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第2章
062、第二演習場
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小高い灰色の塀に囲まれ、そびえ立つ無機質なコンクリート建築。
グラール第二演習場――。
一見刑務所を思わせるその広い敷地の枠外を、夜暗に紛れるように辿る人影があった。
緊迫した面持ちを浮かべるミントと、塀に沿って無言で先導するクロノ。
少年少女が出歩くには幾分か夜も深いが、彼等は立場上、白昼堂々その場所へ近付く訳にもいかなかった。だからといって、真正面から強行突破するなんてこともできるはずがない。
何せ、第二演習場は使い手たちの模擬戦闘のために、グラールが所有している敷地なのだ。
本人ですら忘れかけていそうだったが、クロノは名目上、過労で脱退した元グラールの使い手であり、ミントに至ってはグラールに追われていたターゲットだ。
そう易々と敵対組織の懐に飛び込むほど、彼等は命知らずではない。
人気のない歩道を足早に突っ切る。
塀が金網に切り替わったところで、不意にクロノは足を止めた。
網目の向こう側へ、直角に曲がった灰色の囲い。
ぐるりと周囲を見回し、塀の曲がり角に取り付けられたものを見上げる。
クロノの紅眼が、監視カメラを捉えた。
――相変わらずメカ頼みだな。
小さくため息を漏らしたクロノ。ミントも彼の視線の先に気付いたようだった。
緊張に上ずった調子で話しかけてくる。
「クロノさん、他に入り口は……?」
「いや、ここからじゃないと難しいんだ。他の監視カメラはまともだからな」
きょとんとミントが首を傾げる。
だが、クロノは気にするでもなしにつかつか監視カメラへと近付いていく。
「前に模擬戦闘があった時、雷の使い手が手元を狂わせたんだ。ここの配電と監視機能を微妙におかしくしたんだけど、怒られるのが嫌だからって報告しないままだった」
何やら苦々しい表情を浮かべながら、クロノは監視カメラが当時と同じものであることを確認した。と、次の瞬間、カメラに向って紋章術を放った。
たちまち監視カメラへと幾重の薄氷が張られる。
クロノらしからぬ無用心な行動だ。
目を丸くしたミントに、彼は早口に付け足した。
「ここのは魔導反応を探知する機能が鈍ってる。今、結晶で映り辛くしたから、他の探知機能に引っかかる前に金網を越えよう」
ちょっとだけ使ってくれるかな、と。
クロノの言う「使う」が何のことか、いい加減わからないミントでもなかったのだろう。けろりとした調子でいきなり注文したクロノに、彼女は慌てて両手を突き出すと風を起こした。
見えない床を蹴ったように、有刺鉄線の張られた高い金網をふわりと飛び越える二人の体。
とっさの要求でも、ミントの紋章術は特別乱れることはなかった。治癒の紋章術師の連れが行った戦闘訓練は、確実に彼女の中で形となっているらしい。すっかり〝元〟一般人として仕立て上げてしまったようだったが、今更悪く思っても仕方ない。
着地すると同時に、クロノはミントと物陰まで走り寄る。
すぐ監視カメラの紋章術を解いた。
グラールにいた人間で、さらに第二演習場の模擬戦闘に関わった者しか知りえない、セキュリティの穴だ。しげしげと見上げてくるミントになんとなく苦笑を返し、クロノは警戒を解かないまま、雑草の中を縫っていく。
やがて、塀を沿って中ほどまで歩くと、彼はグラール時代の記憶通りの位置で、腰まで伸びた草をかき分けた。
そこには、小さな鉄扉。元々、急な仕事に駆り出された場合のショートカットとして設けられたらしいが、用いられる機会があったのかどうかは一部の使い手しかわからない。
さすがに鍵ぐらいかかってるだろう、とダメ元で押し開こうとしたクロノだったが。
目の前で、錆びた鉄扉は小さく軋みを上げた。
案外と容易に塀の中を覗かせたそれに、クロノは違和感を露に扉の向こう側を窺う。
「リーダーはどこまで知ってるんだろうな」
唐突に低い声で呟かれた、その呼び名。
やけにこれ見よがしというか、なんだか皮肉混じりに響いたのは、彼の忠誠心の薄さだけが原因ではない。
だが、ミントは扉の軋みひとつでも恐る恐る息を詰めていた様子だ。
今まさにグラールの敷地へと侵入しよう、というこの極度の緊張状態で、あえて話を振られる意味がわからなかったのかもしれない。
「え? リーダーって、エイレンさん――ですか?」
それ以外誰がいるんだろう、とのんきに呟かれたのはクロノの胸の内のみだ。
彼は声を潜めて続けた。
「ここから一番近い非常口を指定してきたのも、あいつが監視カメラとこの裏口の侵入ルートについて知ってたからとしか思えない。それに、普段なら鍵がかかってるはずなんだ、この扉」
やっぱりあいつは、グラールとかなり深いとこまで関わってる。
