惑いながらもこくりと頷いた。
それを確認してから、少年は懐にある〝遺品〟の重さを改めて感じながらそれを取り出す。
「これは……」
ミントの呟きに無言を返し、クロノは無表情でシガレットケースを彼女へ向ける。
そして、片翼の翼が描かれたシルバー製のその蓋を開けた。
蓋側と底側それぞれに煙草をセット出来るようになっているそれには、底側には残りの数本がセットされており、もう片面には小さく折り畳まれた紙屑が数枚挟まっていた。
少年は、シガレットケース自体の話題に触れようとしなかった。
無意識にそのことを言葉にするのに抵抗があったのだが、あえて触れる必要がないことも事実だ。そして、それを目敏く感じ取ったのかミントも何も聞いてこなかった。
「ここに書かれていることで確認したいことがあるんだ」
言いながらクロノは一番上の紙を取り出し広げた。
そこには「黒羽宛て」とメッセージが書いてあった。
ミントの方へ向けながら、少年は声に出して読み始める。
「被験者はほぼ手遅れ状態、ただし例外も確認。救うには一一0番の状態を詳しく調べる必要がある。追伸、リラを頼む」
「……」
「このリラって人のことは俺も知らない。だから、今はそのことに触れる必要はない。それより俺はこの一一0番のことが知りたいんだ」
真剣な声音でクロノは淡々と問いかけた。
無機質な番号で呼ばれていた少女ならば、同じ被験者について少しは知っているだろう。
古傷を抉るような真似をしている自覚はあったが、それ以上に今は、少しでも多くの情報がほしいのも事実だ。手段を選ぶつもりはなかった。
ミントは表情暗く、しょんぼりとうなだれた
「……ごめんなさい。わたし、他の人たちのことはあまり知らないんです」
だが、表情に反して少女の声音に変な強張りはなく、どうやら、幾分か実験に対しての話題に抵抗がなくなってきたらしい。
それは同時に、彼女自身も打ち明けたいと思い始めている表れなのかもしれない。
少女はぽつりと言葉を続けた。
「でも、予想はつきます」
「…………」
「わたしたちが番号をつけられるのは、実験が最終段階へ移行した場合のみって話です。鍵に関する実験を受けると一番から、紋章術関連は一〇一番から、それぞれつけられます。……だから、その一一〇番は、〝人工的な紋章術の使い手〟のはずです」
その言葉に、クロノは不覚にも聖杯時代の今は亡き同僚を思い出した。
大切な人に会いたいがために自ら紋章術実験の被験を志願した青年――ガンズ。
ミントの言葉通りなら、彼にもまた、無機質な番号が付けられていたと思われるが。
だが、青年がその一一〇番だとは考え難かった。
確証はないが、彼が最期に見せた不可解な現象は「手遅れの例外」とは言い難く、むしろその逆ではないかとすら思える。
「つまり、この一一〇番は、あの馬鹿と同じタイプの使い手だけど、何らかの手段で実験体が受けるはずの作用を回避した、ってことか……」
そもそも、クロノが知っている人物なのかすら不明だ。
この番号だけを頼りに一人の人間を探すことは、無謀に近い。
セラの書き方から〝リラ〟と呼ばれる人物が人体実験の被験者であることは間違いない。
ならば、その人を助けることはイコール、目の前の少女を救うことと同義だろう。可能性があるのなら、少しでも試してみるべきだ。それに例外もいる。実験体を救う手立てがないわけではないはずだ。だからこそ、セラも一一〇番を探していたのだろう。
クロノは、すでにぬるくなった紅茶のカップに手を伸ばす。
一旦頭を整理しようと思ったのだ。
口の中で同時に広がる砂糖の甘さと紅茶の苦さに、少年は僅かに表情を曇らせる。
目の前ではミントが、紙切れ同然のセラの遺書を食い入るように見つめていた。
ふと、クロノの脳裏に旧友が告げた言葉が脳裏に過ぎる。
ガエブルグに潜入してみれば良い。
改めて思えばずいぶん乱暴で単純な考え方だ。
あれこれ机上の空論を広げるよりも直接確かめた方が早い、と言うことなのだろう。
いちいち彼の言葉を真に受けていたら、命がいくつあっても足りないのではないか。
「あのクロノさん。他の紙も、見ても良いですか?」
「別に構わないけど」
「ありがとうございます」
ミントは他の紙切れを取り出すと、丁寧に開いていく。
ケースに入っていたメモはクロノが見せたものも含めて三枚。
他の紙に書かれているのは「人体実験の後遺症の詳細」と「施設で過去に二度起きた脱走事件の概要」が報告書かレポートのように堅苦しくしっかりと書かれた。
セラ自身も実験体のことを探っていたらしい。
何度もメモを読むミントを見つめながら、クロノはため息を吐く。
「本当、やんなっちゃう」
それは、あまりにも場違いに気の抜けたぼやきだった。
不思議そうに顔を上げる少女の木苺色と目が合う。
「最後の最期で知らない人間のことと厄介事を押し付けるなんてさ」
俺には何の関わりもないのに。ため息混じりに続けて、クロノは天井を仰いだ。
「きっと、わたしと同じなんです」
「何が?」
「クロノさんのことは〝信用〟していたんですよ、きっと」
ミントは眉を八の字にして微笑んだ。
冗談じゃない、とクロノは眉をしかめる。
少女は聖杯時代の少年を、そして孤高の紋章術師のことを知らない。
あの組織従属マシンに評価されることがどれかけ恐ろしいことか。命令に対する頭の良さと従順さを期待された結果、昼夜問わず大量の仕事を回られたことは一生忘れないだろう。
――ま、本当に頼ってほしいやつは頼ってくれないけど。
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