確信染みた疑いを口にするクロノ。
ミントは戸惑った様子で視線を泳がすと、小声を返してきた。
「でも、ナツメさんや、ビビアンさんもグラールの関係者なんですよね? もしかすると、二人から教えてもらったのかもしれないですし……」
確かに、通信部のビビアンはともかくとして、ナツメならこのセキュリティホールを知っていた可能性は高い。
何せ、この第二演習場はかつて、セラとナツメの模擬戦闘で、尋常でない互いの魔力の干渉と反発が起こり、使い手ですらあてられる魔導汚染が観測された場所。
まともに術戦の相手をできたのが、セラだけだった所為だろうか。まるで、カラオケ行こうよ、と友人にちょっかいを出すがごとく、忙しいセラを、しょっちゅう模擬戦に誘っていたナツメだ。彼女なら、演習場について知り尽くしていてもおかしくはないだろう。
ナツメがエイレンに情報を与えた、というのが一番自然な流れではある。
が、それでは説明がつかないのだ。
クロノは内ポケットのシガレットケースを布越しに握ると、何でもないことのように言った。
「あいつは俺の元上司を仕留めるために、わざわざフェールまで来たんだ。グラールの関係者だと思って、まず間違いないだろ」
自然と懐かしいリアフェールの略称を口にしてしまったクロノだったが、エイレンがグラール関係者どころか紋章術師かもしれない、という疑いについては、あえて触れなかった。
ただの紋章術の使い手ならまだしも、紋章術師だ。
その単語が、ミントに少なからず恐怖心を抱かせることを、彼は感覚的に察していたのだ。
それにも関わらずナツメが彼女と親しみを深められたのは、やはり童顔術師ゆえだろうか。
――脅されてる、なんてことはないよな?
またしても警戒の含まれた目を、じっとミントにやるクロノ。
しかし、彼女が妙にそわついているのは、ひとえにこの状況と場所の所為だろう。
しきりに辺りを見回しているミントに、クロノは黙って金髪をかく。
気を取り直したように鉄扉を覗き込んだ。
「……とりあえず、罠は張ってなさそうかな。俺の元上司が割と馬鹿だったとか、死んでまで元部下に面倒事を押し付けようとしてたとかじゃない限り、エイレンが敵なら忠告のひとつくらいくれたはずだ」
ミントの整った顔がクロノに向けられた。
罠だとか、エイレンが敵ならとか、物騒な仮定に驚いたようだった。
いや。そんなことを、ついでとばかりにさり気なく付け足した口振りに驚いたのだろうか。
言うだけ言って、クロノは心配げに見つめてくる視線を受け流す。
姿勢を屈めて先に扉を潜った。
グラール第二演習場――。
一見刑務所を思わせるその広い敷地の枠外を、夜暗に紛れるように辿る人影があった。
緊迫した面持ちを浮かべるミントと、塀に沿って無言で先導するクロノ。
少年少女が出歩くには幾分か夜も深いが、彼等は立場上、白昼堂々その場所へ近付く訳にもいかなかった。だからといって、真正面から強行突破するなんてこともできるはずがない。
何せ、第二演習場は使い手たちの模擬戦闘のために、グラールが所有している敷地なのだ。
本人ですら忘れかけていそうだったが、クロノは名目上、過労で脱退した元グラールの使い手であり、ミントに至ってはグラールに追われていたターゲットだ。
そう易々と敵対組織の懐に飛び込むほど、彼等は命知らずではない。
人気のない歩道を足早に突っ切る。
塀が金網に切り替わったところで、不意にクロノは足を止めた。
網目の向こう側へ、直角に曲がった灰色の囲い。
ぐるりと周囲を見回し、塀の曲がり角に取り付けられたものを見上げる。
クロノの紅眼が、監視カメラを捉えた。
――相変わらずメカ頼みだな。
小さくため息を漏らしたクロノ。ミントも彼の視線の先に気付いたようだった。
緊張に上ずった調子で話しかけてくる。
「クロノさん、他に入り口は……?」
「いや、ここからじゃないと難しいんだ。他の監視カメラはまともだからな」
きょとんとミントが首を傾げる。
だが、クロノは気にするでもなしにつかつか監視カメラへと近付いていく。
「前に模擬戦闘があった時、雷の使い手が手元を狂わせたんだ。ここの配電と監視機能を微妙におかしくしたんだけど、怒られるのが嫌だからって報告しないままだった」
何やら苦々しい表情を浮かべながら、クロノは監視カメラが当時と同じものであることを確認した。と、次の瞬間、カメラに向って紋章術を放った。
たちまち監視カメラへと幾重の薄氷が張られる。
クロノらしからぬ無用心な行動だ。
目を丸くしたミントに、彼は早口に付け足した。
「ここのは魔導反応を探知する機能が鈍ってる。今、結晶で映り辛くしたから、他の探知機能に引っかかる前に金網を越えよう」
ちょっとだけ使ってくれるかな、と。
クロノの言う「使う」が何のことか、いい加減わからないミントでもなかったのだろう。けろりとした調子でいきなり注文したクロノに、彼女は慌てて両手を突き出すと風を起こした。
見えない床を蹴ったように、有刺鉄線の張られた高い金網をふわりと飛び越える二人の体。
とっさの要求でも、ミントの紋章術は特別乱れることはなかった。治癒の紋章術師の連れが行った戦闘訓練は、確実に彼女の中で形となっているらしい。すっかり〝元〟一般人として仕立て上げてしまったようだったが、今更悪く思っても仕方ない。
着地すると同時に、クロノはミントと物陰まで走り寄る。
すぐ監視カメラの紋章術を解いた。
グラールにいた人間で、さらに第二演習場の模擬戦闘に関わった者しか知りえない、セキュリティの穴だ。しげしげと見上げてくるミントになんとなく苦笑を返し、クロノは警戒を解かないまま、雑草の中を縫っていく。
やがて、塀を沿って中ほどまで歩くと、彼はグラール時代の記憶通りの位置で、腰まで伸びた草をかき分けた。
そこには、小さな鉄扉。元々、急な仕事に駆り出された場合のショートカットとして設けられたらしいが、用いられる機会があったのかどうかは一部の使い手しかわからない。
さすがに鍵ぐらいかかってるだろう、とダメ元で押し開こうとしたクロノだったが。
目の前で、錆びた鉄扉は小さく軋みを上げた。
案外と容易に塀の中を覗かせたそれに、クロノは違和感を露に扉の向こう側を窺う。
「リーダーはどこまで知ってるんだろうな」
唐突に低い声で呟かれた、その呼び名。
やけにこれ見よがしというか、なんだか皮肉混じりに響いたのは、彼の忠誠心の薄さだけが原因ではない。
だが、ミントは扉の軋みひとつでも恐る恐る息を詰めていた様子だ。
今まさにグラールの敷地へと侵入しよう、というこの極度の緊張状態で、あえて話を振られる意味がわからなかったのかもしれない。
「え? リーダーって、エイレンさん――ですか?」
それ以外誰がいるんだろう、とのんきに呟かれたのはクロノの胸の内のみだ。
彼は声を潜めて続けた。
「ここから一番近い非常口を指定してきたのも、あいつが監視カメラとこの裏口の侵入ルートについて知ってたからとしか思えない。それに、普段なら鍵がかかってるはずなんだ、この扉」
やっぱりあいつは、グラールとかなり深いとこまで関わってる。
確信染みた疑いを口にするクロノ。
ミントは戸惑った様子で視線を泳がすと、小声を返してきた。
「でも、ナツメさんや、ビビアンさんもグラールの関係者なんですよね? もしかすると、二人から教えてもらったのかもしれないですし……」
確かに、通信部のビビアンはともかくとして、ナツメならこのセキュリティホールを知っていた可能性は高い。
何せ、この第二演習場はかつて、セラとナツメの模擬戦闘で、尋常でない互いの魔力の干渉と反発が起こり、使い手ですらあてられる魔導汚染が観測された場所。
まともに術戦の相手をできたのが、セラだけだった所為だろうか。まるで、カラオケ行こうよ、と友人にちょっかいを出すがごとく、忙しいセラを、しょっちゅう模擬戦に誘っていたナツメだ。彼女なら、演習場について知り尽くしていてもおかしくはないだろう。
ナツメがエイレンに情報を与えた、というのが一番自然な流れではある。
が、それでは説明がつかないのだ。
クロノは内ポケットのシガレットケースを布越しに握ると、何でもないことのように言った。
「あいつは俺の元上司を仕留めるために、わざわざフェールまで来たんだ。グラールの関係者だと思って、まず間違いないだろ」
自然と懐かしいリアフェールの略称を口にしてしまったクロノだったが、エイレンがグラール関係者どころか紋章術師かもしれない、という疑いについては、あえて触れなかった。
ただの紋章術の使い手ならまだしも、紋章術師だ。
その単語が、ミントに少なからず恐怖心を抱かせることを、彼は感覚的に察していたのだ。
それにも関わらずナツメが彼女と親しみを深められたのは、やはり童顔術師ゆえだろうか。
――脅されてる、なんてことはないよな?
またしても警戒の含まれた目を、じっとミントにやるクロノ。
しかし、彼女が妙にそわついているのは、ひとえにこの状況と場所の所為だろう。
しきりに辺りを見回しているミントに、クロノは黙って金髪をかく。
気を取り直したように鉄扉を覗き込んだ。
「……とりあえず、罠は張ってなさそうかな。俺の元上司が割と馬鹿だったとか、死んでまで元部下に面倒事を押し付けようとしてたとかじゃない限り、エイレンが敵なら忠告のひとつくらいくれたはずだ」
ミントの整った顔がクロノに向けられた。
罠だとか、エイレンが敵ならとか、物騒な仮定に驚いたようだった。
いや。そんなことを、ついでとばかりにさり気なく付け足した口振りに驚いたのだろうか。
